盾役
俺はヒョウの説明を聞き、口の中のツバを飲み込んで声を出した。
「……つまり『ファントム』の効果時間が過ぎたら今ここにいるシーナは……消えちまうってわけか?」
「……そうだ」
「……そうか」
……なるほどな。
コイツが今震えているのは自分があと少ししか意識を保てないからか。
シーナは『ファントム』使用中、全ての分身体と意識を共有している。
そしてそれは本体が意識を持っていなくても継続する。そういうことか。
「シーナ。てめえ、今怖いのか?」
「……そうよ」
「そうか」
シーナはやっと俺の声に言葉を返してくれた。
シーナは今、怖いと俺に意思表示をしてくれた。
「なんで怖いんだ?」
「……あと少しでこの私は消えるからよ。そして……石像の私は何も考えられないわ」
「やっぱりか」
俺の予想は的中したか。
シーナは今、自分の意思がこの世界から消えてしまうことを恐れているんだな。
「シーナ、大丈夫だ。俺らは絶対にあの魔王を斃す。だから、少しの間てめえは眠ってろ。後で起こしてやるからな」
俺はシーナの頭を優しく撫でながらそう言った。
すると、シーナは俺から少しだけ離れて、そして俺と目を合わせて――ビンタをしてきた。
「…………なあ、なんで俺、今ぶたれたんだ?」
「……あんたが何もわかってないからよ」
「わかってないって、何がだよ」
「っ」
そしてシーナは再び俺にビンタをした。
2度、3度、4度。
俺はわけがわからないシーナの行動に、ただただうろたえるしかなかった。
「し、シーナ。一体俺が何をわかってないっていうんだよ? 言わなきゃわかんねーよ」
「……あんた、今、死んでたのよ?」
「? ああ、そうらしいな」
「そうらしいじゃなくてそうだったのよ! あんたさっきまで死んでたのよ!」
シーナはそこで激しく怒り出した。
……どういうわけか、シーナは俺の言動に腹を立てているようだ。
「落ち着けよシーナ。確かに俺は死んだがこうして蘇った。それで俺が死んだ話はもういいだろ?」
「よくない! 全然よくなんてないわよ!!!」
「シーナ……」
「わかってない……あんた全然……わかってないわよお……」
そしてシーナは再び泣き始めてしまった。
「あんた……あの蛇と戦うつもりなんでしょ……?」
「ああ」
「もしかしたらまた……死んじゃうかもしれないのよ……?」
「ああ」
「……あんたを守る盾は……いないのよ……?」
「……ああ」
……そうか。コイツは……それが言いたかったのか。
「バルがいてくれたなら私だってここまで言わないわよ……でも今はバルがいない……だからあえて言うわよ……あんた……このまま行ったら死ぬわよ……?」
「もしかしたらな」
「もしかしなくてもそうなのよ! 何冷静にもしかしたらなんて言ってんの!?」
シーナは怒りながら俺を叩き続けた。
「私達は…………あんたたちを守れないのよ……?」
「そうだな」
「私達が守らないで……誰があんたたちを守れるのよ……」
「…………」
「……リュウ、聞いて。これは……私からあんたにする最初で最後のお願いよ」
「……なんだ?」
「……確実に倒せるっていう時がくるまで……あの魔王と戦わないで」
「…………」
…………
「もしかしたらあんたなら今でもあの魔王に勝てる。でも、それでも、死ぬかもしれないと思うのだったら……あの魔王と戦わないで……」
「シーナ……」
今シーナが言ったことは、とんでもなく重いお願いだ。
今シーナが言ったことは、危ないのなら自分達を見捨ててもいいという事を言ったに等しい。
「シーナ、そのお願いは――」
「お願いは聞けないとか言うつもりでしょ? あんたが言いそうなことぐらい、わかるんだから」
「はっ、なんだよてめえ。俺の心を読みやがったな? さてはてめえ、エスパーか」
「違うわよ。これはあんたの今までを知ってるからわかることよ。……あんたがそういう人だって……信じてるからわかるのよ」
「……そうかよ」
そんな言葉をシーナが口にするとはな。
最後の言葉にでもするつもりかよ。縁起でもねえ。
「それに、さっきクリスが言ってたでしょ? いざという時は私をぶっ殺しちゃえばいいのよ。そうすれば『リザレクション』で復活できると思うから」
「……だが……それは……」
そんな行為を容認していいのか……?
