023.不貞の次は詐欺師……。
「犯罪者?」
セインが怪訝に問い返す。
貴族たちも、ブルーノの不穏な叫びに色めき立った。
アナベルは、セイン以外の者達から寄せられる不審を露わにした視線に否定しようとするも、それより先に勢いづいたブルーノが言葉を続けた。
「さようでございます、宰相閣下! この女は魔法使いではありません。我が領の者達を言葉巧み騙しては金品を巻き上げた詐欺師なのです!」
「詐欺師ですって?!」
オリヴィアが目を丸くして驚きの声をあげながらも、その口元は大いに喜んでいた。
これで合法的にアナベルをセインの傍から追い払えると思ったのだろう。
「その証拠は?」
ざわざわと揺れるその場を静めたのは、セインの低く冷めた声だった。
「そ、その女は魔法を使ったことなどございません! 領民に、魔法で問題を解決してやるからと先に高額の報酬を要求し、それを持って逃亡したのです。それがまさか、王都にて今度は宰相閣下をたぶらかしているとは、なんと恐ろしいことでしょう!」
ブルーノはセインの冷ややかな気配に多少委縮するも、自信を持って最後まで言い切った。
ブルーノの記憶からアナベルが魔法使いであることは消えている。
だから、セインがアナベルを魔法使いと紹介したのを聞いて、この作り話を思い付いたのだろう。
アナベルのほうがセインに取り入るために嘘を吐いているとしか考えず、それを暴く己は英雄のような扱いを受けると信じて疑っていないはずだ。
それにしても、不貞の次は詐欺師……。
いくらアナベルがセインと結婚するのを阻みたいからと、よくもまあ咄嗟にすらすらと人を人とも思わぬ嘘が繰り出せるものだ。勝ち誇るかのように胸を張ってこちらを見ているブルーノに、アナベルは怒声を上げるのではなく、微笑みを返した。
「あなたが何を言っているのかわからないわ。私は偽りなく魔法使いであるし、人様に詐欺など働いていない。冤罪を着せて名を貶めると言うなら、それ相応の報復をするわよ」
ブルーノの語る言葉など、アナベルにとって何ら脅威となるものではない。
それどころか、これでブルーノは底なし沼に自ら進んで足を突っ込んだも同然である。
「なんだと……開き直るつもりか。犯罪者の分際で生意気な! 魔法が使えぬことはどう足掻いても誤魔化しようがないだろうに。己を魔法使いと言い張るなら、この場で宙にでも浮いて見せろ!」
出来ないだろう馬鹿め、と続きそうな勢いでブルーノが怒鳴り返してきた。
アナベルは、なんと己に都合よく順調に進むことかと、嬉しくて堪らなかった。
「宰相閣下をたぶらかして結婚しようなどとは、なんたる悪辣な人間だ! 斬首は免れぬと覚悟……えっ?!」
アナベルを断罪しようとするブルーノの声が途切れる。その目は限界まで見開かれ、口まで大きく開けて呆然となった。
「もっと高く浮くことも可能だけど、これで充分でしょう」
アナベルは床から五十センチほどの高さに浮き上がり、そこで制止していた。
「う、浮いている……」
「浮けと言うから浮いて見せたのよ。私は上級魔法使い。これくらい簡単なことだわ」
鼻で笑って愕然としているブルーノを見下ろす。
そのブルーノとは対照的に、犯罪者という言葉に不安げな囁きを零していた貴族たちは、宙に浮くアナベルにそれを払拭し、感心した様子で見入っていた。
「中級魔法でも宙に浮くのは確か不可能だったような……」
「私もそう記憶している。それをああも容易くやって見せるとは……」
「上級魔法使い。素晴らしい!」
「聖獣飛竜が、詐欺師になど懐くわけがないな」
アナベルに対して好意的な声が場内に広がっていく。
ブルーノはそれに焦り、大きく首を横に振った。両腕を広げ、大仰な身振りで人々に訴えた。
「これは何かの間違いだ! 仕掛けがあるに決まっている。この女は魔法使いではないのだ。私はそれを知っているのだ!」
「なぜ知っているのだ?」
ブルーノの必死の叫びに応えたのは、セインの冷静な声だった。
「え?」
ブルーノが気勢を削がれて目を瞬く。
「君は彼女のことを領民を騙した犯罪者と言った。そのような犯罪者と領主の息子たる君が親しい付き合いをするはずがない。だから君と彼女は、君の認識では追う者と追われる者という、それだけの関係なのだろう?」
「さ、さようでございます……」
探るようなセインの問いに、ブルーノは少し顔を強張らせながらも頷いた。
それを見てセインが薄く笑う。
「ならば、単に君の知る場で魔法を使わなかっただけという可能性がある……それを魔法使いではないと決めつけるのは早計ではないかね。しかも詐欺……金品を奪われた被害者を私の前に連れて来てくれ。そうでなければ君が何を言おうと私は信じぬよ」
「被害者……」
ブルーノは、呆けたようにセインの言った言葉を繰り返した。
彼は今回の詐欺師という嘘も、婚約破棄同様に無条件で人々に受け入れられると高をくくり、アナベルが自分の出世を阻むことはできないとほくそ笑んでいただろうが、そうはいかない。
