久しぶりの探索
『異世界ゆるり農家生活』あらため『異世界ゆるりキャンプ』として書籍1巻が発売です。
またコミカライズ企画も進行中です。
是非よろしくお願いします。
テンタクルスのために作ったブラシが、獣人や女性を中心に大人気となってしまった。
集落全員の分を作ることになったのだが、いかんせん樹海馬の素材が足りない。
催促してくることはないが、何となくリーディアをはじめとするエルフたちがすごく欲しそうにしているんだよな。
女性の美容道具の調達は急いだ方がいい。俺の中の勘が告げている。
「今日はレントと樹海の探索に行ってくる」
「わかったわ。畑の仕事は私たちに任せておいて」
朝食を食べ終わるなり、そう告げるとリーディアは嬉しそうに笑った。
樹海の中を探索したがるリーディアが、農業に専念するとはよっぽど早くブラシを作って欲しいんだな。すぐに探索に向かうことにして正解だった。
「ハシラ、獣人たちに経験を積ませるために三人を連れていってやってくれないか?」
神具である杖を手にして立ち上がると、カーミラがそんなことを言った。
三人というと、グルガ、リファナ、ライオスのことだ。
「さすがに三人の面倒を見るのは怖いな」
「ハシラなら足手まといが何人いようと守れる」
カーミラがサラッと厳しいことを言う。
「何人も守るっていうのは難しい。悪いが連れていくのは一人だけにさせてくれ」
カーミラのように戦闘経験が豊富で視野が広ければ、死なないように援護してやることもできるだろうが、今の俺にそこまでできるほどの自信はなかった。
「むう、わかったのだ」
そう説明すると、カーミラはちょっと不満そうにしながらも頷いてくれた。
もう少し神具の扱いや能力の扱いが習熟したら、三人まとめて連れて行ってやりたいと思う。
「行ってらっしゃいませ、ハシラ殿」
「ああ、行ってくる」
玄関で靴を履くと、クレアが見送りにやってきてくれた。
そんなちょっとした彼女の行動が嬉しいな。
外に出ると、切り株に腰かけているレントがいたので合流。
それからカーミラに頼まれた獣人たちに声をかけるべく稽古場に向かった。
稽古場にやってくると、グルガ、リファナ、ライオスが組手のようなものをやっていた。
俊敏に動き回り、力強い拳や、蹴りが放たれる。
拳が振るわれ、受け止められる度にパアンッと乾いたような音が響き渡る。
目で追うのが精一杯だな。あんな肉弾戦に巻き込まれたら、俺はなすすべもなくやられてしまうだろう。
「ぐっ!?」
などとぼんやりと眺めていると、グルガに蹴り飛ばされたリファナがこちらに飛んでくる。
実の娘のお腹に蹴りを入れるなんて、中々に手厳しい。
しかし、彼女も自ら飛ぶことで衝撃を相殺しているようだ。
そのまま俺たちの前に着地するかと思いきや、リファナは空中で身をよじってこちらに踵落としを放ってきた。
……まじか。
「レント」
呆然としながらも声を上げると、レントが俺の頭に大きな腕を差し出して受け止めてくれた。そのままリファナの足をガッチリと掴む。
リファナがギョッとしながらも抜け出そうとするが、驚異的な握力からは逃げられるはずもない。
レントはリファナの足を掴んだまま、ブンブンと振り回し始めた。
「えっ!? うそ! やめて! ごめんなさいごめんなさい!」
「レント、もういいぞ」
リファナがぐるぐると目を回して、泣き言を漏らしたので止めてあげる。
レントにゆっくりと下ろされたリファナだが、ブン回されたせいでバランスを崩して尻もちをついた。
「ひ、酷い目に遭った」
「いや、俺の方がよっぽど酷い目に遭ったと思うんだが……」
「戦士ならあんなの挨拶みたいなものだよ」
「俺は戦士じゃない」
きっぱりと告げると、リファナが頬を膨らませて「ぶーぶー」と不満そうな声を漏らした。
屈強な獣人にとってはそうでも、俺のような農業従事者にとっては危険極まりない一撃でしかない。しかも不意打ちなので質が悪かった。
「ところで、何しにきたの? またわたしたちと模擬戦をやってくれるの?」
