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038.お迎え

プリシラの姿が完全に見えなくなったところで、アナベルは店内に戻った。

再び鍵をかけカーテンを閉じる。

すると、薄暗い店内に明かりが灯った。


「アナベル……」

「おばあちゃま。どうして起きて……」


眠っているはずの人の声に驚いて振り返る。

そこには、笑顔であるのに涙目の祖母が立っていた。


「呪いの腕輪がはずれたと聞いて安心していたのだが、この目で見られて本当によかった。お前が死なずにすんで……」

「おばあちゃま!」


目元を拭う祖母にアナベルは駆け寄った。身を屈めると思い切り抱きしめる。

祖母も、力いっぱい抱き返してくれた。

そのぬくもりがとても心地よくてアナベルも目頭が熱くなった。


「おまえを見てすぐに言わねばならぬことだったのに、遅くなってすまぬ」

「謝る必要なんてないわ。それより、眠っていなくていいの? お嬢さんたちの為に無理したのでしょう?」


申し訳なさそうな顔をする祖母に、その背を撫でながらアナベルは首を横に振った。祖母は押しかけて来たお嬢さんたちの為に無理をしている。眠くなって席を外すなど当たり前のことだ。


「少し眠ったので、それなりに回復した。……今日はもう店を開けぬでな。魔法力を使うこともない。起きていても大丈夫じゃよ」

「それならいいのだけど……」


アナベルの見立てでも、先ほどに比べればかなり良い状態となっている。でも、もう少し眠っていた方が良いのではないかと言いかけるのを制すように、祖母が強い口調で言った。


「わしよりおまえのことじゃよ。アナベル」

「私?」


お嬢さんたちを追い払ってプリシラに魔法をかけるくらい、アナベルにはまったく問題ないことだ。

心配してもらわなくても構わないし、祖母とて大丈夫だと知っているだろうに。

何を真剣な顔をしているのだろうと、きょとんとして小さく首を傾げた。


「ペルヴィ川に散歩に出かけたお前が、そこで偶然月の欠片を持つ公爵様に出逢ったというのは、奇跡的な幸運として喜ぶことができる。そして、お優しい公爵様がおまえの窮状を哀れみ家宝を下さったということもな……」


重々しい声で語る祖母に、アナベルは何度も頷く。

セインがそのような聖人としか思えないほど人品に優れた人だったからこそ、アナベルはこの先も生きていけるのだ。祖母の言うとおり、奇跡的な幸運に感謝するばかりである。

ところが、セインの顔を脳裏に思い起こして笑顔となるアナベルとは対照的に、祖母は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「だからといって、結婚するというのはどういうことじゃ。交換条件なのか。お前の魔法を目当てに強要されたのであれば、それは優しい人間のすることではないぞ!」


今にも公爵家に怒鳴り込みそうな怒りをその目に感じ、アナベルは大慌てで否定した。


「おばあちゃま、それは違うわ! セインは無条件で下さると言ったのだけど、大切な品を無償でもらうわけにはいかないから、私のほうが出来ることなら何でもしますと申し出たのよ。そうしたら、結婚したくないから偽装の婚約者となってくれないかと頼まれて、お引き受けしたの。大事なところを連絡し忘れてごめんなさい!」


