マール (Ⅱ)
ゴールデンウィークが終わって仕事が始まった。
真理亜の部所では相次いで行われる小さな会議とその補足の打ち合わせが増えて、
ようやく通常業務に戻ったのは週末だった。
ほっと自分の椅子に座ったのも週末の一日だけで、次の週には会計監査の準備に借り出されることになっている。
日々怠ることなく数字を仕訳しているにも係らず不備があるものだ。
それをチェックして間違いを修正して、提出書類を完全なものにしておかねばならない。
金曜日にAngel Eyesに飲みに行けない週が続いて5月が終わってしまった。
佐々木とはあれから一度だけ土曜日に待ち合わせた。
休日出勤のそのままで夕飯を食べに行き、佐々木の部屋で彼の仕事が終わるのを待って
一緒に甘い夜を過ごした。
佐々木は相変わらず優しかったし、恒例となった二人で作る朝ご飯も楽しかった。
すっかり夏の陽気になった6月の最初の金曜日、久しぶりに真理亜は Angel Eyesに行くことにした。
会社を出るとまだ陽は高く、Angel Eyes の開店時間にはまだ少し間がある。
そうかといって、終業間際に課長から呼ばれて打診されたことが気になっていて
ヨガ教室に行っても集中できそうになかった。
駅の近くでなにか食べるか、それとも一度帰宅して出直すか、どうしようかと考えていたら
「仁科さ~ん」と後ろから声をかけられた。
振り向くと前回一緒に飲みに行った同じ経理課と総務課の後輩が二人立っていた。
「珍しいですね、仁科さんが佇んでいるなんて」
そういえば会社の正面玄関先だ。
「あー。少し時間を持て余しちゃってて・・・」
真理亜がどうとでもとれる生返事をすると、
「めずらしいですよ、仁科さんが途方に暮れてるなんて」と後輩達が笑った。
「私達、駅の向こうにできたカフェに行こうかって話してたんです。
よろしかったら仁科さんもご一緒にいかがですか?」
「いいの?行ってみようかな」
「是非、是非!」
「嬉しいなぁ」
たまには女子とも交流しておいたほうがいいかもしれないと、真理亜は彼女達と一緒に行くことにした。
真理亜が仕事に忙殺されている間に新規オープンしたらしいそのカフェは、
駅の反対側の飲食店の多いエリアの端っこにあり、
仕事帰りの待ち合わせにちょうどよさげな立地と、今風のお洒落なインテリアではやくも注目を浴びているようだった。
3人は10分ほど入り口で待たされてから、ようやく奥のテーブルに座ることができた。
それぞれ注文を済ませると、同じ経理課の 吉岡 奈雅子が早速口を開いた。
「仁科さんもデートですか?」
「え?」
「金曜日なので、デートまでの時間つぶしをどうしようかと考えていたのでは?」
「あ、そういうわけではないけれどね」
総務の 竹内 美紀のデート時間までを奈雅子がお茶に付き合ったらしい。
二人の会話から、美紀が合コンで知り合った男性から二人きりでと食事に誘われたらしいことがわかった。
「そういえば、仁科さんは営業の斉藤さんと仲がよかったですよね?」
「斉藤さんとは同期ってだけで、仲がよいってわけじゃないよ?」
「この子ね、少し前まで斉藤さんと付き合ってたんですよ」
と奈雅子が美紀のことを指差して言った。




