土曜の朝(Ⅳ)
「夕べ、譲二から連絡があってとりあえず君を引き取りに行ったんだ。
会社に届けてる住所は実家のものだろう?
送っていくにはちょっと遠いので、とりあえずここに連れてきたんだ」
田所は真理亜の目をみて話を続けた。
「以前に君は Angel Eyes からタクシーで帰れるくらい近くだと言っていた。
なのに毎週タクシーで帰るくらい実家は近くのものじゃないよな。
いったい何処に住んでいるんだ?」
「ご迷惑をおかけして・・・」
「それはいい」
「会社にはまだ届けてないのですが、今は○○駅の近くに住んでいます」
真理亜は田所が僅かに目を瞠ったのがわかった。
それからニヤリとして真理亜を窓際に誘う。
「ここから見てみろ」
真理亜は田所から少し離れた窓際でキッチンから見える景色にため息が漏れた。
近くに視界を遮る建物が無い。
箱型のビルや家の屋根が小さな模型のようにずっと遠くまで続いていて、それが終わるところにはうっすらとした山の輪郭が見える。
田所が指差す方向を見ると小さいながらも富士山が見えた。
キッチンだけでなくダイニングとリビングの窓も同じ向きなので、3部屋から同じ景色が見えるはずだ。
真理亜が関心して見ていると、「下も見てみろ」と田所が指を差した。
「高いところは大丈夫だよな?今更だけど」
「はい。大丈夫です。煙と何とかは・・・って言うように、高いところ大好きです」
そう真理亜が応えると、「可笑しなやつだな」と田所は少し笑った。
その笑い声に驚いて横に並んでいる田所を見ると、田所は真理亜を見ずに下を見ながら笑っていた。
大笑いしていいるわけじゃないが、目尻に皺がでているのでまだ笑いの余韻が残っているというところだろうか。
田所の骨ばった顔をすぐ隣で見て急に男性を意識してしまった真理亜に、田所はもう一度「下を見ろよ」と促した。
「あ、はい・・・」
慌てて田所の指差すほうを見た真理亜が今度は目を瞠った。
「あれ・・・?あれは・・・」
「見覚えはあるか?」
「えっと、もしかしたら。いえ、もしかしなくても○○駅ですか?」
「ああ、やっと気がついたか」
真理亜が毎日のように利用する駅がすぐ真下にあった。
駅舎から伸びる線路を見たり近くを走る首都高を見て、上から見るとこんな地形なんだと真理亜はしばらく感心していたがはっと気がついて田所を見る。
「ここって、駅前のあのマンションですか?」
真理亜を見ていた田所が頷いた。
「で、お前の家はどっちなんだ?」
「あ、私のところは反対側です」
真理亜は少し考えてから「そうだ、こっちから見えるかも」と田所を促してリビングに移動した。
リビングには窓が2箇所ある。
キッチンから見ていた方向と間逆の窓に近寄ってしばらく下を見ていたが、「あ、あのあたりです。コンビニのところの公園の近くなんですよ」
真理亜が指差すところには小さな家やアパートが並んでいる。
「それにしても、あの駅前のタワーマンションですか、ここは」
真理亜は無邪気に窓ガラスに額をくっつけるようにして下を見ている。
田所はそんな真理亜を隣で見ていた。