アナベルは正真正銘の上級白黒魔法使いである。
呪いの腕輪のことでブルーノを問い質した際、アナベルが魔法使いであることを知ったブルーノが、その力を利用しようと領地を離れても探して付き纏ってくる可能性を考慮した。
それで記憶を消したのだが、思わぬところで役に立った。
ブルーノの頭の中には今、まさか、まさか、の言葉が飛び交っていることだろう。
大誤算により危機に陥り、真っ青になって震えている姿が目に楽しい。
「当然だろう。彼女は立派な魔法使いであるのだし、詐欺というのは被害者がいてこそ成立するものだ。証拠の一つも用意せず、自身の言葉のみで何もかも信用してもらおうなど、そんな甘い考えは私には通用しないよ」
「っ!」
ブルーノはのどに声を詰まらせて呻き、目を彷徨わせた。
自分を慕う者しかいない領地では何を言っても賛同を得られるのに、セインにはまったく相手にされない。
その事実に激しく動揺しているようだった。
「それにね……君の彼女に対する気安い態度を見ていると、ただの詐欺師を相手にしているようには見えぬのだ。彼女のことをよく知っているようにしか見えぬのだよ。まるで幼い頃からの知り合いのようだ……」
「なっ……そ、それは……」
最後に含みを持たせるようにして笑ったセインに、ブルーノは額に大粒の汗を滴らせた。
ブルーノは、ここでセインの言葉を肯定することはできない。
それをしてしまうとアナベルの素性にまで言及され、自身との関係を暴かれるかもしれないからだ。
だからと否定すれば、たいして知りもしない人間を己の勝手な判断で魔法使いでないと断定した、ということになり、被害者もいないのに詐欺師呼ばわりしたことにもなる。
それは、マーヴェリット公爵の婚約者に公の場で冤罪を着せるという、取り返しのつかない失態を犯したことにも繋がる。
国政の長である宰相の機嫌を損ねるような真似をして、どうして出世が見込めるものか。
あくまでも、領内を騒がせた犯罪者の女がここにいた、ということにしてアナベルを排除したかったブルーノにとって、今の状況は最悪でしかない。
アナベルは、なんとか取り繕おうとしているブルーノに心の内で嘲笑しながら、空中浮揚をやめて床に足を付けた。
するとセインに肩を抱かれた。
耳元に唇が寄せられ、そっと囁かれる。
「あの男が、君に酷いことをした婚約者だったのではないか?」
周囲には聞こえないであろう小さな声で問われたそれに、アナベルはこくりと頷いた。
「そうか。君が私に自身のことを悪しざまに言うと懸念して、作り話で君を排除しようとしたのだな。どうしようもない男だ。あんなゴミと結婚しなくて済んでよかったね、と言ってもいいかい?」
「はい!」
笑みを浮かべてセインの瞳を見つめると、アナベルを労わってくれるような柔らかな眼差しが返ってきた。
だが、この場でセインとの和やかな時間を楽しめるわけはなく……ブルーノの暗いものを背負う陰険な声が、次なる主張を繰り出してきた。
「彼女は宰相閣下のおっしゃるとおり、詐欺師ではないのかもしれません。ですが、彼女には婚約者がおりまして、不貞を理由に婚約を破棄されております。これは事実です。私はきちんと調べてあります。そのような貞節を守らない女との結婚は、宰相閣下の明るい未来に必ず暗い影を落とします。どうかお考え直し下さいませ!」
「…………」
嘘吐きの詐欺師としてアナベルをこの場から追い払おうとした目論見が失敗し、自身の立場が危うくなったブルーノは、切り札のように不貞と婚約破棄を口にした。
ブルーノはその婚約者が自分だということは隠しているが、セインはもう知っているのだ。
横顔を見ているだけでもわかる。ブルーノの言葉など、何一つ彼の心に響いていない。
アナベルはそれにくすぐったい幸せを感じて心があったかくなるも、ブルーノに憎々しげに見据えられ居住まいを正した。
「彼女の右の手首には、不貞を立証する腕輪が填められています。はずれない、ということが婚約者を裏切った何よりの証。宰相閣下もこの場におられる皆様も、どうぞご確認なさってください!」
まるでこの場の主役のように、ブルーノは意気揚々と声を発した。
その顔はどう見ても、アナベルが嫌がって抵抗するのを期待している。
だが、そんな期待に応える義理などないアナベルは、口角を吊り上げて笑むと右腕を高々と掲げるようにした。
「え?」
真っ先に声をあげたのはブルーノだった。
アナベルの白く細い手首には、何も填められていない。
それは誰の目にも明らかだった。
「そのような怪しげな腕輪など、彼女の手首の一体どこにあると言うのだ。私には見えぬぞ」
セインが嘲笑交じりにブルーノを見る。
他の貴族たちもそれに倣い、不貞を立証できる腕輪など訳がわからぬと一笑に付した。
「ば、馬鹿な……なぜ腕輪がはずれているのだ!」
大勢の者から嘲弄を浴びるブルーノは悲鳴のような叫びをあげた。
アナベルはその姿を冷めた目で見据えた。




