マール (Ⅳ)
カウンターに座った真理亜は、とりあえず薄い水割りを作ってもらった。
譲二は、しばらく来なかったねとは言わなかった。
何も言わずに水割りのグラスを真理亜の前に置くと、
「あとで飲ませたいものがあるんだ」と譲二が言った。
「わぁ、楽しみだな」と真理亜が応える。
「あっちの注文をこなしてくるから飲んでて」
そう言って、譲二はカウンターの向こう端に移動していった。
譲二もそのスタッフも、真理亜が考え事をしたいときは放っておいてくれるし
構って欲しいときは話し相手になってくれる。
お客の気まぐれをどうやって知るのだろうか。
言わなくても勘が働くのだろうか、それとも何か法則があるのだろうか。
彼らの間の取り方を聞いてみたい気がした。
真理亜が一杯目の水割りをほとんど飲んでしまった頃、譲二が真理亜の前に戻ってきた。
「何か食べてきた?」
「ここに来る前にバニーニのサンドウィッチを食べたかな」
「そうか。でももう少ししっかりしたものを食べておいたほうがいいな」
そうにやりと笑ってキッチンに入っていく。
アルコール度数の高い、強いお酒を予定しているのかなと真理亜は少し警戒する気持ちが出てきた。
しばらくして譲二は一皿にハム、チーズ、野菜のマリネなどを盛り合わせたものを真理亜の前に置いた。、
「譲二さんが親切にするわけを知るのが怖いわ」
「いつも親切じゃないか。それに警戒しなくていいぞ。でも覚悟はしたほうがいい」
真理亜がフォークを手に取って食べ始めると、譲二は次に小さなグラスを差し出した。
「これを飲んでおいたほうがいい」
グラスの中の液体は綺麗な薄緑色で、とろりとした飲み口だった。
「あ、これオリーブオイルじゃない?」
「そうだよ。これを飲んでおくと後が楽だと思う」
胃壁をオリーブオイルで包み、アルコールの吸収を妨げるとでも言うのだろうか。
確信はなかったが理に適ってるとは思う。
真理亜が料理を半分ほど食べたころ、譲二は嬉しそうにボトルをカウンターに置いた。
足のついた小さなグラスを2つ譲二はカウンターに置き、少しだけ琥珀色の液体を注いだ。
黙って真理亜の前にひとつを置く、もう1つは自分で鼻に近づけて香りを確かめていた。
真理亜がグラスを口に近づけるとその液体は甘い香りが漂っていた。
「あれ・・・?」と呟いた声を譲二は聞き逃さなかったらしい。
にやにやしながら真理亜を見ている。
「モルトウイスキーかと思ったのに・・・」
「飲んでごらん」
真理亜は一口目を口に含んでゆっくりと飲み下した。
「モルトでもなく、カルヴァドスでもない。その中間みたい」
そこまで言って、真理亜ははっと顔を上げた。
譲二は嬉しそうにうんうん頷いている。
「ブランデー?」
「お、当たったな」
「最近ブランデー飲んでなかったから、思いつかなかったわ」
気をよくした譲二は真理亜のグラスにマールをたっぷりと注ぎ足した。




