079.新長官の訪問
召使たちが客を迎える支度を整えて、部屋から下がる。
少し後、ダニエルが男性を一人案内してきた。
年の頃は、四十前半と言ったところだろうか。中肉中背の、前長官と同じ水属性の魂の持ち主だった。
とはいえ、前長官のような神経質なものは感じない。親しみを感じる穏やかな雰囲気に、魂の属性がきちんと反映された性格であるのだろうと思った。
「突然お訪ねしたにもかかわらず、お時間を取っていただきありがたく存じます公爵様。このたび、急きょ長官が職を辞して地方に下がることになりましたので、私がそのお役目を引き継ぐこととなりました。現在、前長官は陛下の御前にてその報告をなさっております」
ダニエルが下がると、新長官となる男性はセインに向かって深く腰を折って礼をした。
その気配にも柔らかな声にも、セインに対する敵意は微塵も感じられない。アナベルはそのことにほっとする。
「……あなたは、前長官とその息子殿に次ぐ力の持ち主と聞いているが、力比べもなしに長官が替わることに、他の王宮魔法使いたちの同意は得られたのか?」
セインは新長官に、召使たちにより新しく用意された席を示しながら問うた。
「前触れもなく、昨夜いきなり前長官がお決めになられたことではありますが……私は、前回の力比べにおいて前長官とそのご子息に次ぐ力があると皆に認められておりますので、この決定に反対する者はいません」
男性はセインの勧めに従い腰を下ろすと、まっすぐにその目を見て答えた。
「そうか。……おそらく陛下も、地方に下がると言う長官の意思を尊重されるだろう。陛下のために生きると誓った王宮魔法使いといえど……役目を果たせない場合に身を退く選択は、個々に委ねられているからな」
「王宮魔法使いに、一度その役目を受けたら死ぬまで任に就くという決まりはございません。滅多に役目を辞す者などおりませんが、どうしても役目を果たせないと自身が判断すれば辞める自由はございます。前長官のご子息も、外国に行かれるため王宮魔法使いを辞められるそうです」
セインに返す新長官の言葉を聞きながら、王宮魔法使いのことはあまり知らないアナベルは、そうなっているのね、と心の内で呟く。
てっきり、一度王に仕えると決めたからには、本人が亡くなるか、王の不興を買って解任を命じられるでもしない限り、王宮魔法使いであり続けるものだとばかり思っていた。
「昨日、長官の傍にあなたはいなかったな……」
「ですが弟はおりました。軽い気持ちで誘われるまま吸ってしまい、やめられなくなっていたのです。その依存からお救いくださり、誠にありがとうございます。弟から聞きました。公爵様の婚約者たるあなた様は、とても素晴らしい魔法使いであると……兄として、お礼はなんなりと……」
新長官は苦しそうにセインを見て語り、そして、アナベルのほうを向いて深々と頭をさげた。
「私が魔法使いたちを癒したのは、二度とセインを襲わないでほしかったからです。ですから、それをお約束頂けただけで充分ですので、私にお気遣いは必要ありません」
お礼をしてもらおうなどまったく考えてもいないので、アナベルは笑顔で断りを述べた。
「もちろん、公爵様に対する昨日の無礼のお詫びはいかようにも致します。その襲撃に私は加わってはおりませんが、角の所持は罪と知りながらも、中毒となった弟のことを公にさらされるのを恐れ、前長官の言う通りに口を噤んでいました。私も同罪です」
「お詫び……」
辛そうな目をして己のこれまでを懺悔している新長官の、その一言をアナベルは小さく口に乗せる。そうして、セインに目を向けた。
アナベルは、二度と魔法使いたちがセインを襲わないならそれでいいと思った。あの時、目を見交わして微笑み合ったセインも、それで構わないと考えているようだった。
だが、さきほど長官の家は潰すと決めた姿を見ているだけに彼らも、何事もなくとはいかないのではないかと緊張が走る。
彼らは心より悔いているように見えただけに、あまり厳しい罰を与えないでほしいと思ってしまう。
そんなアナベルの気持ちが伝わったのか、セインはこちらを安心させるような笑みを浮かべた。
「魔法使いたちから私に特別な詫はいらない。彼らが君に誓った言葉を守るのであれば、何もするつもりはないよ。陛下に、一層の忠節を尽くしてくれることを願うだけだ」
「公爵様、ありがとうございます!」
アナベルがセインに言葉を返すより先に、新長官がとても安堵してセインに感謝していた。
この様子では、新長官をはじめとして、王宮魔法使いたちは概ねセインに好意的な人間ばかりとなりそうだ。
だからと、王太后様を攻略できない限り王の治療はさせてもらえないだろうが、それでも悪くない展開である。
アナベルが嬉しく思っていると、新長官がずいぶんと真剣な目をしてこちらを見た。
「あなたは火属性の魂を持つ白黒上級魔法使いである、と弟から聞いていたが……果たして本当にそうだろうか。こうして対面していると、あなたの属性はこれだと決めてはならないように感じる」
「!」
まずい。
アナベルは内心慌てながらも、表面上は冷静を装う。
火属性、私の魂は火属性……と強く念じて昨日施した偽装をより強固なものとした。
「……いや、私の勘違いのようだ……。確かに火属性だな。だが、私の得意な水魔法で対決したとしても、あなたの圧勝だろう」
新長官は、軽く頭を振ると苦笑した。
上手く誤魔化せたようである。
昨日、前長官もその息子もアナベルの偽装にまったく気づかなかった。それが、その両者よりも魔法力が劣ると言われる新長官は気付きかけた。
魔法力では前長官に及ばないのだろうが、他者の魂や気配の質を探る能力は彼のほうが高いのかもしれない。
その彼が、この先は王宮魔法使いの中で最も王の傍に仕える人間となる。
王の健康を気にかけているセインにとって、これはとても良いことではないだろうかと、アナベルは気持ちが弾んだ。
「セイン。新長官となられたこの方は、前長官と同じく水属性の魂の持ち主のうえ、前長官よりも細かく他者の気配……健康状態を見られる人だと思います。ですから、陛下のお傍に欠かせない人になられるかと」
「そうかい。それは素晴らしいことだね」
セインが嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、新長官が少し困ったような目をした。
「買い被りかと思いますが、力を尽くします。……それと、私も公爵様がおっしゃられるとおり、王宮魔法使いがあまり政に口を出すべきではないと思っております。大臣と同位の扱いとはいえ、王宮魔法使いは陛下をお守りする存在です。政治の場で力を持つために王宮に居るのではないと、私は思います」
「そう思ってくれるなら、ありがたいな。あなたとは仲良くやっていけそうだ」
満足そうにセインが目を細めると、新長官は軽く頭を下げた。




