それでも俺は勝たなきゃいけない
俺にはなんでもできる兄がいた。
兄は強かった。
兄は乱暴者だった。
兄は賢かった。
兄は態度が悪かった。
兄は優しかった。
兄は口が悪かった。
兄は天才児だった。
兄は問題児だった。
兄はたくさんの人から好かれていた。
兄はたくさんの人から嫌われていた。
兄は、兄は、兄は、いつもニヒルな笑みを顔に浮かべて俺ら4人を導いてくれた。
そして俺はそんな兄に憧れた。
そしてお父さんも俺に兄を目指せと言った。
そして俺は兄を目指した。
そして俺はちょっと強くなった。
そしてお父さんは兄の代わりになれと言った。
そして俺は兄の代わりにはなれなかった。
そしてお父さんは死んだ。
そして俺は兄を否定した。
そして兄は死んだ。
そして俺は兄の代わりではなく兄そのものとして振舞った。
そしてお母さんのこともかあちゃんと呼ぶようになった。
そして俺は強くなった。
そして俺は誰にも負けなくなった。
そして友達は幼馴染の友也だけになった。
そしてかあちゃんが自殺した。
そして
そして
俺は今でも何もできないままだった。
3番目の魔王討伐から3日が経過した。
俺とバル、シーナは3番目の街、サディアードの中を歩いている。
そして行き先は街の北門、街の出口だ。
今日俺らはこの街を出発して4番目の街を目指す。
魔王を倒すため、そして『解放集会』の凶行を止めるため。
「本当ならもう少しゆっくり準備したかったのにね」
「まあそう言うな。俺らはなんとしてでも早く次の街に行かないとなんだからな」
「……わかってるわよそれくらい」
そうだ。
俺らはできるだけ早く、迅速に次の街にいかなければならない。
そうじゃないと『解放集会』はまた次の街で魔王を解き放ってしまうかもしれないのだから。
この街に辿り着いた時には既に魔王は解き放たれていた。
その結果、被害者数は2番目の街以上という有様だった。
プレイヤーは100人以上が殺され、街の住民も300人以上が殺されたそうだ。
ここの魔王はそこまで積極的に人を殺さなかったにも関わらず、それだけの被害者が出た。
もし魔王が積極的に殺していくタイプだったら被害者数は10倍を軽く超えていただろう。
そして次に会う魔王はもしかしたらそんな残虐な魔王かもしれない。
そう考えると1日でも早くこの街を出発しなければならなかった。
幸いにもレベル的には次の旅路へ赴くのに十分なものになっていた。
3番目の魔王を倒したおかげで俺らは全員レベル29にまで上がった。
この街を出て行ったユウもレベル28で旅立ったらしいから多分このレベルで旅をするのは平気だろう。
装備も更新されて、モンスター相手への不安は今のところはない。
また、今回の魔王戦でも必中の弓のような物は得られなかった。
つまり最初の街で俺がこの弓を得られたのは相当運が良かったということなのか?
