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110.デニス・ラッセルの野心

「毒呪の剣は随分とおまえを気に入ったようだ。剣と最高に相性の良い者にしかできぬ姿隠しのほうまで自由自在となったと聞くが、良き未来を望むのであれば私の前では消えぬようにな」


からかうような口調であるが、図に乗って力を行使すればおまえの未来はないと眼差しに滲ませる。

デニスのその警告に、ブルーノは神妙な面持ちで頷いた。


「もちろんでございます」

「おまえは血筋も悪くない。この先も私を喜ばせるなら、その働きには必ず報いる。娘との縁組を考えても良いし、我が家の事業も任せるとするかな……」


デニスはブルーノに鞭だけでなく、飴もしっかり与えておく。


「ありがたきお言葉、全霊を賭して励みます!」


ブルーノが単純に感激し、喜色満面でデニスに深く腰を折った。


娘の美貌に惑わない男はいない。

娘との結婚をちらつかせただけで便利な道具が裏切ることなく、いい働きをしてくれる。

そんな男はこれまで何人もいて……デニスは娘のオリヴィアを、自身の持つ最高の宝と本気で思う。

過去の当主にはブルーノと融合した毒呪の剣が最高の宝だったのだろうが、自分の宝は血の通わぬ魔法道具ではなく、美貌と知性を兼ね備えた生きた愛娘である。


ラッセル家には過去に魔法使いになりたいと酷く執着した当主がいた。

しかしなりたいといくら叫んだところで、魔法使いになるには、自身の内に魔法力が目覚めなければ適正無しとして諦めるほかない。

ラッセル家は元々魔法使いを祖とせず、魔法使いと婚姻を結ぶこともあまりない家だったため、魔法使いの誕生は稀である。


当代の、デニスにもオリヴィアにもその適正はない。


デニスはそれを残念だと思うことはあっても、学んで身につくものでもない力を欲しても無駄だと割り切って生きている。が、過去の当主は諦めきれなかったのだ。

魔法使いになれないならば、魔法の力を操れる可能性があるとして、魔法道具を手に入れることに執心した。


ところが魔法道具は人を選ぶ。

道具のほうが自身と相性の良い者を選んで魔法を使わせるのだ。


いくつ魔法道具を手に入れたところで過去の当主を選んだ道具はなく、彼は魔法使いに憧れたままこの世を去った。

ブルーノを選び融合した暗殺武器はその当主が最高の魔法道具として何より大切にした遺品である。

他は経年劣化によりほとんど使い物とならなくなったのだが、毒呪の剣だけは輝きを失うことなく、デニスの代となるまでラッセル家に受け継がれたのだ。


「では……その力を使うもよし、資金が欲しいなら好きに言うがいい。どんな手を使おうと構わぬから、今後の奴隷買いを滞りなく行えるよう手配して見せてくれ」


デニスは漆黒の薔薇を軽く撫でながら、ブルーノに向けて依頼する。


「奴隷買い……で、ございますか?」


呆然とした様子で呟き、目を丸くして息を呑んでいる姿に、デニスは薄く笑った。


「まさか、それは禁じられたことです、などとくだらぬことは言わぬだろうな。私の右腕となってラッセル家の家督を欲する者が、そのような愚かでは話にならぬぞ」


「……ベリルは、特に奴隷反対の立場を強く取っていますので……そのような中で奴隷買いを成し遂げているということに、驚いてしまいました。さすがは我が主たる侯爵様です。奴隷反対など、偽善者の愚かな世迷いごとに過ぎません」


ブルーノは高揚し、目を輝かせてデニスを見つめた。


「私もそう思う。だが、マーヴェリットをはじめとする偽善者どもは煩く鬱陶しいからな。おまえに始末を任せたクラーク・ターナーの特権を利用して上手くやっていたのだ」


奴隷買いのよき協力者であったターナー侯爵を先日デニスはブルーノに始末させた。

王太后がいくら庇おうとも、王はマーヴェリットの言葉に重きを置き、魔獣の角を所持していたターナー侯爵を許さなかったからだ。

そのターナー侯爵をデニスまで庇えば、王はデニスを疎み、マーヴェリットばかりをさらに優遇するのは目に見えている。

アンズワース公爵以外の公爵がマーヴェリットに与している現状も鑑み、デニスはターナー侯爵を庇いきれる勝算が立たなかった。

奴隷買いが難しくなるのを惜しいと思いつつも、彼と手を切るほうを選択する。そして、自身との関係を公にさせないために処分した。

が、実行役のブルーノには奴隷買いに関することは話さず、毒呪の剣の試し切りをターナー侯爵でしろと命じただけだった。


「長官にはそのような特権まで与えられるのですか……。そんなベリル最高の魔法使いでありながら、宰相とあんな女に悪事の証拠を握られるなど愚かすぎます」


ブルーノはターナー侯爵を蔑み、鼻で笑った。


「その言葉にも同意するが、今後の奴隷買いはターナーの名が使えない分、監視の目を欺くのが厳しくなる。そこをおまえが上手く為せば、その働きは、私にとってとても大きなものとなるだろう」


「私の力でマーヴェリット公爵さえ始末してしまえば、奴隷買いは思いのままかと……」


とても大きな働きとの言葉に、成功させればデニスに恩が売れるとでも思ったのか、ブルーノは己を誇るような笑みを浮かべていた。


「それだけでは駄目だな。陛下が奴隷廃止の立場を取っておられる。これはマーヴェリットに強要されたものでなく、ご自身の意思だと王太后様よりお聞きしている。たとえ公爵がいなくなろうとも、監視の目を緩めるとは思えない。大人しいように見えて、どうも陛下には頑固なところがあるのだ」


