051.美容魔法と情報収集
「一般市民の出であるあなたがマーヴェリット公爵様と結婚されるとなると、暮らしの中で色々とわからないことが多くてご不便があるのではないかしら。知りたいことがあれば何なりと聞いてちょうだい……その代わり……」
令嬢はそこで言葉を切った。
獲物を狙う猫のような目をしてこちらをじいっと見ている。
わかっているでしょう、と声なき言葉で伝えてくる令嬢に、アナベルの口角が笑みの形に吊り上がった。
「物知らずの私が社交界で恥を掻かぬように、ご教授下さるのですね。対価は、髪つやつや以外の美容魔法といったところでしょうか?」
なるほど。お客から情報を集めるという手があったのだ。
プリシラという友人を得たことで幸運が舞い降り、第一王妃の御前にあがる道が開けた。それで満足していたのだが、アナベルと異なり夜会に頻繁に出席している令嬢たちが向こうからたくさん押し寄せてくれるのだ。
彼女たちからも有益な情報が得られるとなれば、ありがたい。
「顔のシミとそばかすを取ってちょうだい」
身を乗り出して間近くで顔を合わせるようにした令嬢に、アナベルはにっこりと微笑んだ。
「それは、髪つやつやの何倍も難しく魔法力も大量に消費する魔法です。ひどく疲れますので、通常の商いでは絶対に受けません。ですから、少しばかりの情報ではかけられませんよ。社交における基本的なことは婚約者であるセイ……っ、ではなく、こ、公爵様が教師を手配してくださっていますので」
つい名前で呼びそうになるも、さすがに見ず知らずの令嬢の前で公爵を敬称無しで呼ぶわけには行かないだろうと、慌てて言い直す。
「え……公爵様が、お手配を……」
それは考えていなかったのか、自身に満ち溢れていた令嬢は呆然とした様子で鼻白んでいた。
もちろん手配は嘘なのだが、アナベルは社交の場に出ることはあまりなかったものの、貴族の礼儀作法は身に付けている。そうしたものを令嬢たちから学ぶ必要性は感じなかった。
「あなた様がどうしても高度な美容魔法をお望みでしたら、貴族社会の常識といったものではなく、人間の情報をください。それが私にとってとても重要で益になるものでしたら、お望みを叶えます」
「…………」
令嬢はアナベルが低い声で告げた申し出に怯んだ。
ぴくんと肩を揺らすとアナベルから目を逸らしてしまう。それまでの気勢が削がれたようで、萎れて肩を落とすと席に座り直した。
すっかり自信をなくした様子で教えてくれた情報は、公爵家の令嬢たちよりもオリヴィアの方が華やかな暮らしを送り取り巻きも多い、といったものだった。
目新しいもののない誰でも知っている情報としか思えず、令嬢の要望を叶えるほどに魔法力を使う気にはなれなかった。
アナベルはこの令嬢にも十年保証のつやつや魔法をかけて代金を頂き、情報と引き換えに魔法をかける、というのを教えてくれた対価として、こちらも十年保証を付けた爪つやつや魔法を無料でかけて帰ってもらった。
令嬢は桜色の爪が艶やかに光り輝くのを見るや、萎れていたのが嘘のように溌剌として元気になった。
「爪もこんなに綺麗になるなんて、嬉しいわ!」
令嬢は上機嫌で衝立の向こう側に去り、次の令嬢に髪だけでなく爪の自慢も思いきりした。
その結果、アナベルが何も言わなくとも令嬢たちは 『情報と引き換えに高度な美容魔法を!』 と言ってくるようになった。
「いくら社交界に疎くとも、王太后様とマーヴェリット公爵様の関係があまりよろしくないことくらいは存じていますよ。それくらいでは駄目ですねえ……」
「ええっ! で、では、ラッセル侯爵家のオリヴィア様はそう簡単に公爵様を諦めるようなお方ではない、というのはどうかしら?」
大して大きくもなく濃くもないのに、どうしても頬のシミを消してほしいと食い下がってくる令嬢に、アナベルは苦笑交じりに首を横に振った。
