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039.チョコレートと飴玉

ベリル王国では気候条件が合わないため、チョコレートの原料となるカカオ豆の栽培は難しく、ほぼ輸入に頼っている。

他大陸から海を渡っての交易となるのでそのぶん費用もかさみ、チョコレートは決して安価な嗜好品ではない。が、商人やそれを保護する貴族の尽力により、近年では安定供給が可能となり地方にもかなり出回っている。

ゆえに、ベリルの中心である王都ではチョコレートを扱う菓子店は多い。

しかも、セインほどの貴族ともなれば城の料理人が日常的にチョコレートを使ったお菓子を作っているのだろう。

これが嬉しい物なのかと拍子抜けしている感情が伝わってくるが、アナベルの笑顔は変わらなかった。


「はい。チョコレートです。ですがこの品は、おそらく中央区のお店にもないかと思います。祖母が食べさせてくれたのですが、感動しましたので。セインも試しにどうかお一つ」


ベリルで一番進んでいる物。有名な物。それらは、王都で最も地価が高く……王族、もしくは上級貴族と豪商以外の人間が屋敷を構えるのはまず不可能とされる中央区の店に存在する。

中央区の店は、王家、上級貴族御用達の看板を掲げるものばかりといっても過言ではない。

そのような中央区に暮らすことは、一般市民のみならず貴族の内でも特別視されている。


一方、人で賑わい繁盛している表通りの店であっても、ここの住民は貴族よりも一般市民の比率が高い西区だ。

特別な中央区にないものがここにある筈がない、と思われても仕方がないのだが、これは絶対においしいので是非とも食べて貰いたい。

その気持ちが強すぎてアナベルはつい、食べてほしいな、とねだるような上目遣いでその顔を見てしまった。

すると、柔らかな笑みを浮かべたセインは、少し口を開けてくれた。


「では、食べさせておくれ」

「よろこんで!」


食べ慣れているからいらない、と突っ撥ねず、アナベルの我が儘に応えてくれる。

その優しい気持ちが嬉しくて頬をほころぶ。

袋の中から一つ摘まむとその口元にそっと運んだ。セインを嬉しくするために案内したのだが、自分の方が嬉しくなってしまうアナベルだった。


『きゅう!』


きゅきゅが一鳴きし、こちらをじいっと見ている。

その目は、私にもちょうだいと言っているようにしか見えない。

飛竜もチョコレートを食べるのかしら、と思いながらアナベルはその口元にも一つ持っていく。

するときゅきゅは、ぱく、と瞬時に口に入れた。少しもぐもぐしてから飲み込み、心地よさそうに目を細めた。

同時にセインから感嘆の声が上がった。


「これは、中にアーモンドが入っているのか……」

『こっちは干し杏よ。美味しいわ!』


続いてきゅきゅも。

喜んでくれている二人に、アナベルは大きく頷いた。


「あのお店のチョコレートには、中にいろいろな物が入っているのです。中に他の物を入れるというのは、貴族の集まりでも出されたことはなく、中央区の店でも作られていないと祖母が教えてくれまして……」


祖母のお客の貴族に無類のお菓子好きがいて、中央区に拘らずに食べているのだそうだ。その貴族の今一番のお気に入りが西区のあの店とのことで、それを聞いた祖母が呪いの腕輪に落ち込んでいるアナベルに食べさせてくれたのが、あの店を知るきっかけだった。

アナベルは、一つ食べてすぐさま気に入った。

セインは甘いお菓子を好むようなので、おいしいお菓子を食べれば元気が出るだろうかと思った時、真っ先に頭に過ったのは中央区のどの名店でもなくあの店だった。


「確かに、初めて食べるチョコレートだ。まさか、他の物を合わせて固めるとは驚きだが美味しい……さっそく城の料理長に……」


かなりお気に召したようだ。

もう一つ欲しそうな顔をしてこちらを見ているのに、アナベルは微笑みながらその希望を叶えた。


「お、今度はラズベリーのジャムが入っている。これも美味しいな……」

「お顔の翳りが少し晴れたように見えます。よかったです」


セインの気持ちが完全に上向いているとまでは言わないが、それでもアナベルは安堵した。

するとセインは小さく笑み、歩きはじめる。

護衛騎士の一人がそれを見て馬車のほうにと勧めるが、下がれと軽く手振りで示して歩みを止めなかった。

どこに行くのだろうと思いながらも、アナベルは制止するような真似はせずにおいた。


「君が美味しいものを食べさせてくれたおかげだ。ありがとう」

「お気に召して頂けて嬉しいです」


自分が好きな物を気に入ってもらえるのはとっても嬉しいことだ。

セインと共に表通りを歩くアナベルの足取りは自然と弾む。

ガス灯と街路樹が等間隔に配された美しい表通りは、西区内で最も地価が高い。それに比例し、裏通りよりも手広く商いをおこなう羽振りの良い店舗が立ち並ぶ。

お菓子屋だけでなく、肉や野菜や魚といった食料品から、陶器、織物。絵画や宝石商。衣服の仕立て屋に刺繍やレース編みといった手芸品を販売する店。花屋もある。

こうした店舗は西区だけでなく、中央はもちろんとして東、南、北、それぞれに存在する。

逆に、その区にしか存在しない商いもある。

西区のそれは魔法使いの営む魔法屋だった。

王宮魔法使いとなり王宮に住まうか、もしくは上級貴族に仕える道を選び中央区で暮らすことを決めた魔法使いを別にすると、王都に来た魔法使いは何故か西区で暮らすことを好む。

