176.まずは挨拶を受けてから……。
「公爵様。偲ぶ会、華やかでなによりです。本日は貴重なお品を拝見できる場にお招き、誠にありがとうございます」
ふわふわの金髪を今日は丁寧に撫で付けているレオニス・ルードの涼やかな声が温室に響く。
「急な招きになってしまったが、受けてくれてありがとう。楽しんでもらえたならなによりだ」
セインの柔和な対応にレオニスはにこやかに目を細めた。
「貴族の頂点たるあなた様のお招きです。たとえ当日であったとしても喜んで伺わせて頂きますとも。父の代ではあまり付き合いがありませんでしたが、今後は懇意にさせていただければありがたく思っております」
なるほど。
元王女を偲ぶ以上に、とりあえずこの機を利用してマーヴェリット家と交流を持っておこうと考えたのだ。敵対するからこそ、相手方の情報は得ておきたいとでも思ったのだろう。
「……」
毒虫扱いで嫌悪し、ゆくゆくは蹴落として宰相位を奪おうとしているなどまったく感じさせない、いたって穏やかで礼儀正しい態度である。上手に社交用の仮面を被るものだ。自分には上手く出来ないそれに、アナベルがついじいっと観察してしまっていると、レオニスがこちらに視線を向けていた。
「偉大な魔法使い様には『百花繚乱』がことのほかお似合いでございますね。とてもお美しい。さすがは公爵様が陛下であろうと渡さないと仰るお方だ」
どこか冷ややかな感情が透けて見えるので、これはただの世辞だろう。が、一応は褒めてくれているのだ。公の場で下手に否定して角を立てるのは非礼にあたる。
アナベルは会釈して礼を述べようとした。
「そなたもそう思うかい? 私も彼女に身に付けて貰うことが出来て、とてもうれしく思っているのだよ。母も天の国できっと、自身より似合うと褒めているはずだ。彼女のような光り輝く人に出逢えた私は本当に幸せ者だよ」
アナベルが口を開くより先に、浮かれきった口調でセインが言った。アナベルにすっかり耽溺し、猫かわいがりしているとしか思えない。そのでれでれした様子に、レオニスがちょっとぽかんとした。いや、アナベルのほうも呆気にとられて立ち尽くした。
「セイン。何を言って……」
「結婚する気がないのかと大勢の気を揉ませていたお方とは思えない変わりようですね」
あんぐりするアナベルの声に、レオニスの驚きを隠せないでいる声が重なっていた。
「それは変わるよ。アナベルは私の最愛だもの。私に出来ることならどんなことでもしてあげたいと思っているよ」
「どんなことでもとは……もしや、ベリルの女性第一位であられる王妃様以上の贅沢をさせてあげるおつもりとか仰いますか? いよいよ、マーヴェリット家が王家以上の財力を持つことを、噂ではなく真実であると証明されるのですね。恋に落ちた公爵様の愛の深さに、私は感動を覚えるばかりです」
レオニスは満面の笑みを浮かべ、周囲に聞けとばかりに声を張っていた。
「あなたなにを……」
感動とか言っているが、これは絶対褒めていない。今後、セインがアナベルへの愛を方便にして、マーヴェリット家が王家に勝っていると世間に見せつけるつもりだろうと揶揄しているのだ。
それを大勢の耳目がセインに向いている中で言い放つとは陰険で忌々しい。
アナベルがむっとして眉を跳ね上げたと同時に、セインに背後から抱き込まれていた。
「いいから。いいから。そんなに怒るようなことじゃない。招いたのはこちらだ。挨拶くらいは受けてやらないとね」
やんわりと耳元で囁かれる。
「でも……」
王家にいつも気を遣っているセインの気持ちを蔑ろにされているとしか思えず、アナベルは納得できない。悔しくてレオニスを睨みそうになっていると、セインがにこやかにとんでもないことを言った。
「王妃様以上というのがどういうものかはよく分からないが、私はアナベルに相応しいと思う品ならなんでも贈りたいと思っているよ。たとえそれが王妃様のお持ちでない品であろうと、関係ない。贈りたいと思ったら贈るだけだ」
「!」
気負いなく当たり前の顔をして、なんということを言うのだ。
セインの発言に仰天しすぎて、アナベルは言葉なくその姿を見ることしか出来ない。
一方レオニスのほうは、自身の言葉をあっさり肯定した、外聞を気にしないセインの態度に意外そうな顔をして瞬きする。興ざめしたとばかりにアナベルのほうだけ見てにっこりと笑んだ。
「婚約者様は、最高の方に愛されておりますね。こうしてお話しするのは初めましてとなりますが、お姿は先日王宮の王太后様の宮でお目にかかりました」
「私も、拝見しました」
軽く一礼したレオニスに、ムカムカしながらもアナベルも同じ礼を返す。セインに対して穿った見方をしないでとどうしても咎めたくて落ち着かない。
