082.招 待
「王太后様の腕輪を何とかできれば、陛下に魔法をかけるのは問題なさそうです。魔法屋で令嬢方から聞き出すよりも、さすがに王宮魔法使いのほうがよくご存じですね」
まさか、王宮魔法使いからこのように話を聞く機会を得られるとは思っていなかったので、とても有意義な時間を持つことができた。
アナベルは大満足でセインに語りかける。
「そうだね。これで情報を得るために君が魔法屋で無理をせずにすむと思うと、嬉しいよ」
セインが少しアナベルのほうに身を寄せるようにして、頬にそっとキスをした。
柔らかいそれに、アナベルは機嫌よく笑う。
「無理はしません。ですが、セインにお気にかけてもらえるのが嬉しいです」
セインは自然体でアナベルを幸せな気持ちにしてくれる。
優しい言葉をたくさん惜しみなく贈ってくれる人にお返しのキスをしながら、出逢えた喜びを今日も噛みしめた。
◆◆◆
セインは馬車に乗って王宮へ。
アナベルはそれをお見送りして、空間移動魔法で西区の魔法屋へ。
お客の令嬢たちは、髪つやつや以外の高度な美容魔法を目当てに、今日も情報を持参してくれた。
主なものは、アナベルの恋のライバルになると彼女たちが思い込んでいるオリヴィアに関することだったが、特別関心を寄せるものはなかった。
誰か持っていないかな、と待ち構えていたラッセル侯爵やその他の悪徳貴族の内情を知るような者はなく、王家の情報に関しても、新長官よりも詳しく知る者はやはり皆無だった。
「やっぱり、世の中そんなに甘くないわよね」
十人すべてにかけ終えて、アナベルは頬杖をついて少しぼやく。
アナベルの関心を引けなかった令嬢たちもがっかりしていたが、こちらとしても、何か一つくらいと期待していただけに情報ゼロには正直気落ちしていた。
「明日に期待するとしましょう」
座ったまま、大きく伸びをする。
セインに何も危機がないのを確認し、アナベルは二階の部屋で一眠りしてから帰ろうと席を立った。
「すみません。よろしいでしょうか?」
外扉が開いた音がして、衝立の向こうから男性の声が聞こえた。
「いいですよ、どうぞこちらに。すぐに祖母に伝えてまいります」
令嬢ではないので、祖母を訪ねてきたお客だろう。
アナベルでも対応できると思うが、祖母の仕事をすべて取ってしまうわけにはいかない。
ところが、椅子に座って待っていてもらおうとしたアナベルに向かって、こちら側に来た中年の男性は丁寧に礼をした。
「アナベル・グローシア様でございますね。当家のお嬢様より、話がしたいと言付かっております。お時間を割いていただけないでしょうか?」
どうやら魔法屋のお客ではなく、アナベルに用事があるようだ。
「どちらのお嬢様でしょうか?」
「ラッセル侯爵家令嬢、オリヴィア様です」
「…………」
アナベルが病弱な王に魔法をかけ終えるまで、王妃の地位を狙う彼女からの動きはないと思っていた。
何の話があるのだろうと思うも、もしかすると鉱山の奴隷のことを探れるかもしれない。
父親のしていることにオリヴィアは関わっていないと思うし……いや、王妃の地位を望むような人間に関わっていてほしくないが、ほんの少しでも何か知っているという可能性はある。
「アナベル様。いかがでしょうか?」
「オリヴィア嬢は、こちらに来ているのですか?」
魔法屋に面する通りは狭い。大型馬車は入れないので、徒歩で来て表で待っているのだろうか。
あの令嬢にそういった行動はそぐわないと思いながらも訊ねると、返答はアナベルの想像の範疇にまったくないものだった。
「いえ。中央区でお待ちでございます」
「……中央区、ですか」
西区の表通りに馬車を停めてそこで待っている、というのでもない。
