072.仲良く?
「長官様。お待ちくださいっ!」
「どうか角を……」
「少しでいいので置いて行ってくださいっ!」
「お願いします! なにとぞ……」
追い縋ってくる魔法使いたちの悲痛な懇願を、長官が鼻で笑う。
そのまま息子が開けた扉から廊下に出ようというところで、アナベルは声をかけた。
「長官様。私たち、しっかり拝見させていただきました」
「誰だっ?」
長官が驚いて足を止める。険しい顔で周囲を見回したその手から、アナベルは風魔法で箱を奪い天井付近まで飛ばした。
「こちら……魔獣の角を所持することは、ベリルでは誰にも許されていないそうですよ」
宙に浮かぶ箱の傍に、自身の姿とセインの姿を投影する。
はっきり視線が交わると、長官の身体が大きく震えた。
「ま、マーヴェリット公爵……」
限界まで目を見開くようにし、この世のものではないものを呼ぶように、長官はセインの名を呼んだ。
その姿にセインが薄く笑う。
「長官。あなたが私と手を切ってラッセル侯爵と誼を結ぶのは自由だ。だが、私の命を簡単に取れると思ってもらっては困るな」
「どうやって、ここに……」
愕然とし、言葉に閊えながら問うてくる長官に、アナベルは心底呆れた。
「そちらが公爵様の気配を追って攻撃してきたように、こちらもあなた方、襲撃者の気配を追跡できるとは、まったくお考えではないようですね」
しかも、侵入者除けの防御結界の存在も感じない。
長官は、アナベルがああして魔法攻撃を撃退した後であっても、こうして反撃されるとは微塵も頭になかったのだ。随分とこちらを馬鹿にした話である。
「馬鹿な。王宮には陛下をお守りするため、我ら王宮魔法使いが常に防御結界を張っている。私が認めぬ魔法使いが魔法で外部から中を覗うことや、ましてやそのように姿を送り込んでくるなど不可能だ!」
長官が、アナベルの言葉を真っ向から否定してきた。
動揺を鎮めきれない様子で睨んでくるのに、アナベルは軽く首を傾げた。
「防御結界など何も感じませんでしたが……」
王宮魔法使いは王の守りが第一の役目なのだから、結界の存在は当然と覚悟していた。が、アナベルの追跡魔法に対する抵抗らしきものは本当に何一つとして感じなかったのだ。
だから何の防御もしていないと思っていたのだが、長官の様子から見るに、そうではないようだ。
「王宮魔法使いを馬鹿にするのか、生意気な……」
馬鹿にするのではなく、感じたことをそのまま言っただけだったのだが、長官の神経を逆なでしてしまったようだ。
激しい憎悪の感情がこもる瞳で、長官はアナベルを射殺さんばかりに見据えていた。
「馬鹿にするつもりはありませんが、生意気で結構です。私はあなた様にとても怒っています。私の大切な方の命を奪おうとしたこと、許せるものではありません。失敗しても逃げれば何事も無かったとして終わりとお考えなのでしょうが、そんな甘い考えは認めません」
長官にどれほどの憎悪をぶつけられようとも平気だ。
それ以上の怒りを長官に抱いているアナベルは怯まない。
「……何もかも知られているというのであれば、仕方がないな」
長官はアナベルにあてていた視線を逸らすと、瞼を伏せた。
一つ大きく息を吐く。
その動作で動揺を鎮めたのか、雰囲気が落ち着いたものへと変じた。
「それで、公爵の命を狙った私たちを仲良く二人で殺しに来たのか?」
再びアナベルを見た長官は、陰湿な笑みを浮かべてそう言った。
「仲良く?」
セインと自分の仲が悪いとは思わないが、このような場で、わざわざその言葉はつけるものだろうか。
妙に引っ掛かりを覚えて問い返してしまうも、長官はアナベルではなくセインに視線を転じていた。
「七公爵筆頭を名乗り、宰相まで務める者が、若い娘を膝に乗せて人前に姿を見せるとはな。都合の良い魔法使いを手に入れて浮かれているのだろうが、なんとも見苦しいものだ」
「!」
仲良く、とは嫌味だったのだ。
長官が、セインに侮蔑の感情が色濃く滲む言葉を叩きつけたのを聞いて、アナベルは血の気が引いた。
自分たちの今の姿を、そのまま長官の前に投影してしまった。座っていて良いとの言葉に甘えてしまい、大事なことを疎かにしていたのだ。
セインに恥を掻かせてしまう己の愚かなおこないに、アナベルは慌てて膝から飛び降りようとした。
ところが、腰を抱くように回された腕が離れてくれない。
