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063.王宮訪問

「…………」

セインの執務室の前に移動するも、室内に気配を感じられない。

王宮よりまだ戻っていないのだ。

今はまだ日が高いからそれも仕方がない。


招待状を持たない限り、王宮は政治に携わる者や上級・中級貴族、一般市民では豪商や著名人以外は気軽に入れない場所である。

気は急くが、大人しく待つしか方法はない。アナベルが仕方なくため息をつくと、執務室の扉が内側から開いた。


「おや。今日は早いお帰りだね。セインがそわそわせずに済むな」


アナベルの姿に一瞬驚いた顔をするも、ジャンはすぐに表情を緩めて面白そうに言った。


「ジャンは帰るのですか?」

「これを王宮のセインに渡したらね。今日の私の仕事はそれで終わりだ」


上着の懐に手を入れ、茶色の小さな鍵をアナベルに見せた。


「王宮のセインに……」


では、この後すぐにジャンはセインと会うのだ。

気軽に会いに行けるというのが、なんとも羨ましい。


「明日までに見ておいてもらいたい書類の入った抽斗の鍵なのだよ」

「さようですか……」


笑顔で教えてくれるジャンの持つ鍵を、アナベルはついじいっと見てしまう。

自分に預けて持って行かせてくれたなら……と思うも、重要な物だからジャンは従僕に任せず自身で持って行くのだ。

頼んでも代理を任せてくれることはないだろう。


「うん? いやにこれを見ているね。君が、セインのところにこれを届けたいのかい?」


ジャンはアナベルの抱く気持ちを簡単に見透かしたようで、楽しげに問われた。


「大事な物を預けてほしいなど無茶を言うつもりはありません。ですが……それを持てばセインに会いに行けるのかと……」


代理は不可能でも、自分もジャンに付く護衛の一人として一緒に連れて行ってもらえないだろうか。駄目なこととわかっていても、諦めきれずにそんなことを考えてしまう。


「ずいぶんセインに会いたいようだね。夕刻になれば戻ると思うが、待ちきれないようだ……」


すこぶるいい傾向だねえとジャンは愉快そうに目を細めた。


「……あの、王太后様の誕生祝賀会で、きゅきゅのことが問われるのを知っていますか?」


側近のジャンならば知っているのではないだろうか。そう思って訊ねたアナベルに、ジャンの柔らかな表情が少し硬いものへと変じた。


「君を不安な気持ちにするだろうことをセインが喋るとは思えないから、魔法屋で聞いてきたのかい?」

「はい」

「それを君は案じて、一刻も早くセインの顔が見たいわけだ。艶っぽい話はまだお預けか……」


残念、と呟いたジャンにアナベルは首を傾げた。


「艶っぽい話とは?」

「なんでもないよ。では一緒に王宮に行こうか。その話は私に聞くよりも、セインから直接聞いたほうが良いと思うからね。少しでも早く聞きたいのだろう?」

「良いのですか!」


嬉しい誘いに目が輝く。


「王宮にいるからと一日中政務をしているわけではないからね。邪魔にはならないよ。それどころか、君が会いに来たとなれば、きっとあいつは物凄く機嫌がよくなるよ」


問題ないと笑顔で語ったジャンに促され、アナベルはその好意に甘えることにした。

玄関先に用意された馬車に乗り、王宮に向かう。


ところが、屋敷の敷地を出たと同時に、アナベルは突然襲った首筋の痛みに顔をしかめて呻いた。


「痛っ! 誰かがセインに魔法を使っています」


アナベルがかけたセインを守護する魔法に何者かの魔法が当たったのだ。


「王太后から呪い攻撃が来たのか?」


対面の席にて眉根を寄せ、険しい目をして問うてきたジャンに首を横に振る。


「違います。呪いの気配は感じません。ですがセインの助けになる魔法でもないようです。なんでしょうか、これは……」


身体に害を及ぼすような類のものではない。だから、アナベルのかけた守護の魔法が強く反応して弾き飛ばしていないのだが、妙にセインを取り巻いている……。


「呪いではないが、助けにもならないとはおかしな魔法だな。なぜそんな魔法がセインにかけられるのだろう?」

「理由はわかりませんが、セインはこの魔法をあまり歓迎していないようです」


セインの気配を探りながらアナベルは答えた。


「歓迎していないなら攻撃と同じだな」


一瞬の間も置かず断言したジャンの見解は、アナベルと同じものだった。


「私もそう思います。弾いておきます」