よくわからない。ヒョウ達もドロップアイテムなんてないと言っているし。
まあそんなこんなで俺らはこの3日間で次の街へと行く準備をし、万全な状態で進もうとした。
ただ、完全に万全とはいかず1つだけ問題点があった。いや、別に問題点ではないのかもしれないが。
「バル、本当に兜が無くても大丈夫か?」
「は、はい……大丈夫……です」
バルが兜無しの状態になった。
そんな状態になった原因は終にある。
3日前の終の見せた『オーバーロード』。あのスキルを使った状態の終の攻撃をバルは頭に受けて、兜が大破してしまったのだ。
街の中では例外を除いてHPは保護されているため、あの攻撃での死者はいなかったものの、攻撃を受けた部位の装備の耐久度はことごとくが0にされてしまった。
兜を失ったバルは代わりになる兜を防具屋で求めたが、どうやらこの街の頭装備は兜がなく、仮面か小物的な装備しか置いていなかった。
そしてバルは仮面装備を嫌がったために素顔を晒さざるを得なかった。
仮面はあいつらを思い出す。多分バルが仮面を装備したがらないのもそれが原因だろう。
「ここから4番目の街へは2週間以上の長旅になる。少なくともその間は素顔のままだが、本当に良いんだな?」
「……はい、あまり……リュウさんとシーナさんに……迷惑は掛けないよう努力しますので」
「そうか、わかった」
「まあ私がいればなんとかなるわよ。ドーンと任せておきなさい!」
おどおどとしたバルを元気付けようとシーナは快活な声を上げていた。
「それに私達は3人だけじゃないのよ、バル」
「はい……」
シーナの言葉にバルはコクリと頷いた。
そう、今や俺らは3人じゃない。
「言ってる傍からあいつらが見えてきたな」
俺は門付近にいた3人に手を振った。
それにあわせて向こうからも手を振り返してくる。
「遅かったじゃないか。何かあったのかと心配したぞ」
「待ちくたびれた」
「でもこれで全員集合ですね~」
俺らが近づいていくと、ヒョウ、みぞれ、クリスがそれぞれ声をかけてきた。
「わりいな。ちょっと身支度に時間がかかってな」
「昨日の内にできることを全部やっとかないから遅くなったんでしょうが」
「てめえが言うなよシーナ。旅の準備ほとんど俺に丸投げだったじゃねえか」
「ぅ……役割分担よ役割分担! その分ヒョウ達のレベル上げを手伝ってたんだから悪くないでしょ!」
「それだとオレ達が悪いことになるのか……」
「ブーメラン?」
「あらあら~」
この3日間確かにシーナはヒョウ達のパーティーのレベル上げを手伝っていた。
なぜなら3日前、ヒョウ達のレベルは俺らより若干低いレベル27だったからだ。
一応それでも旅立てるとは思ったが、念のためにレベル上げをしてきてもらってきた。
その結果、ヒョウ達3人もユウ達が旅立った時と同じレベル28になった。
そして今日、俺らはパーティーを統合する。
「それじゃあみぞれ、クリス、一旦パーティーを解散するぞ」
「了解兄さん」
「はいはい~」
ヒョウはそう言ってパーティーを解散させた。
「だけど本当に俺がパーティーリーダーでいいのか? ヒョウの方が年上だろ?」
「別に構わないさ。それにオレ達の勝負は『先に魔王を倒した方のパーティーに入る』だったろ?」
「まあそうなんだけどよ」
「わかったなら早くパーティー申請を送ってくれ」
「へいへい」
そうして俺はヒョウ、みぞれ、クリスにパーティー申請を送った。
ヒョウ達はその申請がいった瞬間ノータイムで承諾を押す。
俺の視界の左上に新たなゲージと名前が3人分付け加えられた。
「これで晴れてオレ達はお前達のパーティーメンバーだ、よろしく頼む」
「よろ」
「よろしくお願いします~」
ヒョウ、みぞれ、クリスはそれぞれ軽く頭を下げてきた。
「ああ、こっちこそよろしく頼むな」
「えと……よろしくお願いします……」
「よろしく! 頼りにしてるわよ!」
俺、バル、シーナもそう言ってパーティーメンバーを歓迎した。
「それとヒョウ! あんたはクリスの彼氏なんだからあんまり私とバルに気安い態度は取るんじゃないわよ! いいわね?」
「ちょっ! シーナ! オレは――」
「ヒョウさ~ん」