困ってじたばたしてしまうアナベルとは対照的に、セインは長官に向けてゆったりと余裕のある笑みを浮かべていた。
「違うよ、長官。都合の良い魔法使いを手に入れて浮かれているのではない。優しく愛らしい結婚相手と出逢えたことに、私は浮かれているのだ。世界中の人間に、こうして見せびらかしたい気分だよ。それを見苦しいと言うなら、好きに言うがいい」
耳元にキスされる。
長官の言葉など気にせず座っているといい、と囁かれるも、他人の目がある場所で見せてよい姿とはアナベルにも思えない。
だからといって、セインの言葉に反して強引に降りて身を遠ざけるのも悪いことをするように感じる。
どうすればいいのかわからず弱って肩が落ち、眉も下がってしまうアナベルだった。
「……ふん。わが娘を袖にして泣かせておきながら、身分のない娘に入れあげる理由が有益な魔法使いではなく、優しく愛らしいからだと? 嘘を吐くにしても、もう少しマシなものにしてもらいたいものですな」
不愉快そうな声が、眉間に皺を寄せた長官から返ってくる。
セインは小さく首を傾げた。
「嘘など吐いていないが……」
「わが娘のほうが、そんな地味な娘よりも美しく、優しさでも愛らしさでも勝っている! おまえは素直にわが娘と結婚し、私を義父と呼んで敬えばよかったのだ!」
私の権限縮小など考えず便利な後援者であれば、ラッセル侯爵など相手にしなかったものを、と長官は開き直って叫んだ。
「太った男は嫌いなので、私と結婚したければ痩せてもらわなければ困る。そんなことを見合いの席ですぐさま言ってきた女性の、どのあたりが優しいのか、私にはよくわからないな」
鼻で笑うようにしたセインに、長官は激高した。
「それは当たり前だろうが! わがベリルでは男は痩せているのが普通なのだ。その常識に反してまるまると肥え太っておきながら、わが娘を非難するようなことを言うんじゃない!」
「確かに。私は常識に反しているな。おかげで、外見しか見ようとしないあなたの娘に好かれずに済んだ。太っていてよかったと心の底から思ったものだよ」
にっこりと楽しそうに笑うセインとは真逆に、長官は顔を歪ませ、まるで悪鬼のような形相となった。
「なっ! 何たる言い草。わが娘を愚弄する……」
「襲撃の代償は払って貰うが、私たちはここにあなたを殺しに来たのではない」
よほど娘が可愛いのだろう。親馬鹿全開としか思えない長官の、明後日のほうへ向かっていきそうな叫びを、セインが冷えた声音で遮った。
「っ!」
長官がはっとした様子で、夢から醒めたようにセインを見る。
「所持してはならぬ魔獣の角を、王宮魔法使いを束ねる立場にある人間が所持し、あまつさえ配下の魔法使いたちに使用している。この事実を陛下にお知らせすれば、いくらあなたが最強の魔法使いであろうと解任は免れないことを伝えに来たのだ」
「……では、私は何としてもおまえの口を封じねばならぬな」
はっきりと突き付けたセインに、長官が暗い目をして冷たく笑った。
次の瞬間、その背後から強力な魔法がこちらに向かって放たれる。
「光、集え! 盾となり弾き飛ばして!」
アナベルが両手を正面に突き出すようにしたのと同時に、目の前の空間で激しく金属がぶつかるような爆音が起こった。
黄金と漆黒の火花が無数に散り、こちらを攻撃した魔法はセインに触れることなく消えた。
「正面から攻撃したのでは、やはり無理か。娘よ、そなたの魔法は素晴らしいものと素直に認めよう。その力に敬意を表し、マーヴェリット公爵夫人となるよりも、もっと良い結婚を私が約束してやろう。だから、こちら側に来い」
息子の黒魔法がまったくアナベルに敵わないことに苦笑した長官は、不思議なことを言って誘いかけてきた。
「良い結婚?」
「そうだ。このベリルには、公爵夫人となるよりも栄誉な結婚がある。そなたにその結婚ができるよう、私が最大限便宜を図ろうではないか!」
アナベルが話に乗ってきたと思ったのか、長官は朗らかに声を張った。
「そのような栄誉な結婚があるのでしたら、娘さんに便宜を図って差し上げればよろしいかと……」
セインと見合いをさせたり、その婚姻が成立しなかったからと恨むような真似などせず……。
急に優しげな雰囲気となりアナベルを懐柔しようと考えているらしき長官に、思うことをそのまま伝えた。
すると、セインは楽しげにのどを鳴らして笑い、長官は酢を飲んだような顔となった。




