22 Bordeaux(Ⅰ)
「いつもと感じが違うな」と佐々木は目を細めて真理亜を見ている。
「仕事帰りだからじゃない?」
「立派なOLさんが板についてるじゃないか」
「もう7年もOLなんだもの」
真理亜がカウンターに座っていたのをほんとうに驚いていたみたいなので、スタッフが事前に知らせなかったのだろう。
佐々木を驚かせたことを真理亜は少し得意気に思った。
「電話ぐらいしろよ」
「いいのよ。突然来たくなったんだから」
佐々木はカウンターからテーブル席に出る前に真理亜のオーダーを確認していた。
「ペリエだなんて、体調悪いのか?」
「ううん。ヨガをしてきたからお腹が空いてて、イキナリお酒は駄目かと思って」
「それはそうだな」
「前菜をいただいたらお酒に切り替えます」
「悪いな、金曜はちょっと忙しいからゆっくり相手してやれない」
「大丈夫よ。ここで自分のペースでやってるから」
「じゃ、ちょっとフロアーを見てくる」
そういうと、キッチンに入って何かを指示してからテーブル席のエリアに移動していった。
しばらくすると、シェフが自ら前菜のお皿を運んできた。
内容を説明したあと、声を潜めて「どれも大盛りにしてますから・・・」と茶目っ気たっぷりに言ってキッチンに戻っていった。
真理亜が笑いながら食べ始めると、先ほど席まで案内してくれたスタッフがカウンターに入り、「そろそろお飲み物をご用意しましょうか」と聞いてくれる。
真理亜が注文したグラスワインの用意をしながら、「店長、驚いてましたね」と真理亜に話しかけた。
「結構わかりやすいですよね、表情が」そう言って真理亜は出されたグラスを引き寄せた。
グラスの足を指でつまみ、鼻にそっと近づけると軽いフローラルな香りがした。
佐々木は何度かカウンターに戻ってきては真理亜に話しかけ、その都度ちゃんと食べてるか飲んでるかを聞いてきた。
入った注文伝票を見ては飲み物を用意したり、キッチンに入っては料理の進み具合を確認したりする佐々木の姿はなかなか見ごたえがある。
特に客席でのあしらいには控えめではあるが充分に好感のもてるオーラを発していた。
見送りに誘導する頃にはうっとりと佐々木を見つめている女性も少なからず居る。
真理亜がステーキを食べ終わる頃、佐々木はカウンターに戻ってきた。
「食後の一杯、何にする?」
「どうしようかな。お薦めがあればそれに・・・」
そう真理亜が答えると、「じゃ、デザートワインでも出そうか」
ハーフボトルのワインを出して、小さな足つきのグラスにとろりとした透明のワインを注いだ。
真理亜が一口飲むのを待って、「明日も来れる?」と佐々木が聞いた。
「うん、大丈夫だよ」
「じゃ、7時に迎えに行くわ」
「仕事じゃないの?」
「俺は休みにする。ここでとっておきの夕食を作るよ」
「じゃ、ちょっとオシャレしないとね」
「フォーマルは勘弁してほしい」
ちょうど通りがかったスタッフに「俺は明日休むぞ」と佐々木が宣言した。