「摸擬戦じゃない。これから俺とレントが外に素材を集めに行くんだが、カーミラに誰か一人を連れて行ってほしいと頼まれてな」
「わたしが行く! 行きたい!」
用件を告げると、リファナが元気良く手を上げた。
キラキラと輝く瞳がこちらを見上げ、柔らかそうな尻尾がブンブンと揺れている。
全身で自分を連れて行ってほしいと主張しているようだ。
「構わないがグルガとライオスはどうなんだ?」
「……組み手に集中して聞こえてないみたい」
リファナの言う通り、二人は組手に集中している様子だった。
「わざわざ中断させて聞くのも悪いし、今日はリファナと一緒に行くことにしよう」
「やった!」
どうせ交代なんだ。誰が先に行こうと変わりはないだろう。
そんなわけで俺とレントはリファナを連れて樹海に入ることにした。
●
集落を出た俺たちは東に向かって歩いていた。
相変わらず樹海の中は木々が乱立しており、あちこちで蔓や葉が生い茂っている。
地面からは木の根があちこちで突き出ており、リスや鮮やかな色合いをした昆虫が這いまわっていた。植物の力に圧倒される光景であり、生命の強さを感じさせられる光景だ。
前回、樹海馬を見つけたのは、こっちの方角を探索していた時なので多分こっちに向かえば見つけることができるだろう。
「なんか外にハシラがいるのが新鮮!」
「そうだな。一緒に外を探索するのは初めてだな」
ここ最近は魔国からの移住者を受け入れたり、獣人たちを迎え入れたりと、集落内での仕事に専念していたため、俺が探索に出るのはそもそも久し振りだったりする。
俺の能力は樹海での探索と非常に相性が良いが、油断していると足をすくわれる可能性もある。気を引き締めないといけない。
「俺はカーミラと違って肉弾戦ができるわけじゃない。そっちに関してはレントに任せている。俺もできるだけ援護はするが、その辺りは気をつけておいてくれ」
「レントがいる時点で十分だし、後ろにハシラが控えてくれている時点で頼もし過ぎるよ」
念のために注意をすると、リファナは苦笑しながらそう答えた。
鼻や耳が聞くというリファナを先頭に、俺、レントと続いて樹海の中を歩いていく。
すると、木々の根元にアロエのようなものが生えているのが見えた。
近づいて見ると、アルエという植物だと己の中の知識が教えてくれた。
「すまん。アルエの採取を手伝ってくれ」
「たまに生えてるのを見るけど、それって食べられるの?」
アルエを見たリファナが首を傾げながら尋ねてくる。
「ああ、食べられる上に切り傷や火傷なんかにも有効だ。肌に塗ると美容にもいい」
メラニン色素のもととなるチロシナーゼの動きを抑える働きがあるので、日焼けの対策に役立つし、肌の老化やシミ、そばかすの発生も防ぐようだ。
「それは採取するべきだね!」
美容効果まで合わせて説明すると、リファナが真剣な表情で頷いた。
「意外だな。リファナもそういった部分を気にするのか」
「えー、酷いよー。わたしだって女の子なんだよ?」
リファナは集落にいる女性の中でもカラッとした部類なので、そういった部分にあまり頓着しないと思っていた。
「すまない。あんまり気にするようなイメージを持ってなかった」
「まあ、リーディアやアルテたちに比べれば意識は低いけどね」
集落にいる女性が全員あれだけ美意識が高いと困る。
栽培する植物がすべて野菜とアルエだけになってしまいそうだ。
とはいえ、これからますます肌への負担も気になってくる季節。外で作業をする者にとっては嬉しい植物だ。
調合したり、すり潰したりしないといけない薬草と違って、そのまま気軽に使えるのでとても便利だな。
食用として持ち帰る分だけじゃなく、能力で鉢を作って土を入れると移植させる。
これで集落に持ち帰ってもすぐに育てることができるだろう。
樹海の中はとても広大だ。定期的に探索に繰り出しても、新しい収穫物を見つけることがある。もっと探索範囲を広げれば、きっと他にもいい物が手に入るだろう。
やっぱり定期的に探索をする時間をとっておかないとな。アルエの苗を手に入れて、改めて俺はそう思った。




