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085.不愉快な話と甘いもてなし

「そんな言葉で彼女を威嚇しても無駄よ。これほど堂々と惚気られては、あなたの入る隙間などないわ。これ以上彼女を罵っても、あなたが虚しい思いをするだけでしょうね」

「でも……」


納得いかないようで、反論しかけたイブリンの声を封じるように、オリヴィアは自身の声を響かせた。


「マーヴェリット公爵の栄華はもうじき終わる。あなたの大好きな 『ベリル一の財産家』 という肩書を持ってこの世の春を謳歌できるのは、残りわずかなのよ。あなたは、地位も財産もない男との結婚など考えられない女でしょう?」

「それは、そのとおりだけど……」


諭すようなオリヴィアの言葉に、今度は反論しようとはしないものの、それでもイブリンは素直に頷くことは出来ない様子だった。

そんな二人のやり取りを聞いて……アナベルはイブリンに恫喝されるよりも、オリヴィアから出たマーヴェリット家に対する不穏な発言のほうに、はるかに強く寒気を覚えた。


「だったら、いい加減拘るのはおよしなさい。私はそう言ったはずよ」


オリヴィアはイブリンに言い聞かせながらも、アナベルの感情を読み取ったかのように、こちらを見た。その美貌には、はっきりと勝者の笑みが浮かんでいた。


「あなたはそう言うけど……どうして、マーヴェリット家の繁栄が終わるの? あの家は、そう簡単に没落するとは思えないわ。建国初期から今日まで、ずっと名門なのよ」


「マーヴェリット家は、王家に並び立つと言われる名家であっても王家ではない。陛下の手に、取り潰す権利がある貴族の家の一つよ。これまでの王はその権利を使うことはなかったけど、陛下もそうとは限らないわ」


イブリンに説明する風ではあるが、オリヴィアのその言葉は、宣戦布告としてアナベルに聞かせているとしか思えなかった。


「王命で取り潰しなんて……それは、公爵様は陛下の不興を買われるということ?」

「そういうことよ。だからあなたは他の殿方を探したほうが、幸せになれるわ」


興味深げに問うたイブリンに、オリヴィアは満足げに頷いた。ふふ、と笑って再びアナベルに視線を転じた。


「あなたが陛下を癒してくれれば、と思っていたけれど……私の父が提案した飛竜の生き胆でお元気になっていただくほうが、はるかに都合がいいわ。公爵は王太后様のお誕生会の席で、それを無かったことにしたいようだけど、不可能よ。今年は父の薔薇が選ばれるわ」

「…………」


咄嗟に返す言葉が出ず無言のアナベルに、オリヴィアは特に返答は求めて来なかった。愉快そうに、己の言葉を続けた。


「自身の薔薇が選ばれなかった公爵は、飛竜の命を惜しんで陛下に差し出さず……己の力を過信して、きっと王家を蔑ろにするでしょうね。陛下のご健康よりも自身の愛玩動物の命を優先する。そんな不忠な真似を、陛下にも王太后様にも許す理由はないわ」


オリヴィアがイブリンに付き添ってこの場にいるのは、この言葉をアナベルに突きつけるためだったのだ……。

挑戦的な彼女の目にそれを感じた。


「オリヴィア嬢の中では、王家とマーヴェリット家は必ず争う。その後、マーヴェリット家は没落すると決まっているようですね」


「王家に並び立つ貴族が存在するなど、歪ですもの。国内情勢を安定させるためにも、序列は明確にしておくべきよ。父は王太后様をお助けし、七公爵筆頭といえど必ず潰して、王家の権威を盤石なものとして見せるわ」