孫娘が意に添わぬ結婚をすることとなったと、さぞかし心配したことだろう。

だから、完全に疲れが癒える前に起き出してきたのだ。

言葉足らずの伝達となっていたことを、アナベルは反省した。


「そうなのか。おまえの方からのお礼……偽りなのか……そうさな。月の欠片は貴重な品じゃ。命がかかっていたとはいえ、無償でもらうのは申し訳ないことじゃな」


納得してくれたのか気配が柔らかくなった祖母に、アナベルはほっとして微笑んだ。

すると、店の前に覚えのある気配が二つ立ったのを感じた。


【ここよ、ここ! 魔法屋グローシアってちゃんと書いてあるわ。副隊長の名前と同じよ!】

「……でも、きゅきゅ。本日閉店の札が出ている。人間は、この札の出ている店の呼び鈴は鳴らさぬものなのだよ」

「!」


まちがいなく、きゅきゅとセインの声だ。

軒下に吊られた看板と扉に掛けてある札を見て話しているのはわかるが、なぜここにいるのだろう。王宮にいるはずの人の声に、アナベルはその会話を聞きながら瞬きした。


【副隊長はここにいるわ。いるのにどうして友達の私達が会っては駄目なの? セインは会いたくないの?】

「そ、それは会いたいが……」

【だったら、早くその紐を引いて】


こちらの意識にも響いてくる、完全にセインを押しているきゅきゅの強気の声が可愛くもあり楽しくもあり、アナベルはふふ、と小さく笑ってしまった。


「アナベルが出て来なくとも、怒っては駄目だよ」


困ったような声で言いながらも、セインが扉に付けられたベルを鳴らす紐を引くのがわかった。

りんりん、と軽快な音が小さな店内いっぱいに響く。

アナベルは笑顔のまま扉を開けて外に出た。


「はい。いらっしゃいませ! 祖母の家は教えていないはずなのですが、どうしてわかったのですか?」


護衛を付けると言われたが、断って空間移動魔法を使っている。

ダニエルやモリーであっても、アナベルの行き先は知らないはずなのだ。


「え?!」


すぐさま出てくるとは思っていなかったようだ。

セインは声が出ない様子で呆然とアナベルを見ていた。その肩にいるきゅきゅも少し驚いたようで、瞳をくるくるさせている。


「ちょうど最後のお客様が帰って扉を閉めたところだったのです」

「……私は、今日は仕事の能率が上がりそうにないから、早々に王宮を出たのだ。君の家を訪ねたくとも聞いていないことを思い出し……ペルヴィ川にでも行こうかと馬車を走らせていると、きゅきゅがアナベルの気配がすると言いだしてね……」


アナベルがにっこりと微笑むと、セインは気を取り直したように頷き、この場にいる理由を教えてくれた。

祖母がアナベルの後ろからその大きな身体を見上げている。次いで入り口の幅を測るような視線の動きで、プリシラのように入店を勧めることはできないと考えているのがわかった。祖母の魔法屋は出入り口がとても小さいというわけではないのだが、セインが入るにはちょっと無理がある。


「私の気配ですか……」

【私、気に入った人間の気配は覚えるわ。それで、少しくらいなら、離れていてもどこにいるかわかるのよ!】


セインの肩に乗ったまま、きゅきゅは心持ち胸を張るようにした。

己を誇るその姿を、アナベルは目を細めてそっと撫でた。


「だから会いに行こうと言うので、表通りのほうに馬車を停めてここまで歩いてきたのだ。君には君の用事があるだろうに、邪魔をしたならすまない」


申し訳なさそうな顔をしたセインの背後に、少し距離を置いて護衛騎士が数名立っていた。

目立たぬよう物陰に隠れるようにして気配をも消しているが、何事かあれば一瞬でセインの傍に立つのはまちがいない。

とはいえ、王都セレストは王の御膝下というだけあり、ベリルの中で最も治安の良い都市である。

その評価は国外においても高く、大陸一治安の良い都市とまで謳われている。おかげで、他国からの交易商人や観光客の訪れが多く、繁栄に陰りのない都市でもある。

だからセインが一人歩きしたところで身の危険はないとアナベルは思うのだが、護衛騎士たちはきっとそれは止めるだろう。


「終わったところですから、大丈夫です。訪ねてくださって感謝します。……おばあちゃま。このお方が私に月の欠片を下さった、マーヴェリット公爵様よ」

「な、なんと……」


ちょうど良い機会だと思い紹介すると、祖母は目を剥いて硬直した。

セインは、その祖母と目線を合わせるように身を屈めた。


「初めまして、セイン・マーヴェリットです。お孫さんにはとてもお世話になっています。誰より大事にするとお約束しますので、私の傍にいることをぜひとも許して頂きたいです」


「あ、頭を上げてくだされ……わ、わしにそのような、とんでもない……こちらこそ、孫の命を救って頂き、感謝しております! あ、あなた様はとても珍しい光属性の持ち主のようじゃし……孫が自分の意思でお側にいると決めたのであれば、わしはその意思を尊重するだけです」


頭を下げるようにして挨拶したセインに、祖母はしどろもどろになりながら言い募った。

間近で見て気が付いたのだろう。祖母は、セインの身分以上に、光属性の持ち主であることに驚いているようだった。そして、アナベルに対して悪い扱いをするようなことはないだろうと安心しているようでもあった。


