Lunch(Ⅱ)
真理亜はゆっくり歩いても20分ほどで到着するお気に入りのベーカリーショップまで、車の少ない道を選らんで案内した。
フランス語の店名を記した白い看板に街路樹が影を落としている。
二人はショーケースに並んだデニッシュや黒板に書かれた手書きの本日のランチメニューなどを見てから、店頭販売のレジの横を通り抜けて奥のカウンター席についた。
更に奥にはテーブル席もあるのだが、やや暗くなっているテーブル席で二人向かい合って食事をするのは気詰まりだ。
充分に採光のあるカウンター席で並んで座るほうが気が楽に違いない。
注文毎にウエイターが丁寧に淹れるコーヒーを待ちながら、暫らく二人は黙って座っていた。
Angel Eyesに居るときの田所が寡黙だったので、今朝目尻に皺を寄せながら大笑いしていた田所のほうがよほど驚きだったくらいだ。
コーヒーを一口飲んだとき田所の顔がふと和らいだのでこの店のコーヒーを気に入ってくれたのだというのがわかった。
「近くにこんな店が在ったのだな」
「凄い行列になるということはないんですが、絶えず人が入っては出て、良い感じでずっと売れてます」
真理亜が店頭のパンケースに眼を向けながら言うと、田所は「なるほど」と返して頷いた。
ガラス張りになった入り口を見ていると、自転車でやってくる人、犬の散歩の途中で立ち寄る人、2~3人で徒歩で訪れる人などずっと見ていても飽きない景色がそこにあった。
やがて運ばれてきたランチを黙って食べ、食後にコーヒーをお替りした。
「どうだ?落ち着いたか?」
「はい、一段落しました」
「二日酔いの日は腹が減るからな」
真理亜はそれには答えずに少し照れるように笑っただけだった。
「仁科は、今は彼氏が居るんだろ?」
「えぇ、まあ、一応は・・・」
「じゃ、男性恐怖症というわけでもないな」
真理亜は田所の質問の意味を図りかねて、どう返答していいのかわからない。
「昨日の男は知ってるヤツなのか?」
「いえ」
田所が真理亜の言葉を待っている。
「勘違い男が力にものをいわせて自分の思うようにしようとすることに憤慨しただけです」
「ふむ、それだけであの後潰れるほど飲んだのか」
それには答えない真理亜に、「トラウマか?」と田所は囁くように小さな声で言った。
真理亜は一瞬コーヒーカップを持つ手を止めてしまった。
ほんの数秒だと思うが、表情の硬さから田所には何か感づかれたかもしれない。
カウンターの中でコーヒーを淹れているこの店のスタッフには聞こえないような小さな声だった。
「そうかもしれません」
「専門家にはかかったのか?」
「いえ、そういうことは・・・」
「じゃ、カウンセリングは受けずに?」
俯いてコクリと頷く真理亜に、数秒遅れて「それは辛かったな・・・」という田所の言葉が落ちてきた。
真理亜はゆっくりと顔を上げて田所を見ると、彼は濃い灰色の目で真理亜を見ていた。
微笑んでもいなかったし、怒っている顔でもなかった。
暖かい眼差しで真理亜と目を合わせると、彼女の意識がはっきりと田所をとらえているのを確認して田所はかすかに頷いた。
どのくらい田所を見たまま動けなかったのだろうか。
「おい、携帯が震えてるぞ」という田所の声に、真理亜は慌てて携帯を握った。
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しばらく更新できなくてすみませんでした。
一ヶ月ぶりの更新になります。
これからも少しのんびりペースになりますが、
最終章を盛り上げていきたいと思います。