王位に即かないのであれば、オリヴィアにとってセインは真実ただの邪魔者でしかないのだ。

その宣言に、結婚を望みながらも彼に恋心など微塵も抱いていないのがよくわかる。アナベルは心の内で乾いた笑みをこぼした。


「筆頭位はご自身のお父上のものとなると……そういうことですか?」

「そうなるでしょうね。お父様はマーヴェリット公爵のように王家を足蹴になどなさらない、陛下と王太后様をお守りする第一の忠臣ですもの」

「第一の忠臣……」


一点の後ろ暗いところもない態度で、堂々と言い切っている。ということは、オリヴィアは父親の悪事を知らないのだろうか。

それならばいいが……もし、知っていて、それを悪事と思っていないから堂々としていられるのだとしたら……。

暗い想像が脳裏を駆け巡るアナベルに、オリヴィアは目を細めて笑った。


「公爵の許を離れるなら今の内よ。優秀な魔法使いが、あえて泥船に乗る必要はないわ」

「陛下の快癒に飛竜の命が使われることはなく、マーヴェリット公爵家が没落することもありません。そう、お答えしておきます」


ラッセル侯爵やオリヴィアの思惑がどうであれ、彼ら望む未来はアナベルには承諾できない。


「その強気がいつまで持つかしらね。ふふ、誕生祝賀会が楽しみだこと……これで、マーヴェリット公爵が王冠を被るという悲劇は絶対に起こらない。清々しい気分だわ」


上機嫌で微笑むオリヴィアは、ラッセル侯爵が王太后に献上する薔薇に絶対の自信があるのだろう。


「セインが王冠を被る日は来ない。それには同意します」


誰がどう考えていようとも、セイン本人にそのつもりがまったくないのだ。だから、そんな日は永遠に来ない。


「その通りよ。彼は、マーヴェリット家最後の当主として、このベリルから消えるのですからね」


オリヴィアはにっこりと麗しく微笑み、涼しげな声でなんとも不愉快なことを言ってのけた。


「……もし、オリヴィア嬢のお父上がセインに代わり筆頭公爵となられたら、このベリルは貴族が一般市民を泣かさない、人に優しい国となるでしょうか?」

「何を言っているのかわからないわ。支配者の貴族がなぜ、支配される道具たちの機嫌を取るような真似をしなければならないの?」


真顔で返してきたオリヴィアと、それを当たり前に聞いているイブリン。

アナベルは両者のその姿に、この先、彼女たちと心が通じ合うようなことはないだろうと苦笑した。


「一般市民は貴族に都合良く使われる道具、ですか……」


「完璧に都合が良い道具、ではないわね。使うには、多少なりとお給金を出さなければならないでしょう? それを出さなくても構わない奴隷が欲しいとお父様と話すのだけど……。公には禁じられているから、まずは、綺麗ごとばかり並べて採択する大陸会議を何とかしたいものね」


「そこが何とかなれば、オリヴィア嬢は奴隷買いをすると……」


父親がすでに買っていると知っているならこんな発言は出ないだろうが、それでも、人間を奴隷とすることに禁忌がない態度に、アナベルはめまいがしそうだ。


「奴隷は安く買って、死ぬまで無給で使える。とても良い道具ですもの。解禁されればベリルだけでなく、どこの国の貴族もこぞって買うと思うわ」


歌うように朗らかに答えたオリヴィアに、アナベルは怒りよりも虚しさを感じた。


「……私に会いたいと言っていたイブリン嬢のお話は終わったようですし、お暇してもよろしいでしょうか?」


地位と財産と、見かけにばかりこだわるイブリン。マーヴェリット家の没落を望む上に、奴隷買いに肯定的なオリヴィア。

そんな二人との会話に……なんだかとても疲れた。


アナベルが断ってセインの屋敷に戻ろうとすると、オリヴィアが無言でテーブル上にある呼び鈴を振った。

すぐさま扉が開き、洗練された歩き姿の若い男性がこちらに来る。


アナベルに、黒皮に金字で刻印の施された薄い冊子を差し出してきた。

メニュー表のようである。


「この店のケーキはベリル一……いえ、他国の評価も高い物よ。魔法使いを招いておいて、何のもてなしもせずに帰すなんてできないわ。好きなだけ食べてから、帰ってもらえるかしら?」

「好きなだけ?」


呼び出しに応えたお礼に、この店のケーキを好きなだけ……。

満足できる品を用意しております、との案内役だった男性の言葉が脳裏に蘇る。

品物のことなど何も期待していなかったが、これはとても魅力的な申し出である。


疲れを感じたことなど吹き飛び、アナベルの目が輝く。


オリヴィアが奴隷買いを出来る日など絶対に来ないのだから、とりあえずそのことは頭の隅へ移動させる。

つばを飲み込み、じいっとオリヴィアの顔に見入るアナベルに、彼女は鼻白んだように瞬きするも、頷いた。


「何なら、全種類でも構わなくてよ。流石にそれは無理でしょうけどね……おなかが壊れない程度に召し上がれ」


ふふふ、と楽しげに笑ってアナベルを見るオリヴィアとは対照的に、イブリンは侮蔑の感情を隠そうともしなかった。


「一般市民では、そう簡単に食べられる品ではないわ。せいぜい一年に一度、記念日くらいかしら……そんなさもしい暮らしをしていた人間が、公爵夫人として社交界で生きられるものですか。恥ばかり掻いて公爵様の顔に泥を塗るだけよ」


「どちらをお持ちいたしましょうか?」


イブリンがアナベルを罵っている声は聞こえているだろうに、店の男性はまったく聞こえないかのように、アナベルだけを見て優しく笑んでいた。

客の会話には関心を寄せず、自身の仕事のみをする。徹底しているその男性にアナベルは微笑んだ。


「全部。メニューにある品、すべてお願いします。……本当に、記念日くらいにしか食べられないケーキでしたので嬉しいです。オリヴィア嬢、ごちそうになります!」


満面の笑みで注文を出したアナベルに、オリヴィアも男性もぎょっとして目を丸くした。




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