牢屋
「…………あ?」
気がつけば俺は薄暗い小部屋に鎖で繋がれていた。
「ここは……どこだよ?」
さっきまでいた白い空間とは真逆の部屋を見て俺は軽く混乱した。
目の前には鉄格子、壁は血か何かで薄汚れた石造り、そして足には鉄球のようなものが鎖で付けられている。
それに両手は上に持ち上げられ、鉄の枷をはめられて壁に固定されている。これじゃあメニューを開くこともアイテムボックスを出すこともできない。
どうやら俺は捕まっている状況のようだな。
「くそっ、目覚めが悪い待遇だぜ」
俺がそんな悪態をついて嘆息すると、隣の小部屋からジャリッと鎖が動くような物音が聞こえてきた。
「っ、誰かいるのか?」
「あ、はい~。ようやくお目覚めになられましたか~」
隣からはやけにのほほんとした女の声が聞こえてきた。
……鎖の音がするから多分隣の奴も捕まった奴だと思うが随分陽気な声だな。
「なあ、てめえも牢屋に入れられてるんだよな?」
「はい~。もうかれこれ5日ほどは入っておりますよ~」
「随分余裕そうだな」
「いや~それ程でも~」
「いや褒めてねーよ」
「そうでしたか~」
……なんだか気の抜ける奴だな。
天然なのかわざとなのか俺には判断できん。
「なあ、俺はこの牢屋に入れられてどれくらい経ったかわかるか?」
「う~んそうですね~。私もお日様の光をしばらく浴びてませんので確かなことは言えませんが~……おそらく半日程だったかと思いますよ~」
「そうか、あんがとな」
「いえいえ~」
半日か。
俺が気絶してからすぐここにぶち込まれたのなら今は大体昼を過ぎた辺りってところか?
……てかバルとシーナはあれからどうなったんだ?
「なあ、俺と一緒にここに連れてこられた奴はいないか?」
「? はて~、多分いなかったかと思いますよ~?」
「そうか」
「はい~」
となると2人は無事に逃げられたのか?
シーナが逃げることに関しては問題ない。あいつはAGI特化だからあっという間に逃げれるだろう。
だがバルはどうなんだ? あいつは俺と同じ鈍足だからもしかしたら追っ手に捕まるかもしれない。
ただでさえ逃げていたときにヒョウとみぞれの2人組と鉢合わせしちまったんだ。
ヒョウは俺の攻撃で伸びていてもまだみぞれがいた。
あいつがあの後バルを捕縛していたとしても不思議じゃない。
相手の動きを止めるスキルも持ってたみたいだしな。
そうすると俺もこんなところでうかうかしてらんねえぞ。
「今看守とかは傍にいるのか?」
「看守のおじさんなら今ここにはいませんね~」
「そうか、ならいいか」
俺は両腕に思いっきり力を入れてみた。
「ふんっ!!!」
すると壁にはまっていた鉄枷がバキンと音をたてて壊れ、俺は腕の自由を取り戻した。
「ふーんっ!!!!!」
そして今度は手首にはまったままの手錠を無理やり左右に力を入れる。
すると手錠もベキンと音をたてて外れた。ついでに足の枷も引きちぎる。
「よし、これで自由の身だ」
STR特化万歳だな。
こんな枷じゃ俺を縛ることなんかできねーぜ。
「あの~、今凄い音が立て続けに響いてきたのですが大丈夫ですか~?」
「あーもう大丈夫になった。心配しなくてもいいぞ」
「そうですか~」
俺は隣の女に適当な返事をしてメニューを開いた。
確認すべきはバルとシーナの所在だ。
一応常に左上に表示されているHPゲージは2人とも満タンだから死んでいないことはわかるのだが、それでも心配だから早く合流しないといけない。
「バルは……町に戻ったのか」
バルの現在地は3番目の街から東にある町にいることがマーカーによって表示されていることで判明した。
そこにいるなら命の危険はないだろう。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
だが次にシーナの居場所を表示させるとその気分も崩れた。
俺の顔が若干引きつってるのを感じる。
「何やってんだあいつ……」
シーナは現在3番目の街にいた。
ただ街のどこにいるとかそういうことは何ともいえない。
シーナを表しているマーカーは一秒ごとに大きく移動していた。
「これもしかして街中を走り回ってんのか?」
なんでそんな事をしている?
俺を探している?
だが俺の居場所はマップ見れば分かるだろ?
