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091.高貴すぎるクッション

「……ターナー侯爵家は断絶。爵位、領地、財産はすべて国庫に返還。前長官とその息子のグレアムは国外追放、ということで決まったよ。彼のおこないは許されるものではないからね」


アナベルが未来の話題を逸らしたことに少し残念そうな顔をしたものの、セインは隠さず教えてくれた。

ということは、今頃はイブリンの耳にも入っていることだろう。

たとえセインを逆恨みしたとしても、兄のグレアムに頼って攻撃してくることは出来ない。でも、油断は禁物である。守護の魔法はしっかり保持しておこう。


「私が陛下にご報告の最中、新長官と彼の弟が来てくれてね。こと細かく証言してくれたおかげで、話が早くすんだよ」

「証言すれば、知っていてこれまで黙っていたのかと自身も罪に問われるかもしれないのに……隠さず証言してくださったのですね」


前長官の悪事を断罪しようとしなかったこと。弟が角の中毒となり、王に対する忠誠を忘れて前長官の手足となっていたこと。

彼らが前長官の断罪は望んだとしても、それらに関しては王に知られたくなかっただろうに……。


「新長官はまっすぐな人柄の人間と見ていたが、本当にそのようだ。陛下もそのようにお感じになられたのだろう。ターナー親子以外の王宮魔法使いに、厳罰を科すようなことはしないとおっしゃってくださったよ」


「良かったです」


王宮魔法使いたちが王への誓いを忘れたことは、許されるおこないではない。が、彼らは悔いており、中毒も消えているのだ。

無罪放免はないとしても、全員処刑して終わり、などという悲惨な結末を見ずに済んだことに、アナベルは安堵した。


「陛下はすぐさまターナー前長官を御前に呼び、罰をお与えになられた。地方に下がれば済むと本気で考えていた前長官は、今にも死にそうな顔をして驚いていたよ。必死で減刑を求め、……王太后様がそれを聞きつけて駆け付け、庇いかけたのだが……」


「王太后様が……」


前長官はラッセル侯爵と組んでいるだけでなく、王太后のお気に入りでもある人だった。その人の処罰を政敵のセインが求めれば、王太后が出てきて庇うのはあり得ることだ。

王は、国政以外は、母親の王太后の意見にほぼ逆らわない。今回のことを私事として片付けるならば、王太后の言葉を受け入れたはずだが、セインは取り潰しで決まったと最初に教えてくれた……。


「陛下は、母君様のお言葉を耳にされても……前長官に対して減刑は一切口にされなかったよ。王の名に傷を付けかねない真似をした者に、処刑を命じない自分は、まだ甘い人間だとおっしゃってね。さすがの王太后様も、陛下にそうまで言われては庇えるものではない」


