樹海馬
「ハシラ、採取もいいけど、そろそろ狩りもしないと! もう昼を過ぎたのに一頭も樹海馬を見つけてないよ!」
採取をしていると、リファナがしびれを切らしたように言った。
ふと空を見上げてみると、太陽が中天の位置にやってきていた。
アルエを採取してから、ヤマモモ、グミ、エビヅルといった木の実などの採取を続け、気が付けば樹海馬の捜索がそっちのけになっていた。
「そうだった。つい久し振りの採取が楽しくて忘れるところだった」
「うんうん、思い出したなら樹海馬を探そう! わたしの鼻と耳にかかれば、すぐに見つけることができるから!」
「……いや、樹海馬なら既に見つけた」
自信満々なところ悪いが、樹海馬の気配を俺は捉えている。
「へっ? もう? どうやって見つけたの?」
「歩き回りながら地面に根を張っていてな。その上を樹海馬が通ったから居場所は掴んでいる」
張り巡らせた根を通じて樹海馬を補足し続けているので、こうして離れたところにいる今でも手に取るように居場所がわかる。
ライオスとの摸擬戦で思いついた技であるが、外でも十分に効果を発揮するようだ。
「そ、そんなこともできるんだ。感知も得意ってわたしの存在意義が……」
「とりあえず、樹海馬のところに向かうぞ」
リファナがブツブツと何かを言っているが、張り巡らせた根の範囲から出る前に接敵したい。
能力で木を生やすと、俺、レントが乗り込む。
「リファナ、こっちに乗ってくれ」
「え? あ、うん」
リファナも乗り込むと、樹海馬のいる方向にグングンと木を伸ばして移動する。
「……ハシラって、本当になんでもできるんだね」
「いや、なんでもはできないからな」
リファナの感心の声に答えつつ移動を続けると、程なくして樹海馬を目視することができた。
緑色の体色に薄緑色の荒々しいたてがみが見える。尻尾の方はとてもふっさりとしており、とても柔らかそう。身体には植物が生えており、樹海での生活に特化した馬の魔物といった感じだ。
呑気に木の実を食んでおり、こちらに気付いた様子はない。仕掛けるのであれば、今がチャンスだ。
「援護する。リファナ、突っ込め」
「わかった!」
リファナが頷いて走り出した瞬間、俺は樹海馬の下に張り巡らせておいた木の根を操作。
足元から突如隆起してきた木の根に、油断していた樹海馬が絡めとられる。
樹海馬が自らの能力を使って、木の根に干渉してこようとするが、植物操作の力に関しては俺の方が上だ。
そのまま力で押し切って、四肢を拘束。
身動きの取れない樹海馬は、魔力を纏わせたリファナの鋭い爪によって一撃で沈んだ。
「よし、無事に倒すことができたな」
「負ける要素が微塵もなかったや」
呆気なく終わった戦いにリファナはやや呆然としているようだ。
新しい能力の使い方を試してみたが、十分に効果を発揮できるな。これならドンドン使っていくべきだろな。
「とりあえず、素材の採取だな」
素材の採取をレントにやってもらい、樹海馬のたてがみ、皮、魔石、本命となる尻尾を採取する。
デビルファングであれば、一頭でも狩れば十分な量が確保できるのだが、生憎と尻尾なので収穫量は少ない。
集落全員分のブラシを作ると、最低でも五頭は狩らないといけないな。
俺は張り巡らせた根の範囲をさらに広げていく。
根を広げるにつれて、樹海の小動物や虫といった様々な生き物の気配が伝わってくる。
しかし、それでは情報量が多過ぎて処理できないので意図的に遮断し、樹海馬の気配だけを集中的に探る。
つい先程、樹海馬の気配を補足し続けたお陰か、大まかに気配を把握しているので新たな個体をすぐに補足することができた。
「ここから近いところに二頭、少し離れたところに一頭いる。そっちに向かおう」
再び能力で木を生やして移動し、樹海馬二頭のところに接近。樹海馬が慌てて振り返るが遅い。
振り返る頃には足元から根が生えてきて、二頭の樹海馬を拘束。
そこにレントとリファナが強襲。身動きの取れない状態ではどうすることもできず、二頭の樹海馬は地に沈んだ。
「よし、素材の剥ぎ取りだな」
「ちょっと待って! これじゃ一方的過ぎるよ!」
神具をナイフに変えて、樹海馬の尻尾を切り取っているとリファナが言ってきた。
「うん? 狩りなんだからそういうものだろ?」
「いや、そうなんだけど樹海の魔物が、ウサギ狩りみたいな感じになってるのが納得できない! ハシラがいると余裕過ぎるよ! 本当の樹海馬と戦いたいから、次はハシラの援護はなしで戦わせて!」
本当の樹海馬ってなんだ。俺たちが今までに仕留めた奴は樹海馬ではなかったのだろうか? と思いもしたが、リファナが言わんとすることもわかる。
「……わかった。次の一頭はリファナに任せよう」
「ありがとう!」