「公爵様がもしかすると次代の国王陛下になられるかもしれないから、それで諦めきれないといったお話を語って下さるのなら、それも知っておりますので駄目です。それくらいのシミであるなら、お野菜をたくさんお食べになれば消えるかもしれませんよ」
この令嬢は十人目であり、本日最後の美容魔法の客である。
祖母は自室に引き上げて休んでおり、この場にはアナベルと令嬢の二人きりだった。
最後の令嬢もそれ以前の令嬢たちと同じく、さほどアナベルの関心を引く情報の持ち合わせはなかった。
そう都合よくはいかないということだ。
「や、野菜嫌い……それでは、王太后様は無類の薔薇好きで、まるで薔薇に取り憑かれているようだというのはどうかしら!」
最後のカードよ! とばかりに令嬢は勢い込んで情報を出してきた。
「無類の薔薇好き……王侯貴族の方の間では、昨今は薔薇を愛でるのが流行っておりますからね。王太后様がそうであられても、おかしなことではありませんね」
第一王妃に続き、王太后も薔薇好きということか……。
アナベルの熱の入っていない口調に、令嬢はこの話も食いつきが悪いと感じたのだろう。眉を八の字にし、今にも泣き出しそうな顔になっていた。
「王太后様は毎年お誕生会で、最も美しい薔薇を贈った者を一日側に置いてお話しされるの。招待される貴族たちは、皆それを狙っているわ。陛下が大切にされている母君様の関心を得られれば、陛下の覚えも目出度くなるかもしれないから……」
「…………」
誕生会という祝いも出世の駆け引きの場になるのだ。
そういうえば、セインのお誕生会も祝いをするというよりは、貴族たちの顔繋ぎの場となっていた。
強い権勢を築こうとする人々にとってはそれが当たり前の日常なのだと思うも、なんだか寂しいものを感じる。
そんなアナベルの感情になど気づくことなく、令嬢は言葉を続けた。
「でも、それは必ずマーヴェリット公爵様となるわ。この日ばかりは、平素の不仲はなかったことにして、王太后様と公爵様はとても親しく談笑されるの。だけど、今年はラッセル侯爵様の薔薇が選ばれるのではないかと囁かれているわ」
魔法を諦めた風情で寂しげにぽつぽつ語ってくれるその内容に、アナベルの瞳が真剣な色を帯びた。
「それは、王太后様は公爵様がお気に召さないから、公の場でわざと公爵様の薔薇を無視してラッセル侯爵を優遇されるということですか?」
王太后の誕生会ともなれば、著名な貴族はすべて招待されるだろう。そんな中で無視するというのは、セインに恥を掻かせることに繋がるのではないだろうか。
呪いをかけている上にそんな真似をするとなると、アナベルはますます王太后に良い感情を抱けない。
「違うわ! 王太后様は、薔薇に関しては贈り主に対する好悪の感情を抜きにして、その薔薇の美しさでのみ評価されるお方よ。それほど、薔薇に魅入られていらっしゃるの。だから、毎年他家の技術が及ばない薔薇を献上されるマーヴェリット公爵様をこの日ばかりは歓迎されてきたのよ」
アナベルが興味を示したと見て取った令嬢は、落ち込んでいたのが瞬時に復活していた。
両手の拳を胸元で握り、熱の篭った口調で教えてくれた。
「では、今年は公爵様の贈られる薔薇よりも、ラッセル侯爵の贈る薔薇の方が素晴らしいと前評判が立っているということですか?」
セインが気に食わないから、誕生会の席で他の貴族を依怙贔屓するわけではない。というのには安心したが、ラッセル侯爵優勢との噂が席巻しているのは、あまり気分のいいものではなかった。
「そういうことよ。お誕生会は来週なのだけど、公爵様に何か対策を取られるようにご助言してあげてはどうかしら?」
とてもいいことを言った、とばかりの令嬢の笑みに、アナベルは複雑な顔をした。
自分がここで耳にしたような話を、セインが耳にしていないとは思えない。助言などおこがましいおこないとしか感じなかった。
でも、お誕生会の薔薇、というのは妙に気になった。
「ラッセル侯爵の用意されている薔薇に関しては、何かご存じですか?」
