152.宝石探しには怒りが付き纏う
ところがアナベルの努力虚しく、花は咲かず宝石も見つからないままとうとう二週間が経過する……。
「あと少しなのだけど……」
花に関してはようやく目処が立ったものの……己の手際の悪さがいやになるばかりのアナベルだった。
セインは、アナベルが言った一か月との言葉に重きを置いてくれている。先日管理者たちから助けてくれた後も、特別なにか問うてくるようなことはなかった。
が、どこか不安と心配の感情が入り混じった、複雑な眼差しを向けられることが多くなったように感じる。
「心配掛けたくないのに……」
これぞという宝石には出逢えない。守護魔法作りが予想外の大事になってしまった。秘密を持って行動していることで彼を悩ませていると思うと、非常に申し訳ない。
アナベルは祖母の魔法屋の手伝いもおこなう。さらにはモリー達と共に結婚式の準備も進めている。
すべての時間を宝物庫訪問とチューリップの生育にあてて過ごしているわけではない。
それでも時間が掛かりすぎだと自己嫌悪に陥るばかりだった。
しかも、宝物庫には鬱陶しい管理者達が毎日手ぐすね引いて待ち構えている……。
「あれもいらないこれもいらないと言うばかりでなく、いい加減素直になってはいかがですか?」
「こちらの宝物庫の品は、どれもが最高の品ばかりなのですよ。陛下は、あなた様のおねだりをお待ちでございます」
これらの言葉をもう何度聞いたかわからない。
アナベルは宝石を探しながら今日もうんざりと、後ろをぴったりとくっついて来るふたりの管理者を薄眼で見遣った。
「まったく待っていません。陛下にそのような感情はないのですから、お気持ちを勝手に作らないでください。不敬ですよ」
ジャンから王が自分のことを好ましく思っていると聞かされて焦ったものの……その後。
顔を合わせた王から、自分に対して恋情のような熱いものは特段感じなかった。
話をするのが楽しいという気配は感じたが、ただそれだけだ。たんに、ちょっと親しく思っている相手といったところだろうと安堵した。が、管理者や侍従達はとにかく王はアナベルを妃にしたいのだと決めつけており、その意志を変えようとしない。
セインの言葉が効いているおかげで過剰に詰め寄られることはない。といっても面倒くさくて頭の痛いことに変わりはなかった。
「陛下のお気持ちを勝手に作るなど、そのような不敬な真似は致しません。私は陛下を拝見してはっきりと感じることをあなた様にお伝えしているだけにございます」
揺るぎない態度で返される。
アナベルはげんなりして天を仰ぎそうになった。
「何を感じているのか知りませんが、それを勘違いと思わないところがすごいですね」
「あなた様のお気持ちが公爵から陛下に移りさえすれば、勘違いではなく真実と証明されます」
心持ち胸を張った、堂々たる態度で言い切られる。
「たとえどのような殿方が目の前に現れましても、私の愛はセイン・マーヴェリットの許にしかありません。あなた方が傍にいると集中が切れて探しにくいのです。一刻も早く見つけて終わりにしたいので、私のことは放っておいてもらえませんか?」
こめかみがぴくぴく震えた。
魔法を使って黙らせたい気持ちになるのを、手を握り締めてぐっと我慢する。
「本当にちゃんと探しているのですか?」
管理者はどこかアナベルを小馬鹿にするように笑っていた。
「え?」
なにを言っているのだと眉をひそめるアナベルに、したり顔で管理者は言う。
「誰にも治療できなかった陛下のお身体を治した偉大な白魔法使いが、たかが宝石ひとつを二週間かかっても探し出せないなんて。そんな話どう考えてもあり得ません」
「見つけられない振りをしているだけなのでしょう?」
「は?」
ふたりに畳みかけられて、アナベルははっきりと顔が歪んだ。
「本当は宝石が見つからないことにして、ずっと王宮に通いたいのですよね?」
とんでもない思い違いを、管理者はにやにやと正論のように振りかざしてきた。
「たくさんの宝石の力をずっと感じていると頭が痛くなって選定に時間を食っていることは、謝ります。偉大ではなく駄目魔法使いと罵ってもらったので結構です。ですがあと二部屋で終わりですよね? すべて見ても見つからなかった場合は、見つからなかったと正直に陛下に申し上げてきっぱりお暇します。見つけられない振りなど、命に誓ってもしておりません」
怒りで目が据わる。
見つけたいのは山々なのだが……すべて見た上で見つからなかったと報告したならば、王も納得してくれるはずだ。それで花を渡せば王宮通いはおしまいにできる。そうとしか考えていない自分になんと言うことを聞かせるのだ。
