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067.古の王妃

「秘密にするとも。私は、たとえ陛下であってもアナベルだけは譲れない」

「セインまで何を……私は王宮魔法使いにはなりませんよ」


なんだか異様に室内の空気が重くなったように感じて、アナベルは困惑する。

光や闇の属性を持つ人間と同じく、属性が定まっていない魂を持つ人間も確かに珍しい。が、この世にまったく生まれないという存在ではないのだ。

それなのに、どうして二人がひどく考え込んでいるのか、わからない。


「……建国の王に常に寄り添い、その身を守り建国という望みを叶えた魔法使い。フィラム王家にある意味王以上に偉大な妃として名を残すその人は、君と同じ魂に属性を持たない、すべての属性魔法を得意とする上級白黒魔法使いだった」


重苦しい気配を纏い、低い声でセインが語ったのは、アナベルも知る、ベリルに広く知られた国史だった。


「そのおかげで、ベリルでは魔法使いが尊重されています。われら魔法使いは、遥かな過去で頑張ってくださった古の魔法使い様に感謝を忘れたことはありません」


世界各国で、超常の技を可能とする魔法使いを邪険に扱う国はあまり無い。が、有効な武力として強引に利用しようとする国は多い。

ベリルではそういったことも魔法使い自身の意志で決めさせてくれる。魔法使いの人権を守ってくれる、優しい良い国だと祖父はよく目を細めて言っていた。

それはすべて、ベリルの建国を助け、王家はもとより国中の尊敬を集めた古の王妃様に敬意を表してのことである。


「何を呑気に……わかっているのかい? 君は先ほど、その偉大な王妃と自分は同じ魔法使いだと言ったのだぞ」


少し苛立ちが見えるセインの顔に、アナベルは不思議に思いながらも心穏やかになるよう願いながら言葉を返した。


「言いましたが、この世には三人ほど自分と同じ顔をした人間がいると聞きます。ですから、古の王妃様と同じ力を持つ魔法使いがいても構わないではありませんか。その力を盾にして、私を王妃にしろとフィラム王家に愚かな殴り込みなど掛けたりしませんから、安心なさってください」


そこまで常識はずれな人間ではない。

古の王妃と同じ扱いを求め、王家に近付こうなどそんな馬鹿な考えは微塵も抱いていないのだから、セインは余計な気を回さなくていいのだ。


「違う。君がそんなことを考える人間でないことなど知っている。そうではなく、君が何の欲も抱かなくとも、王家にその力が知られたら、絶対に陛下は君を妃に望むと言っているのだ」


「古の王妃様と同じ力を持つだけで、一般市民の私を妃に? そんな馬鹿な話があるわけないじゃないですか。まず、第一王妃様の後見でもあられる王太后様が反対されますよ」


セインとの偽装婚約を周囲があっさり受け入れたのでさえ意外に思っているのに、王の妃など天地がひっくり返ってもあり得ないに決まっている。

突拍子もないことを大真面目な口調で聞かされてぽかんとするアナベルに、セインの真剣な眼差しは変わらなかった。


「たとえ、君が貧民街に暮らす教養のない浮浪児であっても関係ない。身分などどうにでもなる。それに、君の本当の身分はまったく問題のない伯爵令嬢だ。王家に入るなら、すぐにそう戻されるだろう」


「ですが、アナベル・カウリーは死んだことになっているわけですし……。叔父やブルーノは納得しないと……」


今更アナベルの戸籍を元に戻すことに、叔父はわからないがあのブルーノが賛成するとは思えない。


「私にさえ対抗できないあんな小者が王家のすることに何が言えるものか」

「小者……」


ブルーノはあっさり小者で片付けられてしまった……。

カウリー領ではすべてを思うが儘に振る舞っていた彼は、マーヴェリット家や王家にとっては軽い……取るにたりない存在なのだ。


「王家は代々、古の王妃と同じ力を持つ魔法使いを探しているのだ。男であれば魔法使いの長官に迎えて王女を娶らせる。女性であれば王妃として迎えると決めてね。……これは、たとえ王太后と言えど反対できるものではない」


