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野茨の血族  作者: 髙津 央
第四章.家族

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92.家族

 確める間もなく、一瞬の浮遊感の後、政晶(まさあき)は一カ月前に旅立った薄暗い部屋の中に居た。

 連絡を受け、魔法の玄関で待っていた経済(つねずみ)月見山(つきみやま)、大使が一行を出迎えた。


 「おかえり。ちょっと見ない間に随分、大人っぽい顔になったな」

 「おかえりなさい。元気そうでよかったです」

 「無事のご帰還、おめでとうございます」

 政晶は無事、ここに帰って来た。


 経済(つねずみ)が言うように、ここから旅立った夜とは見違える程、(たくま)しくなっていた。

 眼には生気に満ちた力が(みなぎ)り、体も以前とは違う筋肉が付き、がっしりしている。


 政晶はいきなり何者かに抱きしめられた。

 力いっぱい顔を押し付けられる胸板は分厚く、鼓動が激しい。

 政晶は暑苦しかったが、その腕は強く、振り解くことも、抜けだすことも出来なかった。


 父は声もなく、ただ、政晶を抱きしめている。

 しばらく腕の中で我が子の存在を確認し、少し落ち着いたのか、今度は政晶の体のあちこちを撫でさすり始めた。

 「大丈夫かッ? どこも痛くないかッ? 大丈夫かッ? 怪我はないかッ? 大丈夫かッ?」

 「あー……大丈夫、大丈夫や、何ともないから、ちょっと落ち着けや」


 ……魔獣に襲われたとか、暗殺されかけたとか、絶対、言われへんなぁ……


 政晶は腕を突っ張り、まだ充分に狼狽(うろた)えている父を離した。が、すぐに抱き寄せられ、力いっぱい抱きしめられる。


 「もう、お前らみたいな嘘吐(うそつ)きどもに渡さないからな!」

 「嘘吐き……? 私どもが、でしょうか?」

 大使が自分の顔を指差す。


 「騙して連れてった癖に、とぼけんな!」

 「その件につきましては、もう何度もお詫び申し上げましたが……お許し戴けませんでしょうか?」


 「普通、『八月一日の夜中』って言ったら、一日の午後十一時とかその辺だろう! 一日の午前一時つったら、こっちの感覚だと七月三十一日の夜中なんだよ!」

 「連絡に不備がございましたこと、誠に申し訳ございません」


 恐らく何度も繰り返したであろう問答に、湖の民は困惑しきった顔で応じる。政晶が帰ってくれば、もう言われないと思っていたらしい。


 ……ひつこいやっちゃな。って言うか、父さん、コドモか……


 「夜中に大声出すなよ。近所迷惑だろ」

 眼鏡の叔父の醒めた声が、少し離れた位置から(たしな)める。


 「こいつみたいな力があったら、帰さない気だったんだろッ? 信用できるか!」

 「あー……、うん。ただいまー、こいつでーす」

 名を避ける為に指差され、こいつ呼ばわりされた黒山羊の王子殿下こと宗教(むねのり)が、ひらひらと手を振り、遠慮がちに言った。


 「おかえり」

 「おかえりなさい」

 経済(つねずみ)と看護師の月見山が、笑いを(こら)えながら迎える。


 「確かに、それは否定できません。科学文明の国で魔力を持つ子を養育するのは、非常に危険を伴います」

 「それ見ろ、こいつは生まれつき体が弱いから、特別にこっちにいられるだけなんだろ」

 大使が肯定すると、父は更に勢い付いた。

 「もし、この子が元気な体で魔力を持ってたら、お前ら絶対、帰さなかっただろうが」


 「いえ、それは……呪いの影響がございますので、あり得ません」

 双羽(ふたば)隊長が、父の懸念を否定した。


 クロエから土産の包みを受け取りながら、経済(つねずみ)が聞いた。

 「ひょっとして、それで、結婚したことも……この子が生まれたことも黙ってたのか?」

 「お前らに言ったらあっちの国にバレて、取り上げられると思って、言わなかったんだ」


 経済(つねずみ)が、信用ないんだな、と大使と一緒に苦笑する。

 「だから、誰にも内緒で……でも、手続きとかの都合があるから、元町さんにだけ言ってたんだ」


 ……会社のおっちゃんには、口止めしてへんかったっぽいねんけど……あのおっちゃんが口滑らしたらどないする気やったんやろ?


 政晶は、父のガバガバな対策に呆れた。


 ……しかも、結局バレてあっちの国に行ったし。


 政晶は、父腕の中で小さく溜め息を()いた。

 話に気を取られている内に抜けだそうともがくが、我が子をがっちり抱きしめた腕は、びくともしない。

 宗教(むねのり)は、そんな政治(まさはる)に構わず、月見山と談笑していた。


 経済と大使が、すみませんね、とお互いに頭を下げ合っている。

 政晶は、叔父の顔を順繰りに見て、最後に父を見上げて視線を止め、クロエが語った恐い話を思い出した。


 ……父さんら兄弟は、親にちゃんと育ててもらわれへんかってんな。


 これまでにあった父の残念な言動の数々に合点がいった。


 ……そやから、父さんは夫婦やけど「長男」気分で、母さんを「母さん」みたいに思っとって、僕は子供やけど、父さん的には「弟」扱いなんか。


 溜め息を()いている経済(つねずみ)にそっと目を遣る。

 理由がわかり、腑に落ちたところで、父を甘やかす気にはなれないが、残念な兄を持つ弟の気持ちは、わかった。


 ……しゃあないやっちゃなぁ……そしたら、しばらくは僕がついといたらなアカンなぁ。


 政晶は両手を「残念な兄」の背中に回して、その大きな体を抱き返した。

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