「魔法使いの貴女様に無理を強いてはならぬことは、重々承知しております。必ずご満足いただける品をご用意しておりますので……突然のお招きになってしまいますが、なにとぞよろしくお願いいたします」
ベリルでは常に尊重される魔法使いは、貴族であろうと契約を結ばない限り、気軽に自身の許に呼びつけることはできない。
その決まりがあるので、男性の腰はとても低いものだった。
それでも主の命令は果たさなければならないと、必死の目をしてこちらの機嫌を窺っている男性に、アナベルは笑顔で頷いた。
「ちょうど時間があきましたから、構いませんよ」
祖母に断りを入れ、アナベルは魔法屋を後にした。
◆◆◆
ラッセル侯爵邸に行くものとばかり思っていたが……男性がアナベルを馬車に乗せて案内した先は、中央区の大通りに面する瀟洒な建物だった。
飴色に輝く壁と大きなガラス張りの扉が特徴的で、カフェを併設している。ベリルで最も有名な菓子店の、本店だった。
「…………」
この店の販売するお菓子はどれを食べてもとても美味しいので、アナベルも大好きである。
入店すると広い店内には多くの客がおり、思い思いのお菓子を楽しそうに購入していた。
人の大勢いる菓子店に呼び出すとは……意外だ。
少し首を傾げてしまうも、案内役の男性は店舗を奥へと進み、売り場やカフェスペースのほうには目を向けようともしなかった。
「こちらへ、どうぞ。上階を貸し切りにしてお待ちでございます」
「貸し切り……」
人込みから離れた場所には、木目の美しい螺旋階段があった。
この店は一階だけでなく、上階にもカフェやサロンスペースを持っている。人気店のそこをすべて貸し切りにするとは、さすがは今を時めく財産家の令嬢様である。
アナベルは、男性に促されるまま階段を上った。
人々の賑わいの声は遠くなり、辺りは静寂に包まれる。
三階まで上り、人気のまったくない廊下を歩む。
薔薇模様の彫刻が美しい、茶色の扉の前で男性が足を止めた。
「お嬢様。アナベル様をお連れいたしました」
「入ってもらって」
男性が扉の内へと入室許可を求めると、確かにオリヴィアの声が返ってきた。
すぐに扉が開かれ、アナベルだけが中へと通される。
茶系で統一された落ち着いた色彩と重厚な家具調度品の配された部屋だった。
大通りの景色がよく見える大きな窓の傍に、色とりどりの可憐な花の飾られた丸テーブル。そこオリヴィアともう一人、見知らぬ女性が席に着いてこちらを見ていた。
「お久しぶりね。アナベル」
席に着くようにと促され、アナベルはその通りに座って二人の顔を正面に見た。
「お久しぶりです、オリヴィア嬢。今日はどのようなご用件でしょうか?」
正直なところ、オリヴィアの用件よりも射殺さんばかりにこちらを見ているもう一人の令嬢が気になった。
オリヴィアと同じ金髪だが、彼女の髪には癖がなくまっすぐに腰まで伸びている。
青い瞳。目鼻立ちのはっきりした美人なのだが、その面立ちに少し神経質なものを感じた。
しかも、目を吊り上げて随分と激しい憎しみの感情をアナベルに向けている。初対面のこの令嬢に憎まれるようなことをした覚えはないので、心の内で首を傾げた。
「私は大した用はないわ。こちらの彼女が、どうしてもマーヴェリット公爵の婚約者に会いたいと言うので付き添いよ。彼女はあの誕生祝賀会には出席していないの」
オリヴィアは面白そうに、今日も美しく紅の引かれた唇を微笑ませた。
「!」
それがあった!
アナベルは、令嬢に自身が憎まれている事態に合点がいった。
今の自分は見知らぬ令嬢から憎まれて当然の立場にいるのだ。いつ、いかなる場合も油断は禁物である。
気を引き締めて、こちらを睨んでいる青い瞳を見つめ返した。