セイン守り隊の副隊長として、しっかり役目は果たさねば。余計な魔法は排除に限る。

アナベルは目を閉じ、額に右手の人差し指と中指をあてた。


『土、集え! より強固な盾とな~れ。セインが嫌う魔法は駄目。すべて弾き飛ばして消去よ、消去!』


アナベルが目を開けると同時に、その身から緑と茶色の光が迸る。

命令に従い馬車の外へと飛んでいった。


「……よし」


セインの周囲から彼が歓迎しない魔法の力が完全に消えた。その気配を確認したアナベルは、ぱん、と両手を合わせて打ち、安堵の笑みを浮かべた。


「どんな護衛を側に置くよりも、君がいてくれるほうが安心だな」


ジャンが感心したような眼差しでこちらを見ながら、満足そうに頷いていた。


その後は何事もなく……さほど時間はかからず到着した王宮は、アナベルの想像よりもはるかに広大で絢爛豪華なものだった。


王都の高等学院に通ってはいたが、それは北区と西区の境にあり、アナベルの活動範囲はその二区内に限られていた。

中央区の王宮前まで訪れたことはなかったのだ。

王の住まいでありベリルの国政の中枢を担う場所なのだから、さぞ立派なものであろうと想像するだけだった。


実物はそんな想像をはるかに凌駕した。


様々な種類の花と樹木の緑に彩られた長い庭園の先に、柱一本とっても歴史に残るであろう芸術作品としか言いようのない建物が林立する姿は、壮観だった。

質の良い黄金による装飾が白亜の壁面のいたる所に施されている光景は、ただただ圧巻である。


「もしかして、王宮に来るのはこれが初めてなのかい?」


道の途中にある噴水一つにも、彫刻の精緻さに自然と見惚れていると、ジャンが不思議そうにこちらを見ていた。


「はい。王宮の舞踏会に出席したことはありませんので」


車窓に広がるあまりに美しく幻想的な空間に、緊張を忘れて少しうっとりしてしまうくらいだった。


「そうかい。ならば圧倒されるのも当然だ。私も初めて訪れたときは驚いたものだ。ベリルは、鉄鋼業と質の良い黄金が豊富に穫れることで繁栄を築いた国だからね。それを象徴する証として、王宮には黄金を多用しているのだよ。その上、増改築は代々頻繁に行い、古き良き物と最新の建築様式を両者とも取り入れている。大陸でもっとも贅を尽し芸術の粋を極めた場所だと思うよ」


「大陸一……」


それは素晴らしい。感嘆の溜息を零して周囲を眺めていると、馬車が停まった。


「ここがセインの政務室がある建物だ。王宮は一つの建物ではなく、用途に合わせてそれぞれ別の建物となっているのだよ」


馬車を降りるアナベルに、先に降りたジャンが手を差し伸べてくれる。

その説明に頷きながら手も借りて、黒にほど近い濃茶の壁に細かな黄金細工が美しく映える重厚な建物の前に、アナベルは立った。


「表門から奥へと進むごとに重要度の高い建物となっていてね……」


その言葉通り、警備を担当している騎士の数がどんどん増えて道を通過するのにチェックも厳しいものだった。


「この先は陛下の私的空間となっているから、ここは政に関わる建物としては最も重要度が高いということだ」


先に続く道を指さしたジャンに、アナベルもそちらを見る。アナベルたちが使用した道はここで終わりではなく、まだ先に続いているのだ。


「あそこに黒い門が見えるだろう。その内側が陛下のお住まいとなっている。王宮の最深部だ。警備はどこよりも厳重でこちら側よりもさらに滅多な者は入れないが、最も素晴らしい建物だよ」

「最も素晴らしい……」


遠目に黒い格子門が見える。

距離があっても黄金の輝きがわかるので、あの門にもたくさんの黄金細工が施されているのだろう。

王とは、同じ王宮という括りの場所にいてさえも、そう簡単に会うことは叶わない。相手はベリルの支配権を握る最高権力者なのだから当然だと思うも、つくづく遠い存在である。


「それにしても、妙に落ち着きがないな……」


建物内に入ったジャンが、訝しそうに周囲を見た。

回廊を行き交う人々が、何やらひそひそ囁き合っている。中にはこちらをチラチラ窺う者もいて、アナベルも首を傾げた。


「何かあったのでしょうか?」


「この建物には重臣の部屋と彼らのための会議室しかないから、配下の者もそれなりにしっかりしている。下手に騒ぐようなことはなく、普段は静かなものなのだが……。私の顔を見ている者がいるということは、セイン絡みだろうね。あいつまた無茶な法案を議場に出したのかな……」