「そうねえ……先日のお茶会でオリヴィア様が少し話をされていたような……純白なのだけど、光の当たり具合で銀色にも輝いて見えるとか……」
令嬢は視線を動かしながら、脳裏にある記憶を探り出すようにして教えてくれた。
「銀色……」
そのような薔薇を咲かせることが、本当に可能なのだろうか。
アナベルにはそうした知識はないからピンと来ない。後でプリシラに教えてもらおう。
「ラッセル侯爵家は元から財産家であったのだけど、銀が採れるようになってその財力は一層増したの。だから、新種の薔薇の開発費用にも莫大なお金を使っているそうよ」
ベリルは他国に比べて希少資源が豊富に採れる。それを背景にして強国の地位を築いているのだが、国土のどこででも採れるというわけではない。先年までは王家の直轄領と三公爵の領地でしか希少鉱物は採掘できなかった。そこに、ラッセル侯爵が自領に豊富な銀鉱脈を発見したのだ。
「それで、ラッセル侯爵の薔薇が選ばれると……」
「ええ。でも、ラッセル侯爵様の財力が誰に勝ろうとも、マーヴェリット公爵様にそれで勝るのは絶対に無理だと思うわ」
と言って、令嬢は悪戯っぽく笑った。
「これはあなたに気を遣って世辞を言っているのではないわよ。たとえどんなにラッセル侯爵様が大量の銀を採っても、マーヴェリット公爵家は規模の大きな金山を三つに銀山も四つ持っているの。金山を所有するのは王家とマーヴェリット公爵家だけだから、今回の薔薇勝負には勝てたとしても、ラッセル侯爵様がこの差を逆転するのはまず不可能ね」
「金山を三つに銀山も四つ?」
笑顔で教えてくれる令嬢に、アナベルは目を丸くした。
セインが希少鉱物の採掘できる鉱山を所有する三公爵の一人であることは知っていたが、所有する数までは知らなかったのだ。まさか七つとは驚きである。
「あなた、本当にいいお方に見初められたと思うわ。ラッセル侯爵様が何をしようとマーヴェリット公爵家が潰れたりするわけがない。奇跡の技が使える魔法使いの上に、好きなだけお金も使える幸せな結婚をするなんて……羨ましいわ」
「…………」
妬みの感情が見える目に見つめられ、アナベルは心の内で苦笑した。
無尽蔵に金の湧いて出る都合の良い人間。あなた方がそんな風にしかセインを見ないから、彼の心は傷ついていたのだ。
確かに、お金はないよりはある方がいい。それでも、好きなだけお金が使えるからセインと結婚するのは幸せであるなど、そんな風に思うのは納得できない。
「でも、マーヴェリット公爵様は持ち過ぎでいらっしゃるから、王太后様は絶対に心を許さないでしょうね」
令嬢の不穏な一言に眉がピクリと動く。
「絶対に心を許さない……」
一貴族がそれほど持っているとなると脅威に感じてもおかしくないが、それでもつらい言葉だ。
セインが王位簒奪を目論んでいるならいざ知らず、そんなことなどまったく考えてもいないのに……。
王太后の憎しみが高じ、呪いをかけるだけでは飽き足らず、マーヴェリット公爵家を潰すことを王族にも貴族にも考えさせる危険性をひしひしと感じ、アナベルは背筋が寒くなった。
でも、守る。
たとえ誰が何人相手になろうとも、セインのことは守り切ってみせるのだ。
アナベルが、膝に置いた手を気合入れて握りしめていると、令嬢が期待に満ち溢れた目でじいっとこちらを覗っていた。
「少しはお役に立てたかしら……」
「そうですね。たくさんお話しいただきましたし……」
頷いて立ち上がる。令嬢の後ろに立つと髪はつやつやに、シミは消す魔法をかけた。
令嬢は大喜びで店を去り、アナベルは店の外まで出てその姿を見送った。
「十人にしておいてよかったわ」
大きく伸びをして呟く。
つやつや魔法以外も使うことになるとは思っていなかったので、正直に言うと少し疲れた。
「アナベル~!」
明るい声で名を呼ばれ、そちらを見る。すると、茶色い紙でふんわりと大きく包まれた物を、大事そうに両手で抱えて歩いてくる姿があった。
「プリシラ!」
本日のリボンは虹色に輝いていた。




