048.許せぬ存在
「ラッセル侯爵は、銀の採掘に領民を使っていない」
「領民を使っていない?」
一段低い声音で伝えられた言葉を、セインは少し首を傾げながらそのまま問い返した。
「領民に対する過酷労働であれば、酷い話だがおまえの言うとおり、保護を求めて逃げ出してくるまで助ける方法はない。しかし、侯爵がそんな真似をしていれば、私兵を使ってどんなに押さえ込んだとしても多少なりと不満の声が他領に漏れてしまうものだろう?」
人の口には戸が立てられないとのジャンの見解に反論すべきところはない。
セインが小さく頷くと、ジャンは言葉を続けた。
「その理由が、今日届いた間者の報告で納得できるものとなったのだ」
「貧しい領から、労働条件を偽り雇い入れては、実際は低賃金で働かせているといったところか?」
問いながらも、それもないなとセインは思う。
多くの民が名を知るラッセル侯爵がそんな真似をしているとなれば、それはそれで広く人々に知れ渡るだろうからだ。
自分の耳にはもっと早く情報が入っているはずだ。
「それも違う。まだ確定とまではいかないが……どうやら、ラッセル侯爵は外務大臣の地位を利用して、他大陸の闇社会とつながりを持ったようだ。それを介して、鉱山で働かせるために人間を調達している」
重々しい内容に、セインの目も険しくなった。
「調達というのは、正式な労働契約を結ばず無給で働かせる奴隷ということか?」
「文化の進みが遅い未開の地より浚ってきているらしい」
ジャンが嫌悪の感情を隠さず頷いた姿を見て、セインは一瞬、目の前が真っ黒に染まったように感じた。
「ベリルの外務大臣の席に座る者が、本当にそんな愚かな真似をしているのか……」
人間を浚って奴隷とする。それはベリル一国ではなく、この大陸全土で禁じられているおこないだ。
邪魔な政敵を追い落とすのに絶好の理由が手に入った、と喜ぶ以上に、公になれば国の威信に傷がつく愚挙に眩暈がした。
ラッセル侯爵は領民に慕われる領主ではない。
彼の領地では主に小麦と綿花が栽培されているようなのだが、その労働条件は厳しいと報告を受けている。
それでも、死者が出るような過酷労働は強いていない。
衣食住がままならないという生活でもないのだ。ゆえに、命の危険を冒してまで私兵の目を掻い潜り告発するような者は出ない。
そして、銀山においても領民や他領の者を働かせていないのだから、領民たちが保護を求めて逃げ出すようなことはないわけだ。
その代わりとして、奴隷を使うことを思いついたのだろう。
鉱山で働かせるために使うなら、私兵を使って人目のない深夜にでもそこに放り込み、あとは一切外に出さないようにして地下に閉じ込めておけばいいのだ。
相手は、身分も何も保証されていない奴隷である。
ラッセル侯爵は己に忠実な配下の者に見張りを命じ、彼らを死ぬまで鞭打って働かせた挙句、死ねばその場にでも埋めて次を補充しているのだろう。
セインは、身の内を駆け巡る怒りが抑えきれず、握った拳を思い切り黒檀の執務机に叩き付けた。
机の端で丸くなって休んでいたきゅきゅが、大きな音と振動に飛びあがる。
『きゅう~!』
驚いたと言いたげに瞬きしながらこちらを見る姿に、少し頭が冷えた。
「眠りかけていたところに、すまない。……奴隷買を、大臣ともあろう人間がしていると知ってね。抑えがきかなかった」
ベリルは他国に比べれば豊かであるが、それでも貧しい暮らしを余儀なくされている人間がまったく存在しない訳ではない。
自分が宰相位にある間に何とか解消したいと思っているが、人間が売られてしまうような悲しい事例はいくらでも起きているのだ。
借金のかたに、口減らしのために……。
それでも彼らは完全な奴隷ではない。
借金の年季さえ明ければ、自由になる権利があるのだ。
それを阻害する者は許さない法律となっている。
だが、何の契約もなく浚われて遠くの国に勝手に売られた者達には、そうした自由さえ与えられない。
浚った者達が依頼主より報酬を受けとり、その依頼主が別の人間に商品として売る。
わけもわからず浚われた被害者たちは、勝手に奴隷の烙印を押され、鎖に繋がれて死ぬまで強制労働を課されるのだ。
この事態を憂えた国々が、二百年ほど前に人間を奴隷として売り買いするのはやめようと声をあげた。
当初は反発する国が多く、足並みはまったく揃わなかった。
しかし、各国にて奴隷の反乱が相次いだことにより、五十年前、ようやく大陸全土の国が同意したのである。
昨今では、戦勝国が敗戦国の人間をそのように扱うこともやめるべきではないか、との議論が大陸会議でおこなわれるようになった。
それを、外務大臣ともあろう人間が時代に逆らうような真似をした。
ベリルの王たちは代々奴隷廃止に賛成の立場を取り、反対する国の説得に尽力してきたというのに……。
「奴隷を調達するには必ず港か国境を通らねばならない。そこを、いくら外務大臣の名を使って擦り抜けようとしても、こちらはおまえの名が使える。宰相権限の方が強いのだから荷を検めることは可能だ。だがな、そんなことは向こうも百も承知なのだろう。国境や港でどれだけ調べても何も出ない。きわめて巧妙に密貿易をおこなっているのだ。銀も正規ルートだけでなく、そちらのルートで流している可能性も大いにある」