ジャンが最後はどこか面白そうに言い、セインの部屋は三階、最上階にあるのだよとアナベルを階段のほうへと案内してくれた。

手すりに見事な彫刻が施された白大理石の階段を昇っている間も、建物内に漂う落ち着きのない雰囲気は変わらなかった。

アナベルはそれに何か不吉なものを感じつつ三階に到着する。

蔦が黄金で描きあげられた立派な白木の扉の前で、ジャンがそこに立つ従僕と目を合わせると、彼は丁寧に一礼して扉を開けた。

ジャンが公爵の執務の補佐だけでなく、宰相の補佐に関してもどれほど行っているのか。そのようなことはアナベルには推し量れないが、この場に来慣れているというのは確かだろう。


「セイン。きゅきゅ。魔法攻撃が来ていたようだが、アナベルが……なんだ、いないのか?」


先に室内に入ったジャンがそう声をかけるも、すぐにがっかりしたような様子となった。

清々しい陽光が充分に入る、明るく心地良い空気に満たされた室内には、セインもきゅきゅも不在だった。

代わりに部屋の少し奥まった所。セインが着くのであろう大きな黒檀の机のそばに、穏やかな物腰の男性が一人立っていた。


「いらっしゃいませ、ジャン様。宰相閣下におかれましては、ただいま陛下の御前に招かれておいでですので……」


丁寧に頭を下げてそう教えてくれる。

男性は主が不在の室内にて、机上の書類を確認しながら束ねていた。やましいことをしている気配を一切感じさせないその姿に、セインの政務を補佐している書記官か、それに準じる役目を担っているのだろうとアナベルは推測した。


「陛下に呼ばれているのか……」


ジャンは低く呟きながら、男性に頷くようにした。そうして、黒檀の机の右側に置かれている布張りのソファへと、アナベルを促した。

さすがは王宮である。室内装飾も家具調度品も、セインの屋敷にある物に勝るとも劣らない品ばかりだった。

勧めに従って腰をおろすと、ジャンはその正面に座った。


王とは、一般市民のアナベルにははるか遠き人だが従兄でもあり宰相の任に就くセインにとってはそうではないのだ。招かれているという言葉に改めてそれを思う。


ということは、王太后が治療の全権を握っていなければ、セインに直接王へ紹介してもらっての治療も可能だったかもしれないのだ。

王宮魔法使いの長官もこちらを疎んでいるようなので、そちらからの打診も駄目。悪事を画策しているわけでもないのに、すんなりと行かないことがもどかしい。


「王都に居る大臣と重要な役職に就く者、そして魔法使いの長官と副長官のみにお呼びのかかった予定にないものなのですが、会議ではありません。今日は体調がよいそうですので、ちょっとしたお話をとのことです。ですのでお帰りの時刻は正確にはわからないのです」


予定されたものでないにも関わらず、ベリルの政を動かす重臣を一度に集められる。

予定の詰まった者ばかりであるだろうに、それが現在王都に居る者に限られることであっても、王でなければこれは不可能なことだろう。


「鍵を持ってきただけで、他の用事は特にないから構わない。ゆっくり待つさ。アナベルもそれで構わないだろう?」

「もちろんです」


きゅきゅのことは気になるし、王の診察をさせてもらえればと思わないこともない。だからと、王と大臣たちの会話の場に割って入るなどすれば、間違いなく不敬罪を問われる。

セインに迷惑をかけてしまうのは間違いない。そのようなことはできないし、したくない。


「では、お茶の用意でも……」


書記官の男性が笑みを浮かべて言ったと同時に、扉がノックもなく大きな音を立てて開いた。


「た、大変な事になりそうだぞ!」


続けて息を乱した男性が、転がるようにして室内に駆け込んでくる。


「騒々しい! 入室許可を取らぬか無礼者が。ジャン様と宰相閣下のご婚約者様が驚かれているのではないか。礼儀は弁えろ!」


穏やかな姿が一変した書記官に厳しく諌められ、飛び込んできた男性はびくっと身体を震わせた。夢から醒めたような顔となる。


「こ、これは、とんだ粗相を、申し訳……」


男性は、冷静さを取り戻してジャンとアナベルを認識すると、入室時よりさらに慌てて頭を下げた。


「謝罪はいいから、何があった?」


ジャンの言葉はアナベルの思うものでもあり、謝罪よりも大変なことの内容のほうが強く気になった。

この建物全体に漂う落ち着きのない気配が思い起こされ、不吉な予感に背筋が震える。


「実は、王宮魔法使いの長官様が陛下の不興を買ったようでして、もしかすると解任されるかもしれないのです」


男性は一つ息を飲み込み、居住まいを正すとそう語った。



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