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015.解 呪

「見つかりました。ありがとうございます、セイン!」


扉口にいるセインに、アナベルは満面の笑みにて報告した。

申し訳ないが、ジャンとの会話を聞いていたことは内緒だ。


「使ったのかい?」

「いいえ。勝手に使うのはどうかと思いまして……セインにも腕輪がはずれるところを見てもらいたいのです」


大事にしていないようではあるが、神からの恵みである。貴重な物であるのに間違いはないと思うのだ。

アナベルが一人で使って消滅させてしまうよりも、一緒にその瞬間を見てもらいたい。


「そうかい。では、私の部屋に行こうか」

「はい!」


嬉しそうに微笑むセインに同じように笑い返すと、ジャンがセインの肩に手をかけて首を振った。


「かわいい婚約者とべったりくっついていたい気持ちはわかる。私も、仕事をするより女性の側にいるほうが楽しい。だが、きゅきゅは元気になったことだし……仕事をして貰いたい。おまえこの三日間きゅきゅにつきっきりでほとんど何もしていないのだぞ。どれだけ溜まっていると思っている!」


切実な響きを纏うジャンの声だった。

わざと意地悪で仕事、仕事とせっついているのではなく、真実忙しいのだろう。

カウリー家の所領は小さな物だったが、アナベルの知る父は毎日忙しそうだった。執務室に籠っているか、所領の視察に出ているか……もしくは、縁戚たちを集めて何やら話し合っていたり……などなど。

没落しかかっている家を率いた父でさえそうなのだ。

国一番と称される名門の家を率いるセインの忙しさは、父の数倍になると思う。

その人が三日間ほとんど何もしなかった。ということは、とんでもないことになっていそうだ。


きゅきゅが回復した今、ジャンは何としてもセインを執務室に引っ張っていきたいようだった。

その必死さが伝わる姿に、セインは申し訳なさそうな目をして苦笑した。


「おまえを頼って丸投げしたからな。負担がかかって大変なのはわかっている。悪いとも思っているが、もう少しだけ待ってくれ。彼女の大事な用事が終わったら、すべてに目を通す」


ジャンに断りを述べ、自分を優先しようとするセインにアナベルは慌てた。


「セイン。ではお部屋には行かず、今ここではずしますね。そうすればお仕事に支障はないかと……」


自分の為に時間を使わせないようにするにはそれが良い。

アナベルはそう考えて申し出たが、セインは首を横に振った。


「二人だけの場所がいい。……ジャン。そういうことだから」


セインの意思がどうにも仕事へ動きそうにないのを見て、ジャンがとても不味い物でも飲み込んだような顔をする。


「そういうことって……おい。何の用事かは知らないが、彼女のそれが終わったら絶対に執務室に来るんだぞ。愛らしい婚約者にのぼせて私のこの言葉を忘れたりしたら、罰を与えるからな!」


地の底から響くかのような声をあげ、緑の瞳を据わらせて宣言したジャンに、セインが瞬きした。


「罰だと?」


側近が主に言う言葉ではない。

セインは顔を顰めるが、ジャンに言葉を撤回する様子はなく、逆に罰の内容を堂々と言い放った。


「厨房に、おまえ用の甘い物は作るなと命令を出す!」

「なっ! おまえが私の健康の為ともっともらしい理由を付けてそれをやると、厨房の者達は言うことを聞くではないか! その顔と手管で我が家の召使を何人籠絡すれば気がすむのだ!」


セインが慌てた様子でジャンに怒鳴る。

その言葉から察するに、ジャンはそれを実行したことがあるのだろう。

そしてセインの慌てようから見て、肥えているのは呪いだけが理由というわけでもなさそうだ。

本人の甘い物好きもその一端を担っているのかもしれない。

でも、甘い物が好きと知ってアナベルは嬉しくなってしまった。

実は、アナベルも甘い物が好きで作るものはもっと好きなのだ。お別れするまでに一度でいいから自作のケーキをセインに食べてもらいたい。


「籠絡など人聞きの悪い。私は可愛い女性に可愛いですね。美しい女性に美しいですね、と素直な感想を言っているだけだ。その際ちょっと 『公爵様に、ご健康の為にも少し痩せて頂きたいので協力してほしい』 と囁くと、いやあ皆とっても協力的で……この城は本当に、素直で可愛らしい者ばかり雇っているよな」


高笑いまで響かせそうな勢いのジャンだった。


「私の身を案じて食事を作る者達を私が叱れぬと知っていて……おまえというやつは……」

「仕事をすればいいだけのことだ」


恨めしげなセインにジャンは平然と言い返すと第三宝物庫に背を向けた。

警備の者達により宝物庫の扉が閉められ、セインに鍵が戻される。それを見て、アナベルは再びセインを浮かせた。


『きゅ、きゅうぅ』


なんだか不満げでセインを詰っているようなきゅきゅの鳴き声だった。

つん、とその口先でセインの頬を突っつくと項垂れた。

しょんぼりしているように見える。

どこか具合でも悪いのだろうかと心配して声をかけようとした矢先、セインがその身体をやんわりと撫でながら謝っていた。


「すまない。寂しい思いをさせてしまったね。もちろん、きゅきゅも一緒だ。三人と言わなくてはいけなかった。大事な君を仲間外れになどしないよ」


まるで恋人の機嫌を取るかのような甘い声音に、項垂れていたきゅきゅの頭がすぐさまあがる。

水晶のような緑の瞳が輝き、ぱたぱたと嬉しいのが一目でわかる羽ばたきをした。


『きゅう~!』


意識に何も声が届いて来なくとも、その鳴き声で上機嫌であることは充分に伝わった。

かわいいわ、とつくづく思う。

セインが大切に慈しんでいるのも頷ける。彼はきっときゅきゅが役に立つ聖獣だから大事にしているのではない。

理由は愛らしい友達であり家族だから、それだけなのだ。

セインが執務室に入らない事で仕事が滞り、困った事態になっているのだと思うも、そのきゅきゅが自分を守るために瀕死の状態に陥ったのを見て仕事が手に付かなくなったのなら、それは、仕方がないことのようにも思うアナベルだった。


