グラッパ(Ⅵ)
お客がノアの店に行くことで譲二がノアに電話などすることは今までに一度もなかった。
何かあるととっさにノアは店先にとりつけているカメラを確認すると
ノアとあの男が映っていたと言う訳だ。
Genesis は遅い時間になってから混む店だ。
しかも特殊な趣向のお客ばかりなので、お客同士のいざこざもたまにある。
防犯のために扉のすぐ外にカメラを設置しているのだとノアは説明した。
ボックス席では真理亜に嫌がらせをした男とその連れは言い訳を始めたが、ノアも譲二もその言い訳を最後まで聞かなかった。
店の入り口での様子を映像で保存していること、赤くなった肩の写真もあることを言うだけではなく、もしその言い訳が通用すると思うなら勤務先の会社や世間に聞いてみたらどうだ、君のやったことが世間ではなんという行為なのかを知るがいいと言ってやると急に大人しくなったらしい。
真理亜は二人の説明を聞きながら、感謝すると同時にこの人達を敵に回すことは絶対にやめようと心に誓った。
譲二はショットグラスを飲み干すと自分の店に帰っていった。
真理亜はカウンターで新たにグラッパを注いでもらいながら、今夜は酔えないかもしれないと思っていた。
今夜はここで賑やかに過ごすのが安全な気がする。
そう言うと、「あんたに手を出す男はここに居ないからね」と皆に笑われた。
それからかなり経って、譲二にノアから電話がかかった。
「真理亜ちゃん、うちのカウンターで潰れちゃったんだけど」
「まだ居たのか・・・」
「ちょっと忙しくなって目を離してたら、手酌でグラッパ飲んでてさ」
「どうしようもないな」
「えー、真理亜ちゃんの家知らないの?」
「知るかよ」
そんなやりとりとをした後で、譲二は「もう少し待ってくれ。誰か迎えをやるから」と電話を切った。
譲二は少し考えてから携帯電話を取り出して、連絡先のリストをスクロールしながら誰に連絡すればいいのか考えていた。
やがて一人の名前のところで指が止まった。
一応時計を見て時間を確かめる。
もうとっくに日付が変わっているがアイツならまだ起きているだろうと思ってその電話番号を押した。
「悪いなこんな時間に。仕事の邪魔したか?」
「仕事しているわけがないだろう。午前様だぞ」
「悪いんだけど・・・」
と譲二が躊躇していると、「悪いと思うならかけてくるな」と言って相手が笑った。
「お前の会社の可愛い後輩、真理亜ちゃんが酔いつぶれちゃってるんだよね」
田所はとっさに声がでなかった。
「いや、今夜は店で他のお客に絡まれていろいろあったんだよ」と譲二が喋り始めた。
「ちょっと待て、場所変えるから。掛けなおす」田所はそう言って一度電話を切った。