セインが面白そうに笑い、アナベルの頬を人差し指で軽くつついた。


「というふうに、陛下は大事な決断に関しては、母君様の意見に左右されるお方ではないのだよ」

「……そのようで、安心いたしました。後は長官の持ち物から、ラッセル侯爵と組んでの奴隷買の証拠が出ることを願うばかりですね」


ペルヴィ川の土手で交わした会話をセインも思い出しているのだ。彼のこちらを見る表情に、アナベルはそう感じ、小さく笑い返した。


「そうだね。……女は見逃すとは言ったが、君に無礼を働いであろうイブリンは、前長官やグレアムと同じく、国外追放にしていただいておけばよかったな」


最後のほうは平素よりも声が低くなり、気配も冷酷なものへと変じたセインに、アナベルは両手でくすぐるようにそのおなかを撫でてみた。


「駄目ですよ。一度約束したことは守らなければ。セインを攻撃したのでない限り、イブリン嬢を、国外追放までする要ありません」

「私に遠慮して我慢していないかい? あ、あのね、アナベル……その撫で方はくすぐったいよ……」


気遣うようにアナベルに問うてくるセインだったが、口元がぴくぴくしている。

笑うのを懸命に堪えているのがわかる人に、アナベルはしっかりと頷いて見せる。もちろん、くすぐる手は止めずに。


「まったくしておりません。それを、私のために罰を与えるなど、とんでもないことでございます。信じてくださらないなら、このようにじっくりと……朝までくすぐりますよ」


脅しをかけて、言葉通りにじっくりと丁寧に……。


「待った、待った! それはくすぐったすぎる。おかしな声が出そうだから、その撫で方は許しておくれ。信じるから、信じて、イブリン嬢には何もしないから!」


セインが身体をよじり、アナベルの手から逃げようとする。

でも、夜着を掴んで逃がさない。


「逃げては駄目です。私はまだ満足していません」

「だが……」


弱り切って眉を下げるセインから、怖い気配が消えている。アナベルはそのことに機嫌よく笑った。


「私を信じてくださるようですので、くすぐるのはやめます。セインのいやがることはしません」


おかしな声というのを聞いてみたいと思うも、それは意地悪がすぎるだろうと断念した。


「それなら……アナベルもそろそろ横になってはどうかな。寝台の上とはいえ、いつまでも座って話していては疲れが取れないだろう?」


再び大人しく横になり、アナベルから身を遠ざけようとするのをやめてくれたセインに、促される。


「大丈夫です。とても楽しいので、私は横にならなくても充分、休んでいます」


やんわりと撫でながら、あらためてぽよぽよ具合を堪能するアナベルは目を細め、浮かれた心地で答えた。


「そこまで私のおなかが気に入ったのなら、クッションにして休んでもいいよ」

「クッション?」


セインをクッションにして休むとは一体?

きょとんとして首を傾げるアナベルに、彼は自身のおなかを示して笑った。


「ここに頭を乗せるようにして、寄りかかって休むといいよ」

「さ、さすがにそれは、無礼なおこないすぎてできません。そこまで親切にしてくださらなくてもいいです」


おなかに乗って眠るなど、寝ぼけて噛みつくのとあまり変わらない、とんでもないことだ。

頭を乗せてぽよぽよ具合を……と、一瞬誘惑されかけたとはいえ、そこまで甘えるわけにはいかない。


「私が無礼と思わないから大丈夫だよ。遠慮なく、おいで」

「わっ! あ、わわわわわ……」


慌てて断るアナベルの手を、セインが軽く掴んで引っ張った。

思わぬほど勢いよく引かれたアナベルは、体勢を崩してしまい、そのままセインのおなかの上に上半身が乗ってしまう。

ぽよ~ん、と自身の身体が少し跳ねた。


「重くないから、離れなくていいよ」

「そ、そうおっしゃられましても……」


柔らかくて気持ちいいのは確かだが……あまりに高貴すぎるクッションに、アナベルは激しく心が動揺した。


「さあ、力を抜いて……柔らか具合を楽しむといいよ」


そっと頭に触れた手に、優しく撫でられる。

もう片方のセインの手はいまだにアナベルの手を掴んでおり、放してくれる気配はない。その気になれば振り払って身を遠ざけるのは可能だが、それでセインに怪我を負わせたりすれば、一生後悔するだけだ。


「で、でも、ですね……」


互いが密着しすぎていることに、アナベルの胸は尋常でなくドキドキして落ち着ない。


「遠慮は無しだよ」


断ろうとしても、アナベルの頭を撫でるセインの優しい手はずっと変わらない。本当に、こうしていていいのだと自然と伝わってくる。

すると、次第に緊張がほぐれてきた。鼓動も落ち着き……そして、アナベルの気持ちにも変化が……。

こんなことしていいのかしら……と思いつつも、結局アナベルはセインの厚意に甘えることとした。


「……ありがとうございます。お言葉に甘えます。本当に、とっても柔らかいです」


多大な緊張にて、がちがちに強張っていた身体からは完全に力が抜けていた。

頬をおなかにくっつけると、ぽよん、と包み込んでくれる。程よいぬくもりとあまりの気持ちよさに、思わずへにゃっ、と頬が緩むアナベルだった。




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