Bordeaux(Ⅴ)
しばらく佐々木はフランス行きの話や桜羽の運営の話を、真理亜は会社での今後の展開を話した。
お互いがただ聞くだけではなく、本人にも不透明な部分を質問をすることで明らかになったこともある。
ディスカッションは二人にはっきりとした道を見せようとしていた。
酔いが少し冷めたところで、「そろそろ帰るわ」と真理亜が言った。
「泊まっていかないのか?」
「一応けじめだからね」
「そっか」
佐々木は立ち上がる真理亜の後ろに来て椅子を引いてくれる。
「送って行けないぞ?」
「こんなに飲んで、それは期待してない」
真理亜のジャケットを手に持って、「ちゃんと着ていけよ」と後ろから着せようとした。
「ちょっと確認!」
そう言って、片手を背中からスカーフの下に乳房の近くまで差し込んで驚いたような声を出した。
「まさかと思っていたがほんとにスカーフだけだ。食べてる時もシェフに背中が見えないようにと気にしてたんだぞ?」
「ふふふ」
「なんだその笑い方は・・・。誘っているのか?」
「いえ・・・」
真理亜はゆっくりと、「逃がした魚は大きいと思ってもらろうと・・・」と言った。
とたんに佐々木はニヤニヤする。
「確かに大きそうだなぁ」
「貴方のほうはどういうつもりなの?こんなご馳走食べさせて」
「俺も、逃がした魚は大きいと思わせようとした」
「確かに大きそうだわ」
クスクス笑う真理亜の肩を回して、佐々木は真理亜と向き合った。
軽く腰に手をかけお腹周りを密着させる。
「これからも連絡よこせよ?」
「うん。メールがあるし、いつでも連絡してね」
「下にも来いよ?」
「うん、そうする」
佐々木は掌で真理亜の背中を自分のほうに押した。
真理亜はそれには逆らわずにそっと佐々木の肩に顔を寄せ、彼の温度に包まれて大きく息を吸った。
「ありがとう、真理亜。楽しかったよ」
「こちらこそありがとう。とても楽しかった」
「お前もこれから大事な時なのに一緒に居てやれなくて・・・」
真理亜は佐々木の言葉を遮って、「すまない、なんて言わないでよね」と軽く笑った。
「なんとなくタイミングが、今じゃないってだけでしょ?」
「あぁ、そうだな」
今そうじゃないとは言っても、将来また人生の選択を一緒に考えるとは思えない。
曖昧にしておいたほうがいいこともあると二人ともわかっていた。
真理亜に上着を着せ、手を引いてエレベーターに乗る。
外に出て、真理亜がタクシーに乗るまで二人は無言だった。
「じゃぁ」
「おぅ」
佐々木は真理亜が座席に座るのを見届けて、歩道に数歩退いた。
真理亜は佐々木に向って軽く手を上げるとタクシーのドアが閉まった。
佐々木は真理亜のタクシーが遠ざかるときびすを返してまだ真理亜の余韻が残る部屋に戻った。
大きなため息をひとつ吐き、ウイスキーのボトルを探し出してグラスに注ぐ。
強い刺激が喉を通った後に、モルト独特の香りが駆け上ってきた。
いくら飲んでも酔わないような気がする夜だった。
次が最終回となります。
長い間読んでいただいてありがとうございました。




