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二.黄泉比良坂の戦い・後編

 タヂカラオの怪力によって巨岩が持ち上げられ、黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)への道が開いた。


「うッ……!?」


 開け放たれるや、周囲に充満していた(けが)れの臭いがさらに強まった。

 スサノオたちの先に待ち受けるは、おびただしい数の荒ぶる亡者。肉は腐り、骨は露になり、見るもおぞましき姿の黄泉(ヨミ)の住人たちが、地下の境の地を埋め尽くさんばかり!


「なんて数だ……(アリ)の通る隙間もねえぞッ!」


 スサノオは毒づきつつも、十拳剣(とつかつるぎ)を抜き臨戦態勢を取った。

 それに倣い、ウズメは両腕に筆架叉(ひっかさ)を構え、オオゲツヒメの前にはウケモチが進み出て彼女を守ろうとする。


『スサノオ。まずは前に進め』ツクヨミが言った。

『我らが全員比良坂(ヒラサカ)に入らねば、タヂカラオは重荷を下ろす事もできん』


「分かってるよッ! でもこの数を押しのけて、先に進むにしても……どこに行けばいいんだよこれッ」


 スサノオの懸念も(もっと)もだった。眼前は亡者に埋め尽くされ、一寸先も見通せない有様だ。


『我らが父イザナギが黄泉(ヨミ)に赴いた時の事を知らぬか?

 死者の国といえど、住まうは我らが敵ばかりに非ず。味方もいる』


「味方って……あッ」

 ウズメは思い出した。イザナギは黄泉(ヨミ)の雷神から逃れる際、桃の実を投げて彼らを追い払ったとされる。

「もしかして、イザナギ様が頼ったっていう桃の木の神様のこと?」


『そうだ。伝承によれば――桃の木は黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)に生えている。

 入り口からさほど遠くはあるまい』


 スサノオが剣を介して放った風が亡者の一部を押し返し、その隙にウズメやオオゲツヒメらも大岩を越えた。

 それを見届けたタヂカラオは向きを変え、抱えていた岩を下ろし、元通り道を閉ざした。


「これで後戻りはもうできねえ。進むしかねえぞ!」


 スサノオの風のお陰で、溢れんばかりの死者たちは地上に返る僅かな機を逸した。

 大岩ヨミドノサエによって再び黄泉(ヨミ)へ通じる道は塞がれ、辺りは地下の闇が濃くなった。


(不思議なものだ――地上は久しく陽が差さず、すでに闇に沈んだと思っていたが。

 それでも黄泉(ヨミ)の深き闇よりは光が残っていたのか)


 ツクヨミがそんな感情を抱いたのも――内なる神力の増したる事と、何よりも「眼」がはっきりと見えたが故であった。

 地上世界はまだ昼の筈だが、黄泉(ヨミ)の国に時の(ことわり)は当てはまらないようだ。夜のみ光を宿す月の神の瞳は――らんらんと金色に輝き、暗き黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)の地を鮮明に映し出したのである。


『スサノオ。私は今すこぶる気分がいい。――しばらく身体を借りるぞ』


 ツクヨミの心から、かつてない高揚と力の(みなぎ)りがスサノオに伝わってきた。


「……分かった。存分に頼む」


 スサノオが目を閉じ、再び開いた時――少年神の姿は変貌していた。

 女神の如き流れるような銀髪。透き通るような白き肌。しかしその瞳だけは――夜闇に輝く蛇のものであった。


 月の神が動く。スサノオも素早いが、ツクヨミの身のこなしは味方の目にすら留まらなかった。

 「時」を操る神力によって、疾風の闘技は亜音速のものとなり――無数の亡者たちを圧倒している!


「なんつー速さだよ……もうアイツ一柱(ひとり)でいいんじゃねーか?」


 タヂカラオは呆れ気味に呟いた。それほどツクヨミの体術は瞠目(どうもく)すべきものだった。

 高天原(タカマガハラ)最強の雷神タケミカヅチを以てしても、対処できるか否か。


「何寝ぼけてんのよ! アレはスサノオくんとツクヨミさま、二柱が息を合わせてるからできる芸当なのよ」

 怪力神をたしなめるウズメ。

「あたし達には別の使命があるでしょ。オオゲツヒメちゃんを守りながら、後について行かなきゃ!」


 いかにツクヨミ達が無双すれど、地上の全てを飲み込んだが如き数の亡者全てを討ち祓う事はできない。

 彼らの狙いは道を切り拓く事。タヂカラオ達は拓かれた道を進み、桃木へと到達すべくひた走るのだった。

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