13 カルヴァドス (Ⅰ)
ゴールデンウィークが近いので、お昼休みは自然とその話題になる。
真理亜は遠出をする予定がないのでカレンダーどおりに出社することを決めていた。
経理には止められない業務もあるので、出社する人はしない人の業務が負担になる。
有給を使って9連休をとる海外旅行組みは気を使ってか、いつもより大人しくしていた。
「お土産買って来るね」という同僚の言葉に、「うん、期待してるからたくさん買ってきて」
と笑いながら、食べ終わった弁当を仕舞って真理亜は席を立った。
化粧室に行こうとしたところに、営業部の斉藤賢吾がやってきた。
「おっ、仁科。ちょうどよいところに・・・」
「私はお昼休み中です」
「そんな冷たいこと言わずに」
滅多に経理部に来ない賢吾だ。
何かあるに違いない。
真理亜が眉を顰めていると、賢吾は手に持っていた書類を出した。
それをちらっと見ただけで手には取らずに真理亜は言った。
「私、化粧室に行くところなんだけど」
「待ってるよ」
「お化粧直ししたらカフェオレ飲むことにしてるんだけど?」
「わかった」
「じゃ、化粧室に行ってくるから、1つ下の階のカフェオレよろしく!」
「おう!」
経理部のフロアに置いてある販売機のとは別ブランドのカフェオレのほうを真理亜は好んで飲んでいた。
時間外、担当外の書類を見る対価と思えば100円は安い。
真理亜が化粧室から戻ると、ちょうど賢吾も戻ったところだった。
手には真理亜が言った缶のカフェオレを持っている。
「じゃ、あちらのテーブルでお話伺いましょ?」とミーティングテーブルに賢吾を案内した。
それほど難しいものではなかったので、簡単に指摘するだけで賢吾は理解したようだった。
難しいのは人間関係だったのだ。
「斉藤さんが持ってこなくても、営業事務ってのがあるんだからそこでやってもらえばいいじゃない」
「そだろ?そう思うよね?」
「何か問題でもあるの?」
「全然使えなくてさ・・・」
「担当の人?そういえばこの書類も期限過ぎてるじゃない」
「そうなんだよな」
賢吾は声を潜めて彼のアシスタントの能力だけでなく、その女性と経理部担当者の確執をかいつまんで話した。
経理部の部屋である。
賢吾は言葉を選んで話しているはずなので、その分推し量って考えるべきだろう。
そして賢吾が直接経理部に来たということは対応策が必要だということだ。
お昼休みが終わろうとしていたので、真理亜は簡単に賢吾と打ち合わせて席に戻ろうとした。
「あ、仁科、今週の金曜日のこと聞いた?」
「ん?何?」
「通常出勤者で飲み会の話さ」
「ううん、知らない」
総務と経理の女の子と営業部の何人かが飲みに行くらしい。
合コンではないのかと真理亜は疑った。