やれやれ、とデニスは一つ息を吐く。

マーヴェリットの若造の傀儡であることも気に食わないが、病弱であるのだから政治向きなことには首を突っ込まず遊興に耽ればよいのに、というのが王に対する本音だった。


「……良い策を考えさせていただきます」


自身の案をすぐさま却下されたブルーノが、一瞬複雑な顔を見せるものの、素直に頭を下げた。


その姿にデニスは、道具は下手な反論をしてこないに限ると目を細めた。

ただ、この道具は自身と同じく野心が強い。


デニスは自身が野心家であるがゆえ、上昇志向の強すぎる人種は鬱陶しく感じる。

右腕にするどころか、最終的には娘の言うとおりに処分するつもりでいる。が、その前に上手く使って邪魔者はすべて排除しておきたい。


「期待している。こんな物を献上されていては私の負けは確実だったな。惜しいとは思うが、証拠は残さないに限る。レオ、これをそこの暖炉に放り込め」


どのような条件を提示しても、デニスに仕えることを承諾しなかったジョシュア・リーゼル。その最高傑作であろう薔薇を冷めた目で見つめ、デニスは執着することなく処分を命じた。

命令に従い、漆黒の薔薇は暖炉の灯に投げ込まれる。あっという間に燃えて灰になる姿に、デニスはにやりと笑った。


「これで王太后様は間違いなく、あの飛竜を陛下に捧げよとおっしゃる。愉快だ」


デニスは年上を敬う礼儀を知らないマーヴェリットの若造が、常に不愉快である。

あの若造は血筋だけで大した労もなく貴族の最高位に立つ。デニスを下に見て優越感に浸り、貴族であることの恩恵を最も受ける身でありながら、なぜか貴族の利益を守らない。


貴族も一般市民も同じ人間だとかなんとか、意味不明なことを始終喚く。

正直何度頭がおかしいのかと思ったか知れない。


挙句に、貧民は不要だと当たり前のことを言っただけで、こちらを極悪人扱いする。

これまで何度、国政会議の場で恥を掻かされてきたことか……。


一時は娘と結婚させての懐柔を目論んだこともあった。

それをあの若造は、豚男のくせに娘を袖にするという暴挙を繰り出してきたのだ。許せるものではない。


その上あの若造は王位を狙う奸臣でありながら、のうのうと忠臣の仮面を被っているのだ。


存在のすべてがデニスの神経を逆撫でする。同じベリルの空気を吸うのも耐えがたい。


デニスは必ず、あの若造が何重にも被っている化けの皮をすべて剥がしてみせる。

最終的には国家反逆罪を問うて斬首とし、長きに渡り貴族の頂点に居座り続けた忌々しいマーヴェリット家を断絶させてやるのだ。


「七公爵筆頭は、この私こそが相応しいのだ」


宰相位も、もちろん自身が握る。

病弱な王には離宮にでも下がってもらい、後継者の誕生だけを考えてもらうのだ。

国政はすべてデニスが支配し、貴族の特権をさらに強化する。逆らう一般市民はすべて自身の奴隷として鉱山に放り込む。死ぬまで働かせれば財産をどこまででも増やせるだろう。

大陸会議でも主導権を握り、ベリルを堂々と奴隷買いができる国として大陸全土に認めさせる。


デニス・ラッセルは己に訪れる輝かしいその未来を、信じて疑わなかった。




◆◆◆




「アナベルは?」


今日はセインに同行して王宮に赴くジャンが、朝食の席にも見送りの場にもアナベルが不在であったことを心配そうに問うてきた。


「焼けた屋敷で倒れてから一度も目を覚まさない。とても疲れているようだから、邪魔をせず好きなだけ寝かせるようにとモリーたちには言っておいた」


王都の屋敷には馬車で戻って来た。

その最中もセインはずっとアナベルを膝に抱いていたが、彼女の目蓋が開くことはなかった。


「そうか。まともに漆黒の薔薇を咲かせた株は消えた物のみ……。研究所から他の育種家が育てる薔薇と言っても運ぶには時間が足りず、あれほどの物も育っていない。王都の屋敷にも薔薇はあるが、こちらも漆黒に比べるとどうしても見劣りするよな。どうするのだ?」


不安げにセインを見ているジャンに苦笑する。


「奥の手を使って切り抜ける。王太后様には今以上に憎まれることになるだろうが、仕方がない。きゅきゅの命には代えられないからな」


使いどころが違うぞ! と、天の国で父が怒鳴っているかもしれないが、きゅきゅを王に捧げて何ごともなし、とするなどセインにはまったく考えられないことだった。


「どんな隠し玉を持っているのだ?」


こちらを見る目が期待に輝いたジャンに、セインは軽く首を横に振る。


「おまえと言えど話せない。これは父と私だけが共有する秘密だからな」

「それはまた随分と怖そうな秘密だ」


そう言いつつもジャンの表情からは強張りが抜け、安堵の笑みが浮かんでいた。




◆◆◆




人の口には戸が立てられない。

薔薇の移送隊が襲われたことに関して、セインは外部の者の耳に入らないようにと配下に指示したがあれほどの大惨事である。


どこからか漏れてあっという間に他家の者たちの知るところとなっていた。


会議の最中であっても心配そうにこちらを見ている者、いい気味だと言わんばかりの目を寄越してくる者……。

挙句、犯人は誰だと騒ぎ始める者まで出る始末に、セインははっきりと顔をしかめた。




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