カルヴァドス (Ⅳ)
真理亜と賢吾が並んでカウンターに落ち着くと、譲二が怪訝そうな顔で「珍しいな」と呟いた。
「今日は一緒に飲んでたから」と賢吾が言うと、
「ますます珍しい」と譲二が二人の前に立った。
「今夜はスペイン料理だったのよ」と真理亜が譲二に話す。
「油こってりかい?」
真理亜が頷くと、譲二は棚の隅から1本のボトルを取り上げた。
小さなショットグラスにまったりとろみのありそうな液体を注ぐ。
「あ、僕にも同じものを」
賢吾がそういうと、「お前はビールでいいだろう」と譲二が賢吾を見ずに言った。
「ビールは散々飲んできましたよ」
譲二は賢吾用にグラスを出して、同じ液体を注いだ。
グラスを鼻に近づけると、甘くブランデーと同じような種類の香りがした。
『こういうお酒は舐めるように飲むものだよね』
真理亜はそう思って少しだけ口に含むと、ゆっくりと飲み下した。
甘さのなかにアルコールの強さを隠しているような、そんなお酒だった。
「どうだい?飲めそうかい?」
譲二が心配そうに聞く。
「たくさんは無理でしょうけど、これ、美味しいですよ」
真理亜がにっこり微笑むと、譲二も嬉しそうな顔をした。
「食事の前に飲む酒と、食事中に飲む酒があるだろう?」
真理亜がコクリと頷くと、「これは食後に適しているんだ。
特にこってりした料理のあとがいいんだ」
譲二は真理亜を出来の良い生徒のように扱った。
「食道の側面に甘さがとろりとくっつくような気がするけど、
それがまた次を誘うって感じですね」
譲二とサブバーテンダーが同時にニッコリした。
「仁科、この酒の味がわかるのか・・・参ったな」
隣で賢吾が唸っている。
「男の酒だぞ、これは」
「そんな事無いわよ。フルーツで出来てるんでしょうから、女性にも合うはずよ」
「お前、この酒知ってるのか?」
「初めて飲んだんだけど?」
賢吾が驚いたように真理亜を見、それから譲二に視線を移した。
「なぜ、フルーツから作ったと思った?」
譲二が真理亜に聞く。
「この甘さはお砂糖の甘さじゃないもの。
ましてやシロップを加えたようなものじゃないし」
「カルヴァドスって言うんだ。林檎から作ってるお酒だ。
食後に飲むと覚えておいてよいとおもうよ」と譲二は真理亜にさらりと言った。
賢吾がスツールの背もたれに背中を預け、深く座りなおして
「なぜ先輩が気に入ってるかわかったよ」と呟いた。
譲二はそんな賢吾をみて得意げに笑っている。
賢吾はもう何も言わずに真理亜と並んで静かにグラスを傾けた。




