カルヴァドス (Ⅴ)
「仁科、ありがとな」
しばらく黙っていた賢吾が真理亜に話しかけた。
「ん?あぁ、あのこと?」
「ああ。助かったよ」
「まだ解決したわけじゃないわ」
今週ずっと係ってきた営業部の派遣についてのことだった。
お互いの上司に相談しながら進めていて、ようやく方針が決まったので
あとは時期がくれば自然に解決する問題でもあった。
「ま、その話は会社でしましょうよ」
「そうだな」
社外で話すようなこともでない。
「それにしても、何故私だったの?」
真理亜の問いかけに賢吾はしばらく答えなかった。
「面倒なことを私に押し付けて・・・」
恨みがましく言うと、ようやく賢吾が口を開いた。
「何というか、勘かな」
「何よ、そんなことで私に?」
「ノアママの取り扱いを知ってる真理亜なら何とかできるのじゃないかと・・・」
「え?」
「ま、直感というのかな」
「何よ、それ・・・」
「あの日、俺はちょっと浮かれてたんだ、なんとなくだけどな」
「うん」
「で、仁科にGenesisに連れて行かれてちょっとショックだったんだ」
「何かあったの?」
「な、何も無いぞ」
「ほんと?」
「ほんとだ!!断じて・・・」
真理亜にクスクスと笑われながら、賢吾は顔を赤らめている。
「あの後、なんとなくわかったんだ」
「ふ~~ん」
「仁科は物事の本質がわかってるんじゃないかって」
それには真理亜は何も応えなかった。
「今回だって、もつれた糸を解してくれた」
「ちょっと思いついただけだよ」
今度は賢吾が「ふ~~ん」と言った。
それきりしばらく黙っていたが、「ところで明日からどこかへ行くのか?」と賢吾が真理亜に聞いた。
カレンダー通りの出勤でも明日から3日間のお休みである。
真理亜は何の予定もなかったが、「まぁね」とお茶を濁した。
譲二はカウンターの向こう端のお客と話している。
「仁科は、付き合ってる彼居るのか?」
「あ・・・うん。まぁ」
「そっか。やっぱりな」
「どうして?」
「何か最近雰囲気が前と違うから」
「そうかな・・・」
「あぁ、ちょっと違う」
真理亜は佐々木のことを考えた。
佐々木は明日から家族旅行だと言っていた。
毎年の恒例で、前から決まっているの出掛けてくるよということだった。
しかし、連休の後半は都内に戻ってくるので、真理亜と一緒に過ごすと言っていた。
真理亜は前半は実家にでも帰ってこようかと思っていた。
もちろん後半は佐々木との時間を空けている。
こういうことが付き合っているということなんだなと真理亜は思った。
何も言わずに真理亜がグラスに手を伸ばしたとき、店の扉が開いてお客が入ってきた。
真理亜の隣が空いていたのでそこに座るのだろう。
譲二がコースターを置き、大きな影が真理亜にかかる。
真理亜は首筋がチリチリする感覚に捉われて、とっさに手を引っ込めた。
「失礼するよ」と言って、田所が隣に座った。
賢吾が田所に挨拶している。
田所は真理亜と賢吾の前に置かれているボトルを見て、同じものを注文した。