「え?」


そんな話はまったく知らないことで、アナベルはきょとんとして首を横に振った。


「この話は、広く世間に知られているものではない。王家と、七公爵とそれに関わるわずかな者にだけ伝えられていることだ」

「ですが、そのようなことをして一体どうされるのですか?」


探し出して、また国を興す手伝いをしろとでもいうのだろうか。だが、今のベリルは大陸で一、二と呼ばれるほどの立派な大国である。

今更、興国の力など必要ないと思うのだが。


「人間を祝福する魔法。望みを叶え成功を約束する。……それは魂が無属性であり、すべての属性の最上級魔法まで使える上級白黒魔法使いにのみ使用可能なものとして伝えられている。君は、それを使えるのではないか?」

「その魔法ですか……」


重々しい声で問われた魔法は、最上級魔法の中でも魔法力を途轍もなく必要とする何より難しいものとして、確かにアナベルの頭の中にあるものだった。

しかし、この魔法は他のものとは違い気軽に呪文は唱えられない……。


「古の王妃が王にかけたとされるそれを、王家は欲している。そして、他の者に渡らないようにとも考えている。だから公に広められた歴史書にこの記載はない」

「…………」


欲していると言われても、ハイどうぞと差し出せるものではないので非常に困る。


「祝福を受け、王家の存在を永遠のものとする。ベリルをより豊かに、大陸すべての国を手中に収めたい……それが王家の望みなのだ」


「無理です。今の私にその魔法は使えません。たとえどのような拷問をされたとしても、頭の中に鍵がかかっているような感じ、と言えばいいですかね。呪文はわかっていて、唱えられるだけの力もあるのですが、使うとなるとその鍵が邪魔をするのです」


王家の望みが何であろうと、使えないものは使えないのだ。


「唱えられる力があるのに?」


不思議そうな顔をしたセインにじっと見つめられて、アナベルは頬が熱くなってしまう。


「あ、あのですね……その魔法は唯一無二の愛する人。自分の命と同じかそれ以上に想う相手にしかかけられないのです。ですから、王妃の地位をもらったからと喜んで使えるというものではなくて……」


妙に照れてしまい、ごにょごにょと説明してしまう。

地位や名声、財産を餌に王妃となったとしても、そこに愛する人がいなければ、アナベルの鍵は外れないのだ。


そして、自分の鍵が外れる相手は、きっと見知らぬ王ではなく……。

そこまで考えるともっと頬が熱くなり汗まで掻いてしまう。


「愛する相手にしか、かけられないのか……」


感じ入った様子で、呟くように言って自分を見ているセインに、アナベルはこくりと小さく頷いた。

すると、なぜだかセインの頬も赤くなっている。


「大陸制覇などはどうでもいいが、その魔法は他の誰にもかけさせたくないな」

「わ、私も……」


セイン以外は考えられませんと言いかけたところで、第三者の声が割って入ってきた。


「お二人さん! どうしておまえさんたちは真面目な話をしていても、すぐに二人だけの花園を作って住もうとするんだ」

「あ……すみません」


腕を組んで呆れ果てているジャンに、アナベルは肩をすくめて謝罪した。


「アナベルが謝る必要はないよ」


セインがポンポンと優しく肩を叩いてくれると、ジャンが同意した。


「そうだな、花園作りの主犯はおまえだ」

「…………」


はっきりと突き付けてセインから言葉を奪ったジャンは、真率な目をしてアナベルを見た。


「祝福の魔法が使えないとしても……フィラム王家は今ではすっかり古の王妃の血が薄まり魔法使いが生まれなくなっている。そうならないために、女性の魔法使いを何度も妃に迎えているのだが、それでも魔法使いは生まれなくなったのだ。だから、君の力が知られたなら是が非でも妃にと望まれるだろう」