「わかってくれて、ありがとう」


セインが差し出した右手を、祖母は両手で握り笑みを浮かべた。



◆◆◆



用事が終わった、と伝えたからだろうか。

祖母に挨拶を終えたセインはアナベルに、一緒に城へ帰りたいと言った。

すると、アナベルが返事をするより先に、祖母が快く微笑んだ。


「わしは明日の朝まで眠るので、一人で大丈夫じゃ。恩返しを頑張るのじゃよ」


そう言われては断る理由はないので頷くと、朗らかに見送ってくれた。

アナベルは、急な来客が祖母の眠りを妨げないよう守護の結界魔法を魔法屋全体に掛けた。

セインときゅきゅと共に店を離れる。

しかし、三人となると、セインの気配が萎れているように感じた。アナベルに話しかける口元は微笑んでいるのに、その顔には陰りが見える。肩も少し落ちている。

王宮で命の危険に見舞われたといった様子ではない。しかし、精神的にとても疲れることがあったように見える。だから、ペルヴィ川に行こうとしていたのだろうか……。

では、このまま城に戻っても気持ちは晴れないだろう。

アナベルは、表通りに向かって歩くセインの隣を歩きながら、何か彼の気晴らしになるようなことはないだろうかと考える。

そして、一つ閃いた。


「セイン。急いで帰らなければなりませんか?」

「いや、ペルヴィ川に行こうと思っていたくらいだから、特に急いで帰りたいということはない……」


理想の答えに、アナベルはセインの右手を取ってにっこりと笑った。


「表通りに、とっても嬉しくなるお店があるのですよ。行ってみませんか?」

「嬉しくなるとは……それは、楽しそうだ」


誘いに乗ってくれたセインの気配から、少しだけ重苦しいものが消えた。

アナベルはそれを感じて目が輝く。

薄茶色の石壁が続く道を抜け、広い通りに出た。

すると、景色ががらりと変わる。

薄茶色で統一されていた人通りの少ない静かな裏通りとは異なり、王宮のある中央区の中央広場に続く幅の広い大道、六頭立ての大型馬車が二台余裕ですれ違うことの出来る表通り。そこに林立する建物は色鮮やかで、人通りも多く賑やかで活気にあふれているのだ。

赤茶色の三角屋根の建物は、両隣とほぼくっつくようにして建っているが、各々違った淡い色で外壁が塗られている。

一階部分は店舗で、二階部分が居住空間となっているのは裏通りと同じでも、その二階部分に付けられているベランダや窓枠にまで凝った装飾が施されているのが表通りの建物である。


王家の直轄領であるセレスト王都は、五つの区に分かれている。

王宮を中心として広大な正円の形で整備された中央区。

中央区の外周から放射線状に土地を広げて区画整備を行い、東西南北に分けた四つである。

その、東西南北の区にはそれぞれ一本、中央区の中央広場へとまっすぐに続く大道が作られている。

それがどの区であろうと表通りと呼ばれ、他はすべて裏通りと分類される。

アナベルの祖母の魔法屋は西区の端のほうにあり細い路地に面しているが、だから裏通りの店というわけではないのだ。

特別薄暗いわけでも細い悪路でなくとも、一本の大道以外はすべて裏通りなのだ。

すべての区の大道が通じている中央広場は、王宮外門の前にある。

王都の道を詳しく知らぬ者であっても、中央区に向かって大道を歩けば必ず王宮外門の前に辿り着けるようになっているのだ。


「こちらです」


淡い桃色の外壁にアーチ型の格子窓の窓枠は黄緑。そして、ベランダに使用されている白石には蔦薔薇の彫刻が施されている。アナベルは、女性の好むお洒落なその店にセインを連れて行った。


「何を売る店なのだ?」


店名を示す看板は出ているのだが、扱う品を分りやすく説明するようなものではない。

しかも、店内に集っているのが女性ばかりであるのに、セインはこの店の商いの内容が思いつかないのだろう。不思議そうに首をひねっている。


「ちょっと、待っていてくださいね」


祖母の魔法屋と同じくセインが中に入るのは無理そうなので、アナベルは一言断ると一人で店内に入った。

そうして素早くお気に入りを購入すると、駆け足でその許に戻った。


「これです!」

「……チョコレート、かい?」


アナベルが口を開けて見せた袋の中には、その通り。小さな正方形のチョコレートがたくさん入っていた。


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