「まあとにかく外に出て合流するか」
俺は鉄格子についていた鍵付きの扉を力任せに押し破った。
「つか弓がねーし。バルかシーナが回収してくれてるといいんだが……」
「あれ~。なんで牢の外にいるんですか~?」
俺が牢屋から出て周囲を見回していると、隣の女からそんな力の抜ける声が聞こえた。
「なんでって仲間と合流するためにだよ」
「あら~」
……隣の女を見ると、そいつは金色の瞳で金色の長い髪を持つ、僧侶風の白い洋服で身を包んだ女だった。
ソイツは俺らよりも若干年上っぽく、見た目から大人な雰囲気を醸しだしているが、ゆるんだ顔がそんな外見よりどうも幼く見えてしまう。
だが顔は悪くない。日本人離れしているから俺にはどれくらいのレベルなのか判断しにくいが、まずモテる部類だろう。
それに巨乳だしな。多分シーナよりある。あんなの見せられたら大抵の男どもは黙っちゃいねえだろうよ。
まあ今はそんなことどうでもいいことか。
「なあ、てめえはこの街の住民か?」
「いえ~? 私はプレイヤーですよ~」
「そうだったか」
「はい~」
「国籍は?」
「日本人ですよ~。まあ半分はアメリカ人の血を引いておりますが~」
「ああ、なるほど。ハーフか」
「はい~」
見た感じ日本人離れしてるからこの世界の人間と区別が付かなかった。
こいつもバルと同じハーフか。バルはイギリスだったが。
「まあそれもどうでもいいか……俺の名前はリュウってんだ。てめえは?」
「リュウ……。 あ、はい~申し遅れました~。私の名前はクリスと申します~」
…………。
「……クリス?」
「はい~」
「……」
「~?」
クリスって確かあれだよな。
バルが仕入れた情報によると、あのヒョウとみぞれのパーティーのメンバーだって奴だったよな?
……一応聞いてみるか。
「なあクリス。てめえはヒョウとみぞれって名前に心当たりあるか?」
「あ~その方達ならよく存じ上げておりますよ~。何といってもここまでずっとパーティーを組んでいた仲ですからね~」
「ビンゴだよ……」
なんちゅー偶然だよ。
いや、この牢屋が集まった部屋にプレイヤーをまとめて閉じ込めてたなら別に偶然じゃねえのか?
事前に手に入れてた情報からこいつが魔王陣営に捕まってる可能性がある事は考えていたが、まさかホントだったとは。
「それで、リュウさんはお仲間と合流した後どうなさるおつもりですか~?」
「どうするって……態勢整えたら魔王をぶっ倒すんだよ」
「まあ……」
俺の言葉を聞くとクリスは目を丸くした。
そんなに俺が魔王を倒すと言ったのが不思議なのか?
「勝てる見込みはあるのでしょうか~?」
「ああ、あるさ」
1つ目は俺がここまで培ってきた戦い方。
2つ目は俺を支えてくれるバルとシーナの存在。
そして3つ目としてはあの夢で言っていたクラスについての事もある。
だから俺は自信を持って言い切る。
「俺は絶対に魔王を倒す」
「……そうですか~」
俺が魔王を倒すと宣言すると、クリスは柔らかく微笑んだ。
「あの~、外へ行かれるのでしたらワタシも連れて行ってはいただけませんか~?」
「あ? ああ、そういやてめえも捕まってる身の上なんだよな」
「はい~」
「いいぜ。ちょっと待ってろ」
俺はそう言うと、鉄格子、手枷、足枷の順番に破壊してクリスの自由を取り戻してやった。
「ふ~、ありがとうございます~。腕を上げたままの状態って結構辛かったんですよね~」
「てめえ自由の身になって最初に思うことがそれかよ」
こいつ大分緊張感がないな。
本当にこの牢屋で5日間も過ごしてたのかよ。
「……だがこれであいつらと敵対する必要もなくなるのか?」
「なんのお話ですか~?」
「ああ、てめえに聞いておきたいんだけどよ、ヒョウとみぞれって奴らは積極的に魔王に加担するような連中か?」
「そんなわけないじゃないですか~。ワタシ達は魔王を倒すために旅をしているんですよ~?」
「そうか。じゃあ問題ねーな」
「はい~?」
こいつは今の質問が良くわかってないみたいだがまあいいだろう。
それよか早くここから脱出しねえとシーナがやばい。
「ギャハハ! 人が惰眠をむさぼってる間にお客人が増えてたようだなぁ? クリスぅ?」
「っ!? 誰だ!」
俺は部屋に反響する声の主を探すべく周囲を警戒した。
「あ、リュウさん、その方は大丈夫ですよ~。ワタシ達と同じくプレイヤーの方です~」
「何?」
「あんたら逃げるんだったらよぉ、あたしもついでに連れてッちゃあくんねぇかなぁ。そうしてくれんならこの街から出る抜け道を教えてやってもいぃぜぇ?」
……抜け道?