ため息交じりに語るジャンの声を聞きながら、セインは奥歯を噛みしめた。
セインはこれまで、ラッセル侯爵と馬が合うと思ったことが一度もない。排除したいとの思いが募るばかりの人物だった。
己を若造と侮り地位を狙われているから嫌悪しているのではなく、侯爵の貴族至上主義と金銭を持たない者は価値がないという考えに納得できないからだ。
もし、侯爵が人品に優れた敬意を抱ける人物であるならば、セインは宰相位などいつ譲っても構わないと思っている。宰相でなくとも母の願いどおりに王家を守ることも、父の願いどおりに公爵家を守ることも可能であると思うからだ。
しかし、ラッセル侯爵は駄目だ。
私腹を肥やすための奴隷買。その上、国を思う王の良案さえ捻じ曲げようとする姿は、宰相となるに相応しい者とはとても思えない。
セインは自身が金儲けが好きな事もあり、懐を肥やすために懸命に働く人間は好きだ。
だから、ラッセル侯爵がどこから誰が叩いてもほこりの出ないやり方で儲けているなら、彼がどれだけ蓄財しようと何とも思わない。
だが、自身の金儲けのためなら、他者には何をしても構わないと考える人間には嫌悪しか感じないのだ。
しかもそれが王の名に傷を付けることに繋がるとなれば、その贖いは地位の剥奪や財産の没収程度では生ぬるい。
命を要求すると心に決めた。
「可能な限り迅速に密貿易のルートを掴め」
「いい報告ができるよう力を尽くす」
ジャンはしっかりとした語調で請け負うと、その話を終りにした。
他の話がない様子にセインは席を立つ。
再び丸くなって寝入っているきゅきゅをそっと持ち上げ、両手で包み込んだ。
「浚って奴隷とした人間を使い鉱山で過酷な労働を強いるなど……いったいどれほど他国の人間を死なせていることか。王太后様にも頭が痛いが、侯爵はそれ以上に頭を痛くしてくれる……」
「どんなに頭が痛くても、私たち配下の前では俯くなよ。お前が俯いても良いのは、アナベルの前だけだ」
思わずぼやきが出たセインの背をジャンが勢いよく叩き、肉が揺れた。
「え?」
唐突にあがったアナベルの名にセインが少し目を見張る。視線を合わせてきたジャンが、にやりと笑った。
「何を驚いている。可愛い婚約者に慰めて貰えるなど、最高の特権ではないか。疲れが癒えるのは間違いない。しかも、彼女は頼られるのが好きな人間のように思うから、おまえが甘えると喜ぶのではないだろうか」
「なぜ、そこまでわかるのだ……おまえ、そんなに長時間彼女と話しをしていないだろう?」
夜会へエスコートを頼んだので、その際に会話を交わしただろうとは思う。だが、ジャンはセインが会場に入るまでずっとアナベルの側には付いておらず、令嬢たちを侍らせてダンスに興じていた。
だから、自分より長く二人きりの時間を持って話しているはずはないのだ。
それなのに、自分よりもアナベルの本質をよく知っているように感じるのはなぜだろう。
「見ていればわかることではないか。お前のためなら何でもしたい、と全身で言っているぞ」
「何でも……」
確かにそうかもしれない。
義理堅すぎるアナベルは、妙にセインを守ることに拘っている。
それはとても心地良く幸せなのだが、出来れば守らせてほしいというのが本音だ。
だが、彼女のやさしさと魔法に頼りきりの自分には、そんなことを思うのはおこがましいのだろう。
セインが苦笑を零していると、ジャンは眠るきゅきゅを見ていた。
「夕食まだだよな。どうして、きゅきゅは眠っているのだ。どこか具合でも悪いのか?」
心より案じている声音に、セインは目元を和らげた。
「アナベルがペルヴィ川に連れて行ってくれたのだが、そこでたくさん魚を獲って食べたのだ。おなかいっぱいと言っていたから、夕食はいらないのだろう」
「なるほど。満腹で寝ているなら問題はないな」
安堵して歩むジャンが執務室の扉を開ける。
廊下に出ると、隣に立ったセインはその横顔を見た。
「女性に対してもう少し節操というのを覚えれば、きゅきゅはおまえの肩にもきっと乗るぞ」
ジャンが優しい心根の持ち主であることを、きゅきゅは知っていると思うのだ。だが、つがいとなったものだけを大切にする飛竜の性質からすると、その行動は受け入れられないものらしい。それで、ジャンには厳しく接しているようにセインには見える。
「とても残念だが、それは無理。女性は私の栄養だからな」
「…………」
朗らかに笑って言い切るジャンに、セインはかける言葉が見つからなかった。
その後、二人で食事を摂りジャンは自身の屋敷に帰り、セインは夜着に着替えて寝室に入った。
ぐっすりと眠り込むきゅきゅを、まずは彼女のお気に入りの寝床に入れる。次いで自分も寝ようとしたその時、室内に第三者の気配を感じた。
「だ……っ!」
厳しく誰何しようとしたのを、慌てて口許を手で覆った。
寝台から少し離れたソファにて、アナベルが身体を丸めるようにして眠っていた。




