022.とんとん拍子に進む養女話
「公爵様。お誕生日、誠におめでとうございます」
瞳の色と同じ深紅のドレスを纏うオリヴィアは、優雅な所作でセインに向かって礼をした。
「ありがとう。私が伴侶を迎えないことで、君にはずいぶんと心配をかけてしまったね。だが、それも今宵で終いとなった。これ以上気を遣わせずに済むことに、安堵しているよ」
満足そうに言葉を返したセインに、顔を上げたオリヴィアは、その面に咲き誇る花よりも美しい笑みを浮かべていた。
「いいえ、私の心配は尽きません。あなた様はこのベリルを支える尊きお方。その伴侶となる者には高貴なる血筋と美貌。そして教養が必要です。そうでなければ誰も納得いたしませんわ。人々の納得の得られない結婚など苦しい道を歩むだけ……どうか、あなた様を頼りになさっておられる陛下の為にも、自ら進んで心労を背負うような選択はなさらないで頂きたいですわ」
オリヴィアは胸を張るようにして堂々と言い放ち、セインの選んだアナベルを真っ向から否定した。
ラッセル侯爵家も名門であるが、それでもマーヴェリット公爵家には劣る。
にも拘らず、オリヴィアは自身の発言を上位者に対して礼儀知らずなものとはまったく思っていないようだ。自分の考えは正しいのだから言っても構わない、と彼女の全身に漲る雰囲気が物語っていた。
「君は、私と彼女の結婚を誰も認めないと言うのだね」
セインが少し低くなった声音で問うのに、オリヴィアは艶やかに紅の引かれた唇を美しく微笑ませた。
「私、妙齢の上級貴族の令嬢はすべて知っておりますが……そちらの方は存じ上げません。公爵様のお選びになった方にこのようなことは言いたくはないのですが、貴族の家は血筋というものを大切にしなければならないと思うのです」
言いたくはないと言いながら、大勢の目がある場所で上級貴族の血を持たぬ者との結婚などやめろと言える。その遠慮を知らぬ物言いに、何をしても許される甘やかされ放題の暮らしが垣間見えた気がした。
「血筋か……確かに、それを気にする者はここにも大勢いそうだ」
と言ってセインが周囲を軽く見渡すようにすると、オリヴィアは自身の言葉が受け入れられたと思ったのか、嬉しそうに頬をほころばせた。
「考え直して……」
「アナベル・グローシア嬢は、上級白黒魔法使いだ。一般市民であろうと、上級貴族の令嬢よりも遥かに貴重で重要な血の持ち主である。それでも彼女が貴族でないことが気になるなら、こうしよう」
セインはそこで言葉を切り、オリヴィアではなく、こちらを注視している招待客達に向けて面白そうに笑んだ。
「彼女を娘として迎えてくれる家はないか! さすればこの私、セイン・マーヴェリットの縁戚となれるぞ。妻の実家として厚遇してやろうではないか。悪い話ではあるまい?」
いつの間にか楽隊の奏でる音は消えており、セインの声は会場内によく響いた。
皆、固唾を飲んで聞き入り、頭の中で養女の話を受け入れるかどうか計算しているのがわかる。
「わが家が……」
中年の貴族が進み出てくる。
すると、その貴族を押しのけるように他の者達も進み出てきた。
「いいえ、我が家が……」
「ぜひとも我が家にアナベル嬢のお世話を!」
「いいや、我が家だ。公爵様、なにとぞわたくしめにお任せを……」
立候補の声は後を絶たなくなり、争いに発展するのではないかと恐ろしくなるほどの勢いとなった。
貴族たちが異様に熱の篭った目でアナベルを見るのに、ぞっとして慄いてしまう。
我知らず身体が震えると、セインが優しい目を向けてくれる。
大丈夫だよ、と無言でありながらもその言葉が聞こえてきそうな眼差しに、気持ちが落ち着いた。
「皆さま、冷静に! いくら公爵様のお言葉に心惹かれようと、氏素性のはっきりしない者を貴族の家に招き入れるなど、とんでもないことでございますわ! ご先祖様にどのように申し開きなさるのです!」
貴族たちの喧騒を掻き消す勢いで、オリヴィアの焦りが滲む大きな声が響いた。
しかし、その言葉に賛同する者は誰一人として存在しなかった。
