グラッパ(Ⅴ)
真理亜を Genesis の扉に押し付けた男は、ボックス席の奥で隣にはノアが、
正面には譲二が座り身動きできない状態にされていた。
真理亜はボックス席には近寄らせてもらえずカウンターに座ってノアの店のスタッフに事情を聞かれ、正直に話すとそれをスタッフがボックス席に伝えに行った。
やがて Angel Eyes に一緒に来ていた男の連れも呼ばれて何やら話している。
途中でノアとスタッフの動きが慌しくなった。
店の奥とボックス席を何度か往復してからノアは真理亜の腕を取り、店の奥にあるスタッフルームに連れて入った。
ノアに説得されてブラウスを少しだけずらせて男に押された肩を真理亜はノアに見せる。
案の定、真理亜の白い肩が赤くなっていた。
明日になればそれが青くなり、しばらくは醜い色が残るはずだとノアが説明する。
説明しながらノアは真理亜の赤くなった肩の写真を一枚撮った。
そして青黒い色が消えるまで毎日写真を撮って置くようにと言う。
「もう二度と真理亜ちゃんに手出ししないようにきっちり話しつけておくから」
そうノアは真理亜を安心させるように言った。
ノアと真理亜が店内に戻ると、男とその連れが青い顔をして真理亜に謝罪し、逃げるように店を出て行った。
真理亜が口元をきゅっと引き締めてノアと譲二の顔を交互に見つめると、
譲二がカウンターの椅子をひいて真理亜を座らせて自分もその隣に腰を下ろした。
ノアはニヤリと微笑んでからカウンターの中に入る。
「グラッパある?」と譲二が聞くと、ノアは高級そうなボトルを取り上げて譲二に見せた。
譲二が頷くと、小さなショットグラス3個にグラッパを注ぎ入れ、ひとつを譲二にもうひとつを真理亜の前に置いた。
ノアは3個目のグラス持って二人の前に掲げた。
「お疲れさま」
譲二がそう言ってノアを見ながらグラスを持ち上げる。
真理亜は「ありがとうございました」と言って同じようにグラスを二人のグラスに近づけた。
それぞれに一口飲んで、まずノアが「グッドジョブだったよね」と口火を切った。
「ほんと。どうして私が来るのがノアママにわかったの?」と真理亜が素直な疑問を口にすると、
「譲二さんから電話をもらったのよ。真理亜ちゃんがそっちに向ったからって」
とノアが答えた。
あの男は自分の連れに急に先に帰るからと店を出たらしい。
「最初あいつが席を立ったとき、別のお客と話していてすぐに動けなかったんだよ」
譲二が出遅れた理由を説明していた。
その前から嫌な予感がしてた譲二は、真理亜がまっすぐ家に帰るのは後をつけられるかもしれないからと
ノアの店に行くように言えとスタッフに耳打ちしたのだ。
真理亜は夜道をあの男につけられていることを想像して身震いが出そうになった。
乾いた喉のざらつきにグラッパが染みるように痛かった。