シーナの言葉にヒョウが反応したが、それでヒョウが何かを言おうとしたところをクリスに抱きつかれて遮られていた。
「ちょ、く、くりす、はははなれて」
「い~や~で~す~」
「てい」
そして何故かみぞれもヒョウに抱きついて、それによって重心を崩したヒョウが倒れこんだ。
「てめえら何やってんだよ」
「……すまない」
俺はヒョウの手を取って立ち上がらせる。
本当にこんな奴らを仲間に入れて大丈夫なんだろうか。
「……でもまあ、これでかなりパーティーとしての自由度が上がったんじゃねえか?」
「そうね、でもまあ油断せずに行くわよ」
「た、盾役……が、頑張ります!」
「……本当にこの子に盾役を任せて良いものなのか」
「やる気ある子に水ささない」
「もしも怪我をしたら私が治してあげますからね~」
こうして3人だった俺らは6人のパーティーになった。
これで大分パーティーらしくなってきたんじゃねえだろうか。
つっても集まったのは全員1つの事に完全特化したキワモノばっかりなんだけどな。
だがそれでも俺らは自分の特性で仲間と助け合うことができる。
俺も俺で自分の役割を果たせるようにしねえとな。
ああ、俺は俺の役目を、絶対に果たさなくちゃいけねえんだ。
3日前、俺は、俺らは、終に惨敗した。
抵抗らしい抵抗もできずに、理解すら追いつかないほどに、圧倒的な力でねじ伏せられた。
あの時、一体何がいけなかったのだろうか。一体何が悪かったのだろうか。
一体どうしていれば終を倒せていたのだろうか。
そして何故終は俺らを見過ごしたのか。
あの時俺らは終の手によって全員気絶状態に陥られた。
しかし結果はそれだけで、終達がそれ以上何かをしたという事はなかったようだ。
アイツらは自分達を『解放集会』と名乗っているにもかかわらず俺らプレイヤーを解放、殺したりはしなかった。
なぜそんな結果が残った?
わからない。
終が何を思って俺らプレイヤーを見過ごしたのか、その真意が全く読めない。
終にはなにか別の目的があるという事なのだろうか、それともめんどくさがっただけなのか、あるいはただの人員不足でそうせざるを得なかったのか。その理由は終を追いかければいずれわかったりするのだろうか。
そして終はなぜ『オーバーロード』を使えたのだろう。あれは俺の夢の中に出てきた謎の女が俺に与えたチートスキルのはず。
それなのにあいつは平然と、どこにでもあるありふれたスキルであるかのように俺に見せ付けた。そして、俺以上の力を見せ付けた。
また、終は『オーバーロード』以外にも『オーバーフロー・ハイエンド』というスキルを使っていた。
多分あのスキルは俺の『オーバーフロー・ダブルプラス』の更に上位のスキルなんだろう。
つまり終はプレイヤースキル、スキル、レベルその全てで俺より一歩も二歩も先に進んでいるという事になる。
そんな敵にはたして俺は勝てるのだろうか。
俺はあの敗北からそんな考えが頭から離れずにいる。
だが、それでも俺は勝たなきゃいけない。
俺はあの時惨敗した。そのあまりにも隔たりのある力量の差に身がすくんだ。しかし、それでもなんとなくではあるが、あいつを倒せるとしたら俺しかいないんじゃないかという予感を俺は抱いている。
故にあれから俺は自らを鍛えだした。レベル上げという概念とは違った意味でだ。
あの時終はプレイヤースキルこそが最も重要視される要素なのだと俺らに語った。だったら俺もそんな終のように強くならなければいけない。
そして、俺はなんとしてもあいつと決着をつけなくちゃいけないような気がしている。これはエイジを筆頭とした、終達に殺された人々の無念を晴らすためなのか、それとも俺自身に溜まったなにかしらの膿みを取り除きたいからなのかはわからない。
だけどそんなものはわからなくてもいい。
とにかく俺は終に勝たないといけない。
それだけわかっていれば十分だ。そうして戦って勝てればエイジ達の供養にもなるし俺の心も晴れるだろう。
その為に俺は、強くならなければならない。
終に絶対勝つために。そして『解放集会』を叩き潰すために。
そんな決意を胸に抱き、俺は次の街へと向けて進んでいく。




