Burgundy (Ⅴ)
スカーフで目を覆われて真理亜は一瞬であるが息を止めてしまった。
佐々木が掌と肘を支えて誘導するので足は動かしているが思考が完全に止まる。
過去の記憶が走馬灯のように浮んでは消える。
めくるめくような快楽とその後にやってきた嘆きや絶望などが押し寄せてきそうになる。
それらの渦を引き寄せないでおこうと真理亜は精一杯の力で記憶の扉を閉めた。
ようやく息を吐いたあとに佐々木の声が遠くから聞こえてきた。
(そうだ、これは亮輔のお遊びだ。軽い遊びではないか。
昔のことを思い出しちゃだめ)
そう何度か繰り返して、自分の暗い震えが佐々木に知られないことを願った。
佐々木はベッドに座らせた真理亜の反応が鈍いことに気がついた。
繫いだ手の指先が異常に冷たい。
薄く開かれた真理亜の唇が細かく震えている。
もう一度真理亜の指先に目を移すと指も震えているのがわかった。
「真理亜、大丈夫かい?気分がすぐれない?」
急く気持ちはあったが丁寧にそっとスカーフの結び目を解き、真理亜の顔をうかがうと、
目を見開いてはいるものの佐々木に焦点があっていない。
真理亜をベッドに座らせたまま、佐々木は真理亜の頭を自分の肩に引き寄せた。
「大丈夫だ。しばらくこのままじっとして、僕に凭れて?」
肩から背中を佐々木の大きな手がゆっくりと往復する。
真理亜は何も言わずにされるがままになっていた。
「もうスカーフは外したから大丈夫だ。
君の嫌がることはしないから、大丈夫だ」
真理亜に言って聞かせるように囁いていると、真理亜はようやく大きな息を吐いた。
真理亜の肩が大きく上下する。
「少し疲れただろう?僕も時差で眠い。ちょっと横になろうか」
真理亜の返事はなかったが嫌がる様子もないので、
真理亜をシーツの中に押し込んで、佐々木も寄り添うように横になった。
眠りやすい体勢にと佐々木は真理亜を自分の胸に引き寄せ、
手を彼女の腰に回すとやがて規則的な寝息が聞こえ始めた。
真理亜はとうてい眠れそうにないが、佐々木の鼓動を聞きながら目を閉じる。
嫌なことは考えたくなかった。
佐々木が目を覚ましたときに嫌な感情を引きずっていたくはない。
佐々木と過ごした楽しい時を思い出すことにした。
どのくらい時間が経っただろうか。
佐々木がもぞもぞと動き始めた。
真理亜が目を開けると、佐々木もゆっくりと目を開ける。
しばらくぼんやりとしていたがやがて真理亜に焦点を合わせて、「おはよう」と言った。
「おはようなのかな・・・時間がわからない」
窓を見ると、外は真っ暗だった。
真理亜が普通に答えたので佐々木は内心ほっとしていた。
そのまま真理亜に触れていたかったが、もう少し様子を見たほうが良いと判断して起き上がる。
真理亜に佐々木の部屋に一緒に行くことを提案して、泊まる準備をさせ、
シンと静まった真夜中に二人は大通りに出てタクシーを拾った。