地下三階から今度は地上三階に移動する。

ジャンは執務室に、アナベルはセインときゅきゅと共に居間と思しき部屋に入った。

扉も、室内のソファなども、すべて通常サイズよりも大きい。なんだか不思議な世界に迷い込んだようで面白く、楽しい気持ちになった。

アナベルは、茶色の艶やかな木で作られたテーブルを挟み、セインの正面の席に腰かける。

テーブルに、そっと黒い小箱を置いた。

セインがその蓋を開ける。

中には白銀に輝く親指の先程の大きさの石が入っていた。


「これが月の欠片か……父から話を聞くだけで、私は実物を見るのはこれが初めてなのだ」


セインは右手で欠片を摘まみ、左手でアナベルの手を取った。

その手に乗せてくれる。


「これで君は自由になれる」

「ありがとうございます」


解呪できるとわかっていても、アナベルは緊張しながら腕輪の深紅の石に月の欠片を触れさせた。

その瞬間。とても強い浄化の力を纏う白銀の光が迸る。

あまりの眩しさに目を閉じたと同時に、腕が軽くなった。

アナベルの全身を取り巻いていた暗く不気味な気配が、完全に消えた。


ゆっくりと目を開けると月の欠片は消滅し……腕輪も消滅していた。


「呪いが消えた……」

「おめでとう、アナベル。本当によかった」

【副隊長、よかったわね。これで安心だわ!】


優しい笑みを浮かべて自分を見ているセインと、我がことのように喜んでくれるきゅきゅに、アナベルは感極まって涙を零しながら微笑み返した。


「セインのおかげです。私に未来をくださり、本当にありがとうございました。隊長も、祝ってくれてありがとう!」

「君の命が失われなくて何よりだ」


セインが少し身を乗り出すようにしてアナベルの頬に触れる。

その柔らかな手で、頬を伝う涙を拭ってくれた。


「私の誕生日が、君にとっても喜びの日となった。憂いなく、今宵の会を楽しんでほしい……きっと、会場中の視線が美しい君に釘付けとなるよ」

「それは言いすぎです」


真顔で何ということを言うのだ。

照れて顔がおかしな風になりそうなので、とても困る。


「そんなことはない。君は誰より美しい」


セインがさらに身を寄せてきた。

アナベルの顔にその影がかかり、額にその唇が触れそうになる……。


「セイン?」


顔を寄せ合うほどの距離で話さねばならないような、内緒話でもあるのだろうか。

訝しく思いながらアナベルが首を傾げると、テーブルについていたセインの手が滑った。


「……うわっ!」

「きゃっ!」


バランスを崩してこちらに大きく傾いでくる。

まんまるの巨体が伸し掛かってくるのに、慌てて制止魔法を使った。


「す、すまない」


互いの鼻先が触れそうな距離で謝罪され、アナベルは小さく首を横に振った。


「いえ」


とは言ったものの……潰されるかと思った。

人間相手にそんなことを思うなど初めての体験で……あまりの驚きに、胸の鼓動は忙しなくなっていた。


「公爵様、どうされましたか!」


二人の悲鳴が廊下まで聞こえてしまったのだろう。

セインの身を案じたモリーが、入室許可を取らずに扉を開けていた。

そして……。


「こ、これは……大変失礼いたしました! お邪魔をするつもりはなかったのです。何か、よからぬことでもあったのかと……本当に申し訳ございません!」


自分たちを見て懸命に頭を下げるモリーに、アナベルはきょとんとしてしまう。

主の悲鳴を聞いて急いで様子を確かめるのは、仕える者の大切な役目だ。没落した貴族の出であっても、それくらいのことは知っている。

当然のことをしたモリーが、なぜ青くなって頭を下げているのかわからない。

不思議に思っていると、その後ろから執務室にいるはずのジャンが顔を見せた。その眉間には、機嫌の悪そうな皺が寄っている。


「おい、セイン! おまえの言う用事とは、仕事を放って居間で婚約者に抱きつくことだったのか? 私でも仕事中は我慢しているというのに……」

「違う。これは不幸な事故だ……」


セインがバツの悪そう顔をして、ぼそりという。


「抱きつく?」


アナベルは何を言っているのだと問い掛けそうになって気づく。

扉口からは、セインがアナベルに覆い被さっているように見えるのかもしれない……。

そうであれば由々しきことだ。

おかしな誤解はセインの名誉にかかわる。一刻も早く解かねばと、アナベルはセインの身体をもとのようにソファに座らせた。


「セインのおっしゃるとおり、ちょっとした事故があったのです。ですがお怪我は一切負っておりませんので、どうぞご安心ください。抱きつくなどそのような事はまったくございません」

「…………」


ジャンとモリーににっこりと微笑み、セインの無事を知らせて誤解も解いた。

すると二人は不思議そうに瞬きするも、すぐに合点がいったような顔になった。

モリーは無言だったが、ジャンはどこか面白がるような笑みを浮かべてセインを見た。


「なるほど。かわいい婚約者は、おまえを男として見ていないわけだ」

「うるさい。いらぬ口を叩くな。それに、少しも待てぬのか。私は執務室から逃げぬぞ!」


苦虫を噛み潰したような顔をして腕を組んだセインに、ジャンは途端に真率な顔になった。


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