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野茨の血族  作者: 髙津 央
第二章.王都

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56.羊肉☆

 村の共同井戸を借りて体を洗い、鍵の番人が、負傷していた〈雪〉を癒した。

 本人が言う通り、戦いには全く慣れておらず、魔剣に振り回されているだけだった。


 政晶は〈雪〉なら、自分の気持ちをわかってくれるのではないか、と淡い期待を抱いたが、すぐにそれを打ち消した。

 〈雪〉も魔法使いで、普通に霊視力があり、一応、剣も使える……大人だ。

 魔力のない半視力の子供の気持ちは、わからないかもしれない。


 ……大体、そんなん……わかってもらえたとして、それで……どないやねん。


 何も変わらない。

 政晶が無力であることには変わりない。

 恐がっていることに気付かれると、今以上に気を遣われ、心苦しくなるだけだ。


 宿に入ると、騎士と鍵の番人は、何事もなかったかのように食卓に着いた。

 女将(おかみ)が上機嫌で飲み物を運んで来る。

 「最近、ここらをうろついていた奴、やっつけてくれてありがとね。騎士団に見回りを増やしてもらってたんだけど、巡回がある時に限ってどっか行っちゃってて、羊とか盗られてたのよ。助かったわ。本当にありがとうね」

 「いえいえ、どういたしまして。我々も騎士の端くれですから、お気になさらず」

 〈灯〉が女将と世間話を始める。


 ……何で今まで逃げられとったのに、今日は倒せたんやろ? この人ら、新米やけどやっぱりプロやし、めっちゃ強いから?


 〈(いまし)には、あの無様な戦いぶりが強く見えたのか。嘆かわしい……逆だ。逆。弱い集団だからこそ、魔獣の群れは逃げ隠れせず、襲って来たのだ〉

 建国王に小馬鹿にされ、政晶は落胆した。


 この騎士たちが弱いなら、戦う力を何も持たない政晶は、お荷物以外の何者でもない。その「弱い」彼らに、ただ守られるだけの自分がもどかしい。

 〈付け焼き刃の力なぞ何の役にも立たん。それこそ却って足手纏いだ。大人しく守られることこそ、彼らの為と心得よ〉


 ……でも……


 〈(いまし)には、汝にしかできぬ重要な役目がある。限られた時を余計なことに浪費するでない〉


 ……うん。それはまぁ……そうやねんけど……でも……


 〈「でも」の続きを考えておらぬなら、余計な気を回すな。目の前のことに集中するのだ。よいな〉

 政晶は頭ごなしの命令に苛立ったが、その苛立ちさえも建国王に筒抜けであると気付き、更に苛立った。



 夕食は、採れたての新鮮なサラダと野菜スープとパン、豪快な切り方の羊料理だった。

 香ばしく焼き色のついた羊肉の塊に、赤いソースがたっぷり掛かっている。


 騎士たちは、井戸で洗って服にも体にも血の染みは残っておらず、昨日までと同じように食事をしている。

 気弱そうな〈雪〉でさえ、普通に羊肉を食べ、談笑している。つい先程、魔獣に食い殺され掛けていたとは思えない。

 政晶は、肉に手を付けられず、パンと野菜だけで済ませた。


 「ラズベリーソース、嫌いなの? さっぱりしてて、おいしいよ?」

 「えっ? あ……ラズベリー……う、うん」

 〈雪丸〉は好物なのか、血の色を連想させるソースがたっぷり掛かった羊肉を、美味そうに頬張っている。

 「食べないんだったら、もらっていい?」

 「うん、どうぞどうぞ」


 縦横に駆けて魔獣の牙を()(くぐ)り、剣を振るっていた彼女は、ダイエットとは無縁らしい。満面の笑みで政晶の分まで平らげた。

 「育ち盛りだもんな。食っとけ食っとけ」

 〈斧〉が笑い、つられて他の面々も笑みを零す。

 政晶(まさあき)は空気を読んで笑ってみたが、頬が引き攣り、上手くいかなかった。


 ……大人やったら、お酒呑んで酔っ払って、恐いん誤魔化したりできるんやろになぁ……


 〈酒? 判断を誤り、魔力を暴走させ、術を掛け損じる。酔っている時に襲われればひとたまりもない。あんな物はロクなことにならんのでな、この地には薬酒しかないぞ。それすらも拒む者が多い。(いまし)の国のように子を守るべき大人が呑むなぞ、ここでは有り得ぬ〉

 政晶の記憶を(あさ)り、一息で説明する建国王に、政晶は困惑した。


 〈そもそも、(いまし)が血の臭いをさせておるから、いかんのだ〉


 ……えっ? 僕のせいなん? なんで……あ、靴擦(くつず)れ?


 〈だから、さっさと癒してもらえと言ったのだ。他の誰かを癒すおこぼれを待つな〉

 政晶にはぐうの音も出なかった。

 ここでは、些細な傷が死に直結しかねない。


 政晶の靴擦れの血の臭いが魔獣を引き寄せたせいで、〈雪〉は食い殺され掛けたのだ。


 素朴な村人たちが、常に危険と隣合わせの環境で、一日一日を生き抜いていたことに、初めて思い至った。のどかで退屈に見えた畑の風景は、日々の生存を懸けた戦場だったのだ。


 これがここの「普通」やねんな……


 挿絵(By みてみん)

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地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』

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野茨の環シリーズ 設定資料
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