「500年振りの奇跡とも言える魔法使い。その素晴らしい力を持って生まれたおかげで陛下とマーヴェリット公爵、この国を支配するふたりから寵愛される。幸せばかりの人生ですね」
「……」
王宮の侍従たちと似た言葉を聞かされて、セインに謝れと怒鳴りつけようとしていた頭が冷えた。
世の中にはアナベルという存在に、そう考える人間のほうが圧倒的に多いのだ。『目立たず生きたほうが良い』との祖父の言葉が脳裏をぐるぐる巡る。
「だからあなたは王妃の地位になどこだわらない。こだわらなくとも彼らにベリル一の女性として尊重してもらえますものね」
「ベリル一?」
レオニスの声音にどうしてもいやなものしか感じず、眉がぴくぴく震えた。
「あなたはただの一般市民であるのに、身分も教養の壁もいとも簡単に乗り越えることが出来る。魔法使いとは本当に良き存在に生まれましたね。とても羨ましいことです婚約者様」
羨ましいと褒めておいて、その実そうではない。
悦に入った目をしているレオニスは、おまえには魔法使いであることにしか価値がないのだとアナベルを嘲弄しているのだ。そんなレオニスの正面に、セインが立とうとした。
「そなた、囀りすぎ……」
気配が劇的に変じているのを目の当たりにしたアナベルは咄嗟にその右腕を掴んだ。
「あわわわわわ、待って、待ってくださいっ。挨拶は受けると言ったじゃないですか」
慌ててセインの右腕を引き、強引に自身の後ろに隠すようにする。
「アナベル……」
阻んだことが納得いかないようで拗ねた目をして首を振る人に、アナベルはその耳元に口を寄せて囁く。レオニスや周囲に聞こえないようにするため、風魔法も使った。
「どうしてここで怒るのです? ご自身のほうが遙かに失礼なことを言われているのですよ」
「いいや、今のほうが無神経すぎる。あれは君の尊厳を踏みにじる言葉だ。許せない」
「……」
本気で猛烈に怒ってくれているセインに、うれしいやら面映ゆいやらでアナベルは困って首許を搔いた。
「おまえたち本当に仲良いよな。自分のことだったら笑って許すのに、相手のこととなると滅茶苦茶怒る。結婚前からすっかり似た者夫婦だな」
【まったくだわ~~~】
こちらに戻ってきたジャンときゅきゅの面白がっているとしか思えない声に、アナベルは苦笑する。
セインと共に温室に来たものの、ジャンは待ち構えていた女性たちにさっと囲まれて少し離れた場所に連れて行かれていた。今も乗っているのだが、最近きゅきゅが肩に乗るようになってますます人気が高まっているのだとアナベルはセインから聞いている。
マーヴェリット家の縁戚で、美男でセインが最も大切にしている側近。女性にだらしがないのが玉に瑕と思いきや、聖獣様が肩に乗る綺麗な心の持ち主だった。となれば女性たちだけではない。結婚さえすれば妻を大事にするよき夫となるのでは、と多くの家の当主たちが娘の婿にとかなり激しく取り合っているそうだ。
「なんです一体? よく聞こえない……」
自身が主導権を握って話をしていたはずが、唐突に会話の置いてけぼりを食らったレオニスは、不機嫌そうに顔を顰めていた。が、その嫌そうな視線が向けられている先は、セインでもアナベルでもなく、ジャンだった。
妙に気にしているように見えるそれに、やはり知り合いなのだとアナベルは思うも、レオニスがジャンに話しかける様子はないので、こちらから声をかけた。
「私が魔法使いであることを、お褒めいただき光栄です。ルード侯爵家のご子息様」
名を呼ばれたことで、はっとした様子でレオニスはアナベルに視線を戻した。正直に、驚いた目をしている。
「名乗った覚えはないと思うのですが、私のことをご存じだったのですね。さすがは偉大な魔法使……」
「魔法は関係ありません。あなた様は私の実家にいらぬちょっかいを掛けるお人だから知っているのです」
アナベルはレオニスの追従をぴしゃりと遮った。
「あなた様の実家? 王都住まいの一般市民と伺っていますが、私は何かした覚えなどありませんよ?」
きょとんと童顔を傾け、すこぶる可愛らしく問うてきた。が、その目だけは、このような目立つ場で言いがかりを付けるのかと、アナベルに向けて冷ややかな闇を見せていた。
アナベルはそれが本性であろう冷たい目にフッと微笑む。近くでそわそわしている叔父の腕を取り自分の隣に立たせた。
「招待した側として、あなた様の挨拶は充分に受けました。今度はこちらの話を聞いてもらう番です」
「話?」
「この方、ご存じですよね?」
背中を少し押すようにし、叔父の顔がレオニスによく見えるようにする。
「……家業の取引相手のひとりと思いますが、それがなにか?」
レオニスは叔父を見て素直に答えたものの、その表情は少し困惑していた。おまえに関係ないだろうと言わんばかりの雰囲気を漂わせる相手に、アナベルは口角を吊り上げた。




