ハイランドモルト (Ⅲ)
真理亜を乗せたタクシーが動き出す。
そのテールランプを見ながら、田所は真理亜の仕草を思い出していた。
彼女のことは会社でも、Angel Eyes でも時々見かけていた。
しかし、ここ2~3週間で何かが決定的に違うと感じた。
化粧や服装が変わったわけでもない。
全体を包む雰囲気が違うというだけなのだが、その原因は何だと考えてみる。
やはり男かな。
彼氏が出来れば変わるのだろうと思うが、何故か田所は気に入らなかった。
ため息を飲み込んで、来た道を戻り、Angel Eyesの扉を再び押した。
戻ってきた田所に、譲二は「ハイランドの取って置きのがあるんだ」
そう言って新しいグラスを置く。
「度数はそれほどでもないが、きっとお前の好みだ」
軽く明るい色に独特な香りが鼻を擽り、田所の意識がウイスキーに向いた。
田所は水やソーダで割るよりも何も加えずにストレートで飲める酒が好きだった。
そういう意味ではハイランド北部のモルトのなかでも軽めではあるが
『見逃せない癖』のような味わいを田所の好みと譲二が言ったのは的を得ていて
田所はニヤリとした。
先ほどタクシーに乗せた真理亜も見逃せない。
ふとそんな言葉が田所の頭のなかで浮んでは消えた。
真理亜は田所の過去の女性達とは明らかに違う種類の存在だ。
田所に声をかけてくる女性は、そのほとんどが装うことに喜びを感じていて
自分の容姿や振る舞いに自信のある者が多かった。
田所が長身で整った顔を持ちながらも顔でもてはやされないのは、
近寄りがたい鋭い目つきや、やや厳つい顎の作りのせいかもしれない。
時代が時代なら剣の英雄とか弓の達人など、猛者役が似合う顔立ちであった。
そんな強面の田所にしなやかに寄り添い、強者の守られ者としての座を得ようと近づいてくる女性は、
ベッドの中では田所に跪き、彼の要求に応えあらゆることをして楽しめる大人の女性ばかりだった。
しかし、しばらく関係が続くと田所の自宅に呼ばれないのは何故か、
毎週末会わないのは何故か、そんな質問が多くなる。
また、女性の部屋に招待されたり手料理をと言われると、とたんに田所は興冷めしてしまう。
ある種の快楽を共にするだけの関係で、生活を共有する意思が無いと言うと
強かに食い下がろうとする女性も多いが、田所にまったくその気がないとわかると
悲しみより怒りにまかせて捨て台詞を残して離れていく女性ばかりだった。
今夜二度目のため息を飲み込んで、田所はモルトウイスキーを喉に流し込んだ。
隣では賢吾がカウンターに突っ伏していた。