「氏素性がはっきりしない一般の民と言っても、公爵様が選ばれた方だ。犯罪者ではなかろうし、上級白黒魔法使いとなれば、確かにある意味貴族よりも貴重な血である。しかも、公爵様の聖獣がずっとその肩に乗っている。心根が素晴らしい何よりの証拠ではないか。わが家にお迎えして何の問題もない」
一人の貴族がそう答えると、他の貴族は揃ってその意見に賛同した。
そしてアナベルに笑顔を向けてくる。
「アナベル嬢。ぜひとも我が家の娘となり、マーヴェリット家に嫁いでください!」
「…………」
足元に跪きそうな勢いで一斉にそう言われても、アナベルはどう返事をすればいいのかわからない。
笑顔を心がけようとは思うものの不可能で、口元を引き攣らせてしまった。
すると、セインが代わって応えてくれていた。
「皆、快く引き受けてくれるのだな。私はとても嬉しく思う。とはいえ、彼女の身体は一つきりだ。そなたら全員を養父とするわけにはいかぬ。すまないが、後日私の方からどちらかの家に話を持って行く」
「楽しみにお待ちしております!」
これまた一斉に声が返り、とんとん拍子に進んでしまった養女話に、アナベルはマーヴェリット家の権勢の強さを実感させられた。
セインがこの結果に楽しげに目を細めながら、悔しそうに唇を噛んでいるオリヴィアを見た。
「どうやら、私の結婚は人々の納得を得られるようだ。だが、私はたとえ納得が得られずとも、彼女と結婚することを後悔したりはしない。苦しい道を歩むとも思わぬよ。君は彼女を悪しざまに貶めるようなことを言ったが、私はそうは思わない。彼女は世界で一番美しい人に見えるし、知性も充分以上にあると思う。私には勿体ない人だよ」
持ち上げすぎのセインの言葉に、アナベルはかあっと顔が熱くなってしまう。
真摯な口調でこんなことを言われては、舞い上がって頭がぼうっとしそうだ。
「そんな……尊き御身のあなた様の妻は、最高の女の私でなければならないというのに! あんまりですわ。私の一体何が気に入らないとおっしゃるのですか!」
オリヴィアは柳眉を吊り上げ、激高して甲高い声をあげた。
自分のことを最高の女と言い切れるとはすごい。
確かに美しい女性ではあるが、その自信過剰なところがセインは苦手なのだろう。
アナベルがそんな風に考えていると、オリヴィアは殺意まで感じる憎しみに溢れた目でこちらを睨んできた。
「何をして公爵様を惑わせたの! 私のどこが、あなたに劣ると言うのよっ!」
「何もしていません。お互いに一目惚れなんです」
アナベルはセインから女性を遠ざけるための、弾除けの偽装婚約者なのだから、ここはオリヴィアの憎悪に怯むところではない。
堂々と嘘を吐かねばならない場面である。
「なんですって?」
オリヴィアが顔を歪めるようにして怪訝な声をあげた。
そのオリヴィアに見惚れてぽうっとしていたブルーノも、アナベルの発言に不思議そうな顔をしている。
ブルーノの様子から察するに、王都で見かけて懸想している相手とは、どうやらオリヴィアのことのようだ。
しかし、ここでオリヴィアがセインを諦めたとしても、王妃を目指すオリヴィアがブルーノの手を取ることはないだろう。
似たような性格の二人とは思うが恋には発展せず、ブルーノがラッセル侯爵家に養子に入って出世に利用することはできないのだ。それを知ることができたのは大収穫である。
「ペルヴィ川で出会いまして……そこで……」
上目遣いでセインを見つめる。
セインは、柔らかな笑みを浮かべてアナベルの話に合わせてくれた。
「ああ。そうだね。私は一目で君に恋をしたのだよ」
「…………」
話を合わせて貰わねば困るのだが、自分だけをその瞳に映して甘い声音で真っ直ぐに言われてしまうと、偽りとわかっていても胸が高鳴ってどうしようもない。
自然とセインの顔に見入ってしまう。
状況を忘れかけたアナベルを現実に引き戻したのは、オリヴィアの声ではなくブルーノの叫びだった。
「宰相閣下。そのような女に恋をしてはなりません。その女は犯罪者です!」




