16 マール (Ⅰ)
その夜も佐々木の部屋で過ごし、翌日、休みの最終日の朝食の後に真理亜はアパートに帰ってきた。
午後になると佐々木のスタッフが来るというので、自分の部屋に帰ると真理亜が言ったのだ。
佐々木の部屋をでる前に、「送ろるよ」と車のキーを手に取った佐々木は、
しばらくの間真理亜を引き寄せて自分の腕の中に抱えていた。
「楽しかった」
真理亜の髪に唇を寄せてそう囁く。
「うん、私も楽しかった」
「またいつでもおいで?」
「うん、そうする」
「電話でもメールでもしてくるんだぞ?」
「うん」
真理亜も佐々木の腰に手を回し、一度だけぎゅっと手に力を入れてから離れた。
佐々木の運転する車が真理亜のアパートに近づくと、
「ほんとにイメージに合わないところに住んでるよな」と言って佐々木が苦笑する。
「だって、会社に近いし、なにより家賃が安いもの」
「気をつけろよ?」
「うん。わかってる」
それ以上は佐々木も言わずに車を停めた。
「俺はこのまま帰るよ」
真理亜はお礼を言って車を降りると、佐々木は「じゃぁ」と手を一度挙げて車を出した。
そういうあっさりとしたところが佐々木らしい。
思わず真理亜は微笑んで佐々木の車を見送った。
アパートの部屋は出掛けたの時のままだった。
そのことにほっと安堵すると、空気を入れ替えるために窓を開けた。
ダイニングテーブルの上にはオレンジ色の箱だけが乗っていて、
スカーフのほうはベッドボードにふんわりと掛かっていた。
シルク独特の心地よい手触りのスカーフに手を這わせて、
真理亜はしばらくベッドに座っていた。
こんな綺麗な色のスカーフは見たことがなかった。
佐々木がこの店の本店で真理亜に似合う色を探している姿が想像できた。
あんな風に反応するんじゃなかったと今更ながら思ってしまう。
恋人同士の軽いお遊びで目隠や拘束は普通の範囲ではないのだろうか。
佐々木はきっとそのつもりで、軽い気持ちだったに違いない。
でも、あの時、目隠しをされた時は過去の自分をさらけ出してしまうようで
真理亜には取り繕う余裕がなかったのだ。
あの後、佐々木は何も聞かなかった。
真理亜も何も話さなかった。
そのことが後にしこりを残さないかと不安に思いながら、
真理亜はスカーフを綺麗に畳んでオレンジ色の箱に仕舞った。