リファナを連れてきたのは、彼女の戦闘経験を積ませるためだ。リファナがそう望むのであれば、俺とレントはできるだけの援護をしてあげよう。
二頭の樹海馬から必要な素材を剥ぎ取ると、木を生やしてもう一頭がいる場所に移動。
「この辺りにいるはずだ。頑張ってくれ」
「うん!」
少し離れたところで木から降りると、リファナは警戒した様子で周囲を見渡す。
視界に移る痕跡を探し、鋭敏な聴覚と嗅覚をもって索敵しているのだろう。
こうして何かを探している姿は、失礼ながらちょっと犬っぽいとか思ってしまう。
そんなことを言えば、怒られるので言わない。
「多分、こっちだと思う」
「わかった」
大まかな方角を掴んだのか、リファナがやや右方向に進んでいた。
それは俺の根が掴んでいる気配の場所と同じ方向。程なく進んだところで視界に入るだろう。
リファナの後ろをついて歩いていると、不意に樹海馬が動くような気配を掴んだ。
ただの移動や身じろぎとは違って、大きな変化。
多分、リファナの気配に樹海馬の方が先に気付いたのだろう。
俺からすれば感知範囲内なので樹海馬がどこにいるのか手に取るようにわかる。というか、体表が樹海の景色に紛れているだけで、バッチリと視認できる距離にいる。
しかし、リファナはまだ気づいていないようだ。
教えるべきか迷ったが、警戒しながら進んでいるリファナの様子を見て教えないことにする。
先に動いたのは樹海馬。地面から蔓が這うように生えてきてリファナの足を絡め取ろうとする。
目視できずとも音で察知したのかリファナは跳躍することで回避。
しかし、着地しようとした場所が悪い。そこは樹海馬の目の前だった。
宙に浮いたままのリファナに向かって、擬態していた樹海馬が突進。
額に鋭い角こそないものの、圧倒的な質量と突進速度は十分に驚異的だ。
よくて全身複雑骨折。もろに食らってしまえば、一発でアウトだろう。
攻撃を避けることが難しい状況だが、リファナは身をよじることで運動エネルギーを生み出して回避した。
すごいな。俺にはあんな攻撃の避けた方は絶対にできない。
突進を躱された樹海馬はすぐに旋回。
前足で力強く地面を叩くと、鋭く尖った木の根がリファナへと射出。
おお、すごいな。樹海馬はこんな攻撃もしてくるのか。
呑気に観察していると一部の尖った根がこちらにもやってくる。が、植物であれば俺の制御下だ。能力を使って無効化しておく。
一部の攻撃が無効化されたことに樹海馬は動揺。その隙にリファナは拳に魔力を纏わせると、木の根を粉砕しながら突撃を開始。
樹海馬は木の根を射出しつつ、蔓を生やしてリファナの動きを止めようとする。
それに対してリファナはフェイントを織り交ぜて、拘束を回避しつつ距離を詰めていく。
そして、相手との距離が二メートルを切ったところで、樹海馬がいななき声を上げた。
突如足元から広がる広範囲の蔓。しかし、リファナはそれすらも読んでおり、加速して樹海馬の右側へと回り込んだ。
「隙あり!」
威勢の良い声と共に放たれたリファナの拳。
ズドンッという重苦しい音が響き、樹海馬の身体が吹き飛んで木にぶち当たった。
意識外からの完全なる一撃に、樹海馬は立ち上がることができず、身体をぐったりとさせた。
「やった!」
勝負がついた瞬間、リファナが嬉しそうに拳を握った。
「やるじゃないか」
「えへへ、ありがとう」
賞賛の言葉をかけると、リファナがはにかむように笑った。
「意外と余裕だったんじゃないか?」
正直、樹海の魔物との戦闘はもっと苦戦するかと思ったが、俺の思っていた以上にリファナは余裕をもって立ち回れていたように思える。
「今回は相手が良かっただけだよ。植物での攻撃はハシラとの摸擬戦で少し慣れたから。逆にその経験が無かったら危なかったかも」
俺がそう思う一方で本人はギリギリだったようだ。確かに樹海馬が操作する植物は速度が遅い上に耐久性も低い。その上、操作できる範囲も限定的だった。
俺の操作する植物に比べれば、手ぬるいように感じただろう。
「俺との摸擬戦が役に立ったようで何よりだ」
「うん、ハシラの攻撃の方が何倍もいやらしいからね」
「それは褒めているのか?」
「どうだろうね?」
俺が小首を傾げると、リファナはいたずらっぽく笑うのだった。
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『田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている』
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異世界からやってきた女騎士との農業同居生活です。
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