「いやです。私はどんなに望まれても行きません」


自由意思で結婚相手を選べる喜びを噛みしめているというのに、また好きでもない男の許へ嫁がねばならないなど、それがたとえ王であってもお断りだ。

ぶんぶん大きく首を横に振ったアナベルに、ジャンがここでようやく緊張を緩めた顔で笑った。


「行かないという強固な意志があるなら、知られないようにして陛下を治してくれ。君が拒否してセインも君を手離さないとなれば、王家との亀裂が決定的なものとなるからね」

「気を付けます」


魔法使いの前に出るときは、魂の属性を見られても大丈夫なように偽装しようと心に決める。


古の王妃と同じ力を持つ女魔法使いであるなら、無条件で妃に……。

祝福の魔法の効果を狙ったものであるとしても、王家を永遠に存続させるとか大陸制覇ができる効果など、そんな神の領域にあるようなものはないとアナベルは思う。

アナベルでさえそう考えることを、理性的で頭も良いと言われている王が、大真面目に信じて守るなど、俄かに信じ難い。

だが、二人のあまりに真剣な様子に反論は控えた。


「……それで、セインは光属性、君は属性無しと聞いたが……では私はどうなのだろう?」


ジャンが重くなった空気を払うように話題を変えた。

アナベルはほっとして、その話の流れに乗った。


「ジャンは水属性です」

「長官と同じか……」


少し嫌そうな顔をしたのに、くすりと笑う。


「知恵者は概ね水属性の持ち主です。知識の吸収がほかの属性より早く、頭の回転が速いのです。そして、慈愛も他属性より強いです。ですから、白の魔法力が目覚めれば癒しの魔法が得意の魔法使いとなるのです。水属性で黒の魔法使いというのは、あまり存在しないと祖父より聞いています」


「なるほど。だから、おまえは女性に見境がないのだな。慈愛というのをすべて女性限定で使っているのだろう」


アナベルが言い終えると、セインもいつも通りの穏やかな様子に戻っていた。面白そうに言ってからかうようにジャンを見ている。

すると、ジャンは悪びれもせず同意した。


「女性以外の誰に使えと言うのだ」

「…………」


胸を張るようにしてここまで堂々と言い切られては、いっそ清々しい。

アナベルは心の内で乾いた笑顔を浮かべつつ言葉は控えた。


「……では、帰るとするか」


セインも同じような思いを抱いたようで、ジャンには何も言わずアナベルを見た。そうして、手を繋いで席を立つ。

アナベルはつられて立つも、机上の書類が目に入ってしまい、気になった。


「お仕事は本当に構わないのですか?」

「本当に大丈夫だよ」


あっさり言葉が返って来る。嘘をついている様子はまったくない。


「そいつが大丈夫と言えば、間違いなく大丈夫だから二人で仲良く帰るといいよ。……私は、誰かを誘って遊びに行くとするかな」


ジャンが笑いながらひらひらと手を振っていた。




◆◆◆




「くりーむぱん、ですか?」


セインが使っている馬車で帰ることになったアナベルは、その車中で聞き慣れないパンの名に首を傾げた。

パンはもちろん知っている。だが、何もつけずに食べるかジャムかバターを塗って食べるものだ。と思ったところで、ナッツや乾燥果物を練りこんで焼くパンの存在を思い出した。

それでいくと、もしやパンの中に……。


「最近できたばかりのパン工房なのだが、おいしいカスタードクリームが入ったパンが売りなのだと、書記官たちが教えてくれてね」


想像通りのことを言ったセインが、中央区に開店したばかりのそこに行きたいのだと、目を輝かせていた。

この調子では、誰かに頼んで買いに行かせるというのは考えていないようだ。


「私もパンは嫌いでありませんので、お供するのは構いませんが……」

【私もパンが好きよ。楽しみね!】


セインの肩から機嫌の良いきゅきゅの声が届く。

そうなのか。パンも好きなのだ。

何もかも好きなように思う。苦手な物は果たしてあるのだろうか。

アナベルが少し考え込んでいる間に、セインは御者に行き先を告げていた。


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