確かにそれならあの魔王を倒さずともシーナとバルを元通りにすることができると思う。
だが殺すんだぞ? 俺が弓にしろ、ヒョウの攻撃魔法にしろ、モンスターに殺させるにしろ、それは、シーナとバルを、俺らの、俺の意思で殺すということなんだぞ?
そんな、そんな事を、俺は、できるのか?
ここはゲームの世界。死んでも平気。またやり直せる。だってここはゲームの世界なんだから。そんな認識を俺は今更持てるのか?
……できるかよ。
そんなことできるかよ。
ここがゲームの世界と割り切ることは、俺にはもうできない。
そしてこの世界での死を軽んじる事もできない。
それに……それに…………
俺は……シーナとバルを……
「それと、もし殺すならバルの前に私を殺して。私でちゃんと蘇生できればバルを元通りにする保険になるでしょ?」
「…………」
シーナ やめろ それ以上言うな
言うな
その先を
「それでさ……もし……よければなんだけど……」
「その時はあんたが私を殺して」
「…………………………ッ!!!!!」
「それなら私も踏ん切りがつくわ。この辺のモンスターにやられるくらいならいっそ――」
俺は、俺は、俺は
おれはおれはおれはおれはおれはおれはおれはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「……いやだ」
「……リュウ?」
「いやだ、いやだいやだいやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ――」
「! ちょ、ちょっと! リュウ!?」
いやだ。
俺は殺したくない。
殺させたくない。
俺はシーナもバルも殺したくない。
殺したくないし殺させたくもない。
ああ、そうか。
俺は兄のように、強くはなれない。
俺は兄のように、誰かのために誰かを殺せない。
誰よりも腕っ節が強く、誰よりも頭が賢く、誰よりも心が優しく、誰よりもかっこいい兄。
口が悪くても態度が悪くても実力と行動で周りを屈服させ続けた最強の兄。
俺が目指した理想……俺が演じ続けた理想像。
でも兄はもういない。どこにもいない。
だから俺がならなくちゃならない。
でも俺はなれない?
俺は、おれは、あ に に は な れ な い ?
「しっかりしなさい!!! リュウ!!!!!」
「っ!」
…………?
今、俺は、何を考えていた?
……思い出せない。
今何かを考えていた気がしたが、なんだったか。
「ちょっと、あんた、どうしちゃったの?」
「すまん、なんでもない」
さっきまで気分が悪かった気がするが多分気のせいだろう。
それより今は行動あるのみだ。
「シーナ。さっき言ったてめえのお願いは絶対聞けねえお願いだ。俺は魔王を倒しに行くぜ」
「え……」
「危険だろうがなんだろうがそんなこと知ったことか。なにがなんでも倒してきてやるよ。元の世界に皆で帰るためにな」
「で……でも――」
「でももくそもねえんだよ。俺はバルもてめえも殺さない。てめえらを殺さずにてめえらを助けるため、そしてこれ以上被害を大きくしないためにもすぐに魔王を倒さなきゃいけねえんだ」
「だ、だか――」
「もうお喋りは終了だ。俺らは今からあの大蛇野郎をぶっ潰しに行く。まだそんなにあいつも遠くには逃げてねえはずだからな」
「な! な――」
「だからてめえも一緒にいくぞ、シーナ」
「……は?」
「てめえに盾役を任せるっていってんだよ。さっさと俺から離れろ。立ち上がれねえじゃねえか」
「あ、う、うん……」
シーナはやっと俺から離れて、そして俺らは立ち上がった。
「こっからは森の中を蛇狩りだ。いくぞてめえら」
そう言いながら俺はアイテムボックスを出してその場に置いた。
そして俺は策を練った。




