14 ハイランドモルト (Ⅰ)
田所はお酒が強いのだろう。
真理亜と賢吾がやっとカルヴァドスを飲み終わる頃、後から飲み始めた田所も飲み終えた。
「譲二さん、ゴールデンウイークの営業は?」と賢吾が聞いている。
「明日から休むよ。9連休だ」と言って、譲二はにこっと笑っている。
「じゃ、もう一杯飲んでおこうかな。時間大丈夫か?」
賢吾はそう真理亜に聞いた。
真理亜が頷くと、譲二が3人の前にグラスを置く。
それぞれ違うボトルのウイスキーを注いだ。
小さなグラスにストレートで注がれた琥珀色の液体を真理亜は口に近づけた。
匂いが強いわけでもないのに、警戒心が出てきた。
用心して舐めるように口に含むと、強烈な芳香が口のなかで暴れる。
「何ですか、これ?」
少しむせながら真理亜がグラスを置くと、譲二が
「ハイランドモルトの種類で、真理亜ちゃんのはアルコール度数が54度・・・かな」
とニヤニヤ笑っている。
3人それぞれにハイランドという同じ地方の別ブランドのウイスキーを出したそうだ。
ちなみに賢吾と田所のはアルコール度数が60度だった。
3人とも初めは神妙に飲んでいたが、3~4口飲んだあとはもうどんなウイスキーでも良くなった。
賢吾と譲二が賑やかに話すのに田所が時々口を挟み、真理亜はそれをぼんやりと聞いていた。
いつの間にか真理亜はカウンターに置かれた田所の手を見ていた。
賢吾と違って田所は動きが少なく、時々グラスに手を伸ばすくらいで静かに重い存在で座っている。
飲むペースが違うのは明らかだった。
田所の口に運ばれたグラスがカウンターに再び置かれると、グラスのなかのウイスキーがぐんと減っていた。
ふと、田所が飲むところを見てみたいと真理亜は思ったが、
わざわざ隣に顔を向けることはできない。
カウンターに置かれた田所の手やスーツの袖口を見るしかなかった。
その田所の手がまたグラスに伸びた。
しかしグラスを持ち上げるのではなく、人差し指でグラスの外側を下からすっとなで上げた。
田所は賢吾と譲二の話を聞いて笑っている。
無意識でグラスを触っているのだろう。
田所の指は関節がしっかりとしていて、いかにも力強いという印象だ。
グラスの上の淵で僅かに止まっていた人差し指がゆっくりと下におろされる。
真理亜は再び首の後ろがチリチリした。
身震いを悟られないために席を立って、洗面所に向う。
洗面所の鏡に映った顔を見た真理亜はため息がでた。
赤い顔をして、目も潤んでいる。
単に酔ってしまっただけだ。
全て強いアルコールのせいにしてしまおう。
簡単にお化粧を直してから真理亜は席に戻った。




