ワイン (Ⅴ)
美味しいものを食べると話もはずむ。
「さっきの蔵、どう思った?」
「う~~ん。私にはワインのことはよくわからないけれど・・・」
「うん」と言っただけで真理亜の言葉を促す。
「在庫がたいへんだなぁって。税金かかるし」
佐々木は一瞬表情を止めて、それから爆笑した。
「そっちか・・・」
「だって、ワインだけではなく日本酒もあったし、商品管理と棚卸し面倒そうなので」
真理亜が真面目に答えると、二人の後ろで料理長が佐々木の笑いにつられて笑っている。
「会社で経理担当なもので、ついそれが気になってしまうんですよ」
料理長に説明するように真理亜は二人に言い訳をした。
「ひとつ懸念するのは、都会と違って田舎の税務署というのはワインの価値がわからない人が多いと思うんですけど、その点はどうなんですか?」
「あ、それは言えますね。
こちらがきちんと管理している在庫リストを見せても
ヘンに疑ってしまう担当官だと嫌な思いをすることがあります」
真理亜は食後に出されたお茶碗を両手で包み込むように持ちながら、
そうでしょうとばかりに頷いている。
佐々木はそんな真理亜を見て苦笑していた。
「もう1つ聞いてもよろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「蔵の温度管理ですが、あの蔵を冷やすにはかなり大きなモーターなんですよね?」
「そうですね、それなりにですが・・・」
「取り付けて何年くらいになりますか?」
「かれこれ3年になります」
料理長が怪訝な顔をして真理亜に答えた。
「実は・・・実家が米屋をしておりまして・・・」と真理亜は米の温度管理について、
過去の出来事をかいつまんで話して聞かせた。
今は立て替えてビルにしているが、真理亜の子供の頃は実家にも古い蔵があったのだ。
管理が悪いと米にはすぐに虫が湧いた。
「つまらない話で申し訳なかったです。でもどうしても気になって・・・」
「とんでもございません。うちでも早急に対応策を検討します」料理長はそう言ったあとで、
「また近く二人で是非お越しください。
次は日本酒もご用意させていただきます。
こちらのお嬢さんに是非料理とお酒のマリアージュを楽しんでいただきたい」
と申し出てくれた。
実際に真理亜の実家の話は、単に話ではなく商品管理に役立つものだったのだ。
夕方のラッシュに巻き込まれないようにと、食後すぐに旅館を出た。
ダイニングに置いた荷物は旅館のスタッフで佐々木の車に積み込まれており、
料理長と女将に手厚く見送られて二人は箱根を後にした。
酷い渋滞にもならず真理亜のアパートに戻ってきたのは夕方だった。
運転で疲れているかもしれないと、コーヒーでもと部屋に誘ったが、
「今部屋にあがると帰りたくなる」と言って、佐々木はそのまま帰っていった。
離れるのが少し寂しくもあったが、そういうところが佐々木らしいと真理亜は納得した。
しばらくぼんやりしていたようだ。
気がつけばもう始業時間が近づいていた。
真理亜は次々と出勤してくる同僚に挨拶を返しながら、データ入力を開始した。




