迷い(Ⅲ)
「えっと・・・」
佐々木は真理亜の顔を見てじっと返事を待っている。
「酔いつぶれて上司の家に泊めてもらいました」
「会社からアパートまでこんなに近いのに?」
「いえ、私の住むところを知らなかったので・・・」
「ふーん」
真理亜は野菜を全部冷蔵庫に入れてしまうと、ビールを取り出して自分も一口飲んだ。
「心配して何度も連絡したんだぞ?」
「うん、後で知りました」
「何かあったのか?」
「う~~~・・・」
「真 理 亜」
どうしても逃れられないらしい。ある程度は話さないと佐々木は納得しないだろう。
しかし上手く説明できるかどうか自信がないので、真理亜はビールを飲んで顔色を誤魔化す方法をとった。
「酔いつぶれて会社の人に迎えにきてもらって、泊めてもらったのにそこでリバースもしちゃって、気がついたら朝でした」
佐々木はリバースというところで一瞬顔を顰めたが、ビールをテーブルに置いて座りなおした。
「酔いつぶれるほど飲んだには原因があるだろう?」
静かに言う佐々木を前に、やっぱり話さないといけないらしいと真理亜は覚悟を決めた。
真理亜が話す金曜日の出来事を佐々木は黙って聞いていたが、真理亜が途中で言葉を止めると、ため息をひとつ吐いてから口を開いた。
「問題がいくつかある。まず、ナンパ男はほんとうに大丈夫なのか?決着ついたのか?」
「それは大丈夫だとおもう。お店の人たちが話しつけてくれたから。
身分証明書も確認していたようだし、今後なにかあったら会社に乗り込むって」
「次には、どうしてまず俺のところに来て飲まなかったんだ?」
「え~?店は亮輔の職場じゃないの」
「遠慮することないだろう」
「遠慮するよ?スタッフにも気を遣わせちゃ悪いし」
「ふ~ん。そういえば金曜日はあまり来ないな」
「金曜日は仕事引きずってるから・・・。仕事のあとにヨガで汗流して、それからその店に行くことが多いかな」
「前から通ってるのか?」
「2~3年前に退職する先輩から紹介してもらって、一人で飲むならここにしなさいって・・」
「毎週?」
「以前は毎週のように行っていたけど最近はそうでもないよ。GWの後は全然行ってなくて、一昨日久しぶりに行ってみた」
「今回のようなトラブルはいままではなかったのか?」
「うん、ちゃんとお店の人が気をつけてくれてるから。あんな人初めてだわ。
考えたいことがあったので上の空だったのかもしれない・・・反省してます」
「考え事?」
「うん」
真理亜は先ほど買ってテーブルに置いた本をちらっと見た。
「あの日ね、課長から呼び出されて・・・」
「うん」
「ゆくゆくは総合職の試験受けないかと言われたのよ」
「へぇ~」
「今はしがない経理事務でしょ。ずっと会社に居るなら将来を心配してくれたみたい」
「そっか」
「うん、そんなこと亮輔のお店に行って考えられないよ」
「そっか?」
「そうだよ」
わかってよ!という気持ちをこめて佐々木を睨むと、「飲みながらじゃなくて、ちゃんと考えろよ?」という言葉が返ってきた。




