ヒロインのおでかけは忍べない
週末、私はお父様の後をつけてこっそり街へやってきた。普段は文官としてお城勤めをしている父親は、男爵だけれど貴族っぽさはまったくない。
赤い髪は短く、優しそうな顔つきだけれど優柔不断さがひと目でわかる。
ギャンブル依存症なので、賭博場では強気に豹変するのだが、賭け事はめっぽう弱い。それでもやめられないから依存症っておそろしいわ。
ただし、王都のはずれにある違法な賭博場では、勝ち負けが最初から決まっている。お父様はカモなんだから!
相手が欲しいのは、男爵の領地と邸などの資産、そして美貌の娘である私。最初からお父様は狙われていて、そうとも知らずにせっせと足しげく賭博場へ通っている。
私はお父様を追って、辻馬車で街へとやってきた。
行き先はわかっている。(ヒロインだから)
正確に言うと、後をつけるどころか先回りしているくらいだ。
「いた!」
物陰からこっそり大通りを見ていると、お父様が嬉々としてやってきた。これからカモられるというのに、呑気なものだわ。
「どうやって中へ入ろうかしら。それとも入り口でお父様を止める?」
ヒロインが危ない目に遭うのは、きっと父親を止めようとしたときだろう。「街で危険な目に遭う」くらいのシナリオでしかないから、場所は書かれていても具体的に誰に何をされるのかはわからないし、逆に言うとこちらの自由度もわりと高い。
お父様の後をつけ、私は賭博場の近くまでやってきた。
赤茶色のレンガで作られた建物。古びた木製のドアをノックすると、合言葉を言って中へ入るシステムだ。お父様はもちろん、合言葉を知っている。
よし、行こう。
そう思って一歩足を踏み出したところ、後ろからぐいっと手を引かれて物陰に連れ込まれた。
「っ!?」
「静かに」
暴漢かと思って暴れると、低い声がかかって口元を押さえられる。
「んおうん゛―!!」(リオルドー!!)
「おとなしくしてください。まだです。今じゃありません」
裏路地で、まるで密会している恋人同士のように壁に背を預ける。待って、この人距離が近すぎない!?
はたから見れば、抱き合っているように見えるかも。彼の着ているジャケットが頬に当たり、男性ものの香水のにおいがした。
「しばらくこのままで」
彼はどうやら恋人同士を演じるらしく、私を抱き締めたまま耳元で囁く。
「きょ、教師と生徒の密会はまずいのでは?」
声が上ずる。けれどリオルドはお構いなしに、腕の力を強めた。
「ここはシナリオ外です」
裏で何やっていてもいいってこと?いや、そういう意味ではなくて倫理観の問題なのだけれど。ドキンドキンと心臓が今にも破裂しそうなほど高鳴る。
「いいですか?ヒロインはまだ、父親があそこで何をやっているのか知りません。建物に入る前に呼び止めては、おかしいでしょう?出てきたところを押さえて、そして膨らんだ借金の存在を知るのです」
リオルドは話の流れにおかしなところが出ないよう、私を止めてくれたっていうこと?だとしても、もっと穏便に、普通に話しかけてくれればよかったのに。
こんな風に拉致するみたいに、裏路地に連れ込まなくてもいいはず。
私は抱き締められながら抗議する。
「あなたの理屈はわかったわ、だから離して。こういうことされると、困るの」
そう、困る。ドキドキして、脈は速くなるし、正常な判断力がなくなってしまいそう。
おとなしくなったのを見計らって、彼はゆっくりと離れていった。
「「…………」」
見つめ合うけれど、顔色一つ変えていない。
私だけ、こんなに動揺している。
悔しくなったので、ヒロインだということも忘れて苦言を呈する。
「もうちょっとやり方があるでしょう?こんなことしなくても、普通に声をかけてくだされば話くらい聞きました」
「そうですね、悪かったと思っています」
やけに素直に謝るから、訝しげに彼を睨む。それを見たリオルドは、腕組みをしていじわるく笑った。
「まさかそれほど真っ赤になられるとは、思わなくて」
「なっ……!」
バカにして!私のことバカにして!
「わ、私はあなたみたいに卑猥な存在とは違うのよ!どうせあなた、悪役イケメンギルドにいたんでしょう!?」
変態教師、そう批難の目を向けると、彼はきょとと目を瞠った。
「違いますよ?悪役イケメンギルドの出身ではありません」
「え?それなら、あなたどこにいたの?」
絶対に悪役イケメンギルドだと思ったのに。
「まさか、18禁イケメンギルド?」
「どうしてそっち方面のイメージなのですか?」
なぜかリオルドが不服そうに言う。どうしてって、私を押し倒したり急に抱き締めたりするからに決まっているのに。
「どう見ても正統派に見えないわ」
はっ、と鼻で笑いつつそう言うと、リオルドはまたいじわるく口角を上げた。
「シナリオから脱線して、18禁シーンを入れてもいいんですよ?」
絶対に冗談に決まっている。
自信があった私は、同じくいじわるく笑って言った。
「あら?あいにく私は清楚可憐なヒロインですから、そのようなシーンには参加しかねますの。この場に正キャ員でもいない限り、自由はないでしょう?」
自由にできるのは正キャ員だけ。今の私はまだ派遣だし、リオルドに至ってはナビゲーターからのサポート役だ(多分)。自由になんて、できるわけがないわ。
「裏では、何したっていいんですよ。これは、あなたが私に教えてくれたのに」
「私が?いつ?だいたい、裏では何してもいいだなんてそんなわけないでしょう?」
まったく非常識な人ね。私がそんなこと言うわけないじゃない。
取り乱すところは見せたくないから、私は余裕ぶって言ってやった。
「機会があれば、また今度」
悪役令嬢らしい嘲笑を浮かべ、私はリオルドに手を振る。そして、さっさと大通りへ戻ろうと背を向けた。
しかし背後から聞こえてきた声に、ぴたりと私の足が止まる。
「ナビゲーターは、正キャ員ですよ」




