078.光属性の強者
「魔獣の角を所持することは誰にも許されていない。それは長官職にある者であろうと同じだ。しかも、それを魔法使いたちに使用して操っていた。この罪が地方に下がる程度で見逃されるなど……随分と世の中を甘く見ているものだ」
喉を鳴らして面白そうに笑うセインに、息子が戦慄を覚えたように身を強張らせる。
アナベルも緊張してピクリと肩が震えた。
纏う雰囲気が冷徹なものに変じているセインは、正直に怖い。
「……殺すつもりはない、と言わなかったか?」
どこか怯えの見える表情で、息子が掠れた声にて問うた。
超常の力で攻撃してくる魔法使いですら、セインはその気になれば威圧してしまえる。光属性とは本当に凄い、と改めて思うアナベルだった。
「言った。王宮魔法使い、それも長官職にある者に死を命じるには、まだ軽い罪状だからな」
「その通りだ。貴重な魔法使いの命はそう簡単に奪ってよいものではない。しかも、魔獣の角はすでに処分した。中毒者たちもそこの女魔法使いがすべて癒している今、いくら魔法使いたちが騒いだところで、何も知らぬと通して地方に下がる父にそれ以上の罪は問えない。なんといっても、父は王太后様のお気に入りだ」
セインの気配に呑まれて怯えてしまったことを認めたくないのだろう。息子は軽く胸を張るようにし、居丈高に振る舞っていた。
その姿を、セインは冷淡に見て笑った。
「この私が見ているのに、長官の何も知らないと言う言葉が通る? 寝言は寝て言え。そなたの家は潰すよ。地位だけでなく、爵位も領地もすべて手放してもらう。一家で国外追放となっても、魔法使いがいるのだから野垂れ死ぬようなことはないはずだ」
「なっ!」
息子の顔色が覿面に変わった。愕然としてセインを睨む。
「そなたの父はこの私を裏切った。もし魔獣の角のことがなくとも、私に敵対すると示したことで、そなたの家はすでにベリルから消えていたのだよ」
「い、いくらマーヴェリット公爵といえど、そこまでの暴挙は王太后様が許さない。陛下も、そう簡単にお認めにはならないはずだ!」
額に一筋汗を伝わらせ、それでも強気の姿勢で言い返してきた息子を、セインは鼻で笑った。
「そなたの父が言ったではないか。マーヴェリットはフィラム王家に並び立つ家だと……。王太后様一人を押さえられないようで、人々にそんな呼び名をされると思うか? それに、陛下は元々増長著しいそなたの家を快く思っていない。きっと私の話を詳しく聞いてくださるよ」
「…………」
泰然として語るセインは、間違いなく言った言葉を実行できる。
それを、息子もアナベル同様に、その気配にはっきりと感じたのだろう。作り話をするなとは叫べないようで、強く唇を噛みしめていた。
「私が、かなり憎いようだな。暗示が解けて蛙になるのも時間の問題か?」
「っ!」
セインが意地悪く笑ったと同時に、息子がはっとして身体を震わせた。
「私は敵を許さない。これまでのおこないで、そなたたちはそれを知っているはずだ。それでもラッセル侯爵に付いたのだから、今日のことは覚悟していたのではないか? もし、覚悟もなくやったと言うのであれば……」
「……あれば?」
小さな声で、呟くようにして問い返した息子に、セインが会心の笑みを浮かべた。
「そのような愚か者と手を切れたことを、心よりうれしく思うよ」
セインは楽しげに笑って息子を見ているが、その姿にアナベルは身体の芯まで凍りそうな冷気を感じてぞっとした。
息子が完全にセインの気配に圧倒されて、床に両膝をつくように崩れる。背後の炎の鳥も萎れてひと回り小さくなっていた。
「……母と、姉と妹は魔法使いではない。公爵に復讐できるような強き人間ではないのだ。遠縁に身を寄せて静かに暮らすように誓わせる……ベリルから追放するのは許してほしい。公爵を排除したいと考えたのは、父と私だけだ」
魔獣の角を所持し、そして宰相公爵を襲っておきながら、この様子では息子は本気で爵位の返還などはないと信じていたようだ。
父親が長官職さえ返上すれば、それで事足りる、と……。
父親のほうはすべて奪われると焦り、なんとかセインを殺さねばと考えていたようだが、息子のほうはそこまで考えていないということは、魔法使いである事を特別重く見ているのだろう。