ゆえに、過去世から現在まで、西区でのみ魔法使いによる魔法を売る商いが営まれているのだ。

現在は数が激減しているので、表通りに看板を出している店が二軒、他に十ある魔法屋は祖母と同じく裏通りに店を構えている。

上級貴族は中央区、中級貴族は北、東区に好んで屋敷を構えるため、西、南区には上級・中級貴族の邸宅は存在しない。

領地を持たぬ下級貴族もしくは一般市民が暮らしており、中央区や北、東区のような高級品ではなく比較的安価な品が流通するのだが、西区には魔法を目当てに上級貴族の訪れも多い。


「……陛下の為を思って君が魔法をかけることを長官に伝えたのだがね。私の推薦であっても、君の力を信用できないから駄目だとの一点張りだった」


人々が明るい声で会話を楽しみながら行き交う中、対照的な暗い声ではあったが、ぽつぽつとセインは語ってくれた。


「ついには王太后様まで出て来られて 『私の息子をそなたの子飼いの魔法使いの実験台にでもするつもりか』 とそれはもう凄まじい剣幕で、とても話を聞いて貰えるような状況ではなくなったのだよ……」

「実験台……」


まさかそんな言葉が飛び出してくるとは……。

手ひどく厚意を踏みにじられては気持ちが落ち込み、表情に翳りが浮かぶのも当然だ。

気の毒に思うも、王太后はセインのことを己の息子から地位を奪う敵としか見ていないのだと思い至る。

セインを嫌いその優しさを受け入れる余裕のない王太后からすれば、セインの紹介する魔法使いなど、癒し手ではなく死神としか考えられないのだ。


「こちらから頼んだことであったのに、急ぎ過ぎてうまく段取りを組めずにすまない。陛下は、今は安定されておられるから……少し時間をかけて根回しするよ」


「実は、祖母のお客さんの中に第一王妃様に薔薇を献上している家のお嬢さんがいたのです。そのお嬢さんと仲良くなる事が出来まして、今度薔薇の献上に行く際私も連れて行ってくれることになったのです。そこで何とか第一王妃様のお心を掴んで、王太后様の許へ行けるように頑張ります。王太后様のお心を掴むことさえできれば、陛下に魔法をかけさせてくれると思うのです」


王を思うあまり性急に進めてしまったことを恥じるような雰囲気を滲ませるセインに、アナベルは少しでも喜んでもらいたくて先程あったことを話した。


「アナベル……君にそんな苦労は……」


ところが、セインは喜びの笑顔どころか苦しげな顔をして首を横に振ろうとする。

アナベルは袋の中から新しいチョコレートを摘まむと、その口元に運び言葉を止めた。


「私を結婚相手にと望むなら、頼って下さいと言いました。セインはたくさん頼って下さると言いました。私はセインに何もかもして貰うばかりであるなら、申し訳なくてお嫁には行けません。ですからこういう時はそのような言葉ではなく、よろしく頼むと言ってほしいです」


セインの返事は聞かず、今度は淡い青色の壁に白い扉の飴を売っている店に入る。

色とりどりの飴の入った瓶を一つ買い、言葉が出ない様子のセインに見せた。


「飴は珍しいものではありませんが、これも好きなのです。召し上がりますか?」


またまた暗い顔に逆戻りしそうなセインに、アナベルは笑顔でいてほしくて殊更に明るい声を作った。

そうして、赤い飴玉を一つ摘まんで己の口に入れた。新鮮なイチゴの味が口いっぱいに広がるおいしい飴だった。


「……そうだね。私も好きでよく作らせるよ。執務の間にこっそり舐めているとジャンに怒られるがね……」


セインが苦笑しつつ、紫色っぽいのをつんつんと瓶の外から突いた。

これを食べたい、という要求だと察しアナベルはブドウ味を取り出す。チョコレート同様にその口元へと運んだ。


【副隊長。私は橙色が欲しいわ】

「飴も食べるの?」


きゅきゅの要求に、思わず問うてしまう。

何を当然のことをとばかりに、きゅきゅは大きく首を縦に振った。


「何でも食べるのね……」


まさか飴までとは。

図鑑には載っていなかった事実に半ば呆然としつつも、アナベルは要求通りにオレンジ味の飴をきゅきゅの口元に運んだ。

これは、ぱくりと一飲みだった。

丸呑みしているので味わっているようには見えないのだが、目が嬉しそうに蕩けている。

きちんと美味しいと感じているようだ。

アナベルは飴を堪能しているきゅきゅからセインに視線を移すと、きっぱり宣言した。


「頼む、と言われなくても私はやりますよ。陛下がお元気になられればセインの気鬱が晴れる。それを知っていて何もせずになどいられません」


せっかく持って生まれた魔法力。

ここでセインの為に使わずに、他の誰のために使うのだと本気で思う。


「アナベル……」


感動したような面持ちで名を呼んだかと思うと、セインはアナベルを抱きしめた。

いきなり何をするのだと気が動転する。


「み、道の真ん中で抱きしめるなんて駄目です!」


抱きしめられるのを嫌とは思わないと言ったが、これは別である。

人目が大勢ある往来で思い切り抱きしめられて平気でいられるはずがない。アナベルは真っ赤になってその腕の中から抜け出した。


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