アナベルのムカつきはどんどん上昇していく。勝ち誇る管理者ふたりを、眉を吊り上げてぎっと睨んでしまった。
「そんなに一生懸命誤魔化さなくてもよろしいのですよ。私たちはあなた様を責めているのではありません」
「……」
アナベルが睨んだところで管理者は意にも介さなかった。
自分の考えだけが正しいと思い込み、他の意見はまったく受け入れようとしない人間に、アナベルは苛立ちを突き抜けてあ然とする。
「言葉ではどのようにおっしゃられようとも、あなた様はとても嬉しそうに陛下のお招きを受けている。宝石を探すよりも、陛下と語らうお時間のほうを楽しみにされているのはよくわかりますよ」
私たちはちあゃんとあなたの本心を知っているのです。と、管理者は自信満々に言ってのけた。
「我が国に陛下のお招きを機嫌悪く受ける人間などいるのですか? 邪推はよしてください」
王の語ってくれるセインの話は心の浮き立つものばかりで、もっと聞きたいと弾む気持ちが態度に現れすぎていたようだ。
自分の不用意な態度を悔やみつつ、王宮とは自分には合わない場所だと心底実感する。
「あなた様さえお心を決めて公爵との婚約を破棄してくだされば、あとはなんの不安もございません。私どもが幸せな妃となれるよう、どのようなお手伝いでもいたします」
「すばらしく優秀な魔法使いたるあなた様は、四人目の妃となるのになんの不足もございませんからね」
「耳が腐りそうなことを聞かせないでくれませんか?」
あー最悪だ。最悪だ。
この上なく耳障りなことを聞いてしまい、口許がひくひく痙攣した。
「怯えなくともよいのです。七公爵でなくとも権勢の強い貴族はいます。我らとともにその方々もあなた様のお味方となります」
「王太后様の息のかからない、陛下がご自身で望まれた妃の誕生。なんと素晴らしいことでしょう! あなた様は我らの希望なのです。四妃となりぜひとも健やかなお子を……」
アナベルが嫌悪感丸出しで睨んでいてもまったくお構いなしに、ふたりの管理者は完全に妄想の虜となっている。
「私はセインの傍でだけ生きる人間だと言いました」
「あなた様のような貴重な白魔法使いは、公爵ではなく陛下の傍にこそあるべきです」
「……」
こちらには王の妃になりたいなどという望みはまるっきりないというのに。
出世という欲に取り憑かれている彼らには、アナベルの気持ちを聞いてくれるつもりは微塵もない。
私のことを勝手に決めるな! と堪らず怒鳴りつけそうになったところで……別の声が柔らかく割って入ってきた。
「アナベル様。あまり宝石探しに根を詰めず、お茶の時間にしてはどうかと陛下がおっしゃっております」
そちらを向くと王の侍従がふたりいた。両者とも、にこにこ笑っている。
自分を見ている管理者にも侍従にも悪意はなにも感じない。それでもアナベルは彼らの纏う灰色に濁った気配に、背筋がぞくっとして悪寒が増すばかりだった。
「マーヴェリット公爵をさすがに条件の悪い相手とまでは申しません。ですが、あなたほどの上級白魔法使いが嫁ぐとなれば話は別です。御身を安売りしすぎではありませんか?」
「そうですよ。王子を儲けることができれば次代の王母となるのも夢ではないのです。どのお妃様にもまだお子がいません。年若く健康であられるあなた様であれば、陛下のお側に侍りさえすればすぐに懐妊されますとも」
さわやかな笑顔を振りまく侍従たちは、さわやかとはほど遠い言葉を繰り出してきた。アナベルはただただぞっとする。
「私は自分を安売りしているつもりなどありません。王母など冗談でも聞かせないでください」
「いいえ。安売りなさろうとしています。たとえ七公筆頭であろうとも、マーヴェリット公爵夫人の称号よりも、王妃の称号のほうが輝かしいに決まっています」
「そうですとも。そこに次代の王母も加われば、あなた様が王太后様に代わってこのベリルの女性第一位となられるのですよ。その栄誉と権勢をいい加減理解なさってください」
わかったと言えとばかりに管理者と侍従達が距離を詰めてきた。アナベルは彼らを追い払うようにダン、と強く足を踏み鳴らした。
「これ以上、私を怒らせないで」
窓の閉まっている室内に風が吹いた。
風はアナベルの全身を取り巻き、長い髪がふわりと揺れ動く。
「え?」
「あ、アナベル様……」
尖りきった目と、柔らかさのまったくなくなったアナベルの強烈な攻撃的な気配に、管理者も侍従達も目を見張って硬直した。