いくら魔法使いが貴重な存在だからと、その考えはおめでたいとアナベルは思ってしまう。
とはいえ、セインの排除に関わっていない女性たちまで国外追放というのは、気が重い。
それが政争だと言ってしまえばそれまでとは思うが……。
つい、セインの顔をじいっと見てしまっていたアナベルに、その視線の気付いたセインがこちらを見ていつも通りの柔らかな笑みを浮かべてくれた。
なんだかとてもほっとして、口元が緩んだ。
「真に誓えるなら……今回に限り、その言葉を聞いてもよい。だが、違えれば女性といえど容赦しない。それを肝に銘じておくことだ」
「……わかった」
最初の勢いはどこへやら……息子は項垂れるようにして頷くと、炎の鳥を全身に纏いつかせてこの場から消えた。
息子は、アナベルにはいつか勝てると思ってこの場にあいさつに来た。
しかし、まさかそこで魔法使いよりも強い存在に出くわすとは思ってもいなかったはずだ。
この世には喧嘩を売ってははいけない相手がいる、ということを、彼は初めて知ったのではないだろうかとアナベルは思った。
【パンに、破片が……】
悲しげなきゅきゅの嘆きの声が、静かになった部屋に響く。
見れば確かにテーブルの上は乱れている。クリームパンにもいくつか破片が刺さってしまっていた。大事なパンであるのに、とんだ失態である。
アナベルは、きゅきゅの傍に歩み寄ってその頭を撫でた。
「私たち三人だけでなく、防御魔法でパンも守るべきだったわね。悲しませるようなことをしてごめんなさい。すぐに元に戻すわ」
【副隊長?】
きょとんとし、不思議そうに小首を傾げて見せたきゅきゅに、アナベルはにっこりと笑った。
「全属性よ、集え! 破壊されし物たちを美しき元の姿に。復元。ふくげ~ん!」
アナベルは窓のほうへ向かって腕を広げ、魔法を放つ。
部屋中が虹色の光に覆われ、見る間に破壊の爪痕は消えていった。
窓も壁も床も天井も、すべて元通り。
乱れたテーブルの上も……何事もなかったかのように美しく整えられた。
「……アナベルには、本当にお世話になりっぱなしだね」
【そうね】
セインが感嘆の溜息を零すときゅきゅも頷き、クリームパンに上機嫌で齧りついた。
「いえ……あの人は、私に復讐を誓うあいさつに来たわけでもありますので、私にも原因のあることです。私が直すのは当然のことです」
再び席に座りながら、アナベルははにかむように笑う。
すると、セインの命令を聞いて静かになっていた廊下から、再びこちらに声が届いた。
ダニエルが来客を伝えてくるのに、セインが入室を許可する。
すぐさま、ダニエルとモリーが常の落ち着いた所作とは異なる焦った様子で入ってきた。が、何事もない穏やかな室内にぽかんとし、不思議そうに目を見交わした。
「誰が来たのだ?」
尋常でない破壊音がして、屋敷も少し揺れた。食事室の窓がすべて割れて建物にも被害が出たことは、庭から確認しているのだろう。
それが何もない事に、二人は夢でも見ているのかと目を彷徨わせていたが、セインの問いに急いで意識を切り替えた。
居住まいを正して礼をする。
「王宮魔法使いの方がお見えです。この度、長官様が急遽引退なされたそうでして、新長官となられた方が、ごあいさつに見えております」
「新長官……」
セインが軽く頷き、通すようにとダニエルに返す。
すると、召使たちが入ってくる。朝食の食器を下げ、お茶の支度に変え始めた。
さきほど息子が言っていた新長官を、まさかこんなに早く目にする機会が訪れるとは思っていなかった。セインに友好的な人でありますように、とアナベルは願いながら召使いたちの働きを黙って見守る。
きゅきゅが慌てたように傍に飛んできた。
【早く。早くパンを食べて! まだ残ってるわ。お客が来る前に食べきるのよ! 私も手伝ってあげるから!】
残っているパンを食べるように促してくる。
三つ残っているのを、アナベルは言われるまま大急ぎで二つ胃袋に収めた。
その一つはチョコレート味で、クリームパンも美味だったが、これもとても美味しくて、アナベルは満足して目を細めた。
残り一つは、もちろんお手伝い様の胃袋に……。
セインがその光景を楽しそうに見て笑みを浮かべていた。