奥のほうの牢屋からそんな声が聞こえてくる。
ここでプレイヤーを助けない理由はないか。
そいつの知っている抜け道とやらも気になるしな。
「わかった。ちょい待ってな。すぐ出してやっから」
「さんきゅー」
俺が奥の牢屋前に来ると、中に入っていた女が俺に軽く礼を言ってきた。
「…………」
その女はどことなく異様な雰囲気を纏った女だった。
確かにプレイヤーらしく、日本人顔の黒髪黒目なのだが髪が異様に長く、それでいて顔にナナメに切り傷が付けられている。
髪が長いのは顔の傷を見られたくないからだろうか、だがそれでも髪の間から見えるその女の表情はニヤついていて、どこも隠すところなどありませんといった風に堂々としている。
「リュウっつったっけ? 見蕩れてねぇで早く助けてくれよぉ」
「いや見蕩れてはいねーよ。ちょっと待ってろ」
俺はクリスのときと同様に女を縛り上げている鎖と枷を壊した。
……しっかしこいつはどう判断していいのかわからねえな。
普通顔に大きな傷のある奴が自分に見蕩れたかとか言うか?
確かに傷さえなければなかなかの美人に見えるがそれにしても気にしなさすぎだろう。
あの傷も髪も元の世界準拠だとすると、こんな態度のできるコイツは相当肝が据わってんだろうな。
「いやあ助かったぜぇ。ありがとよぉ。あたしの名前はキルっていうんだ。よろしくなぁ」
第一印象からインパクトある奴だったが名前まで随分大胆なセンスしてやがった。
「ああ、よろしくな。俺の名前はさっき聞いてたみたいだから言わなくても問題ないな」
「リュウだよな? 言われなくっても大丈夫だぜぇ」
「キルさんは3日前からここにいたんですよ~」
3日前か。
俺らが3番目の街に着いた頃だな。
まあそれはどうでもいい。
早くここから脱出しないと。
「そんじゃあいく……誰か来たな」
キルが急に声を低くして俺とクリスにそう言ってきた。
俺はその言葉を聞いてアイテムボックスから石袋を取り出した。
「あ~多分大丈夫ですよ~」
「は?」
クリスが暢気な声でそう言ってきてつい俺はクリスにガンを飛ばした。
「いや~そんな怖い顔しないでください~。大丈夫なのは本当のことですよ~」
「……ホントだろうな?」
「はい~」
こいつの言うことをどれだけ信用すればいいんだ?
俺はとりあえず牢屋の中に隠れて、奥の扉の向こうから段々此方に近づいてくる足音を聞き続ける。キルも俺の隣に隠れた。
クリスはそのまま牢屋の前にい続けたのでどうしようかと思ったが、時間切れで靴音がやみ、そして扉が開かれた。
「あんれまあクリスぢゃんじゃねえがー。どすて牢の外に出てるんだっぺかあー」
……やけに言葉がなまった中年のおっさんが現れた。
「あ~看守のおじさんごめんなさい~。ワタシ達ここから逃げることにしました~」
「ほえー。クリスぢゃんもようやぐ重い腰を上げたってことだべな?」
「ええまあそういうことです~」
「それはよかったべえ。おいらも無実の子を牢に入れ続けてるのは嫌だったんだがらなあー」
「とりあえずワタシ達が脱走したことはしばらく内緒にしていてもらえます~? 2、3日ほどでまたあの魔王へリベンジしに戻ってきますので~」
「期待しとるべなー」
「というわけで行きましょうリュウさんキルさん~」
クリスは俺とキルが隠れている牢屋に向かって手招きをしている。
「そこのおっさんとクリスが仲いいのは知ってたけどよぉ、そんなあっさり脱獄許しちゃっていぃわけかぁ?」
キルがクリスと看守のおっさんに詰め寄っている。
俺もこのあっさり具合には拍子抜けだ。
つか明らかな外国人顔のおっさんからなまりの強い日本語を聞くとか凄まじい違和感がある。
つか今まで気にしてなかったがこの世界の住人は全員日本語喋ってるんだよな。
あんま深く考えねえ方がいいのか?
「オラだちもはやぐ魔王さやっつけでほしいんだよー。その為にはクリスぢゃんとそのお仲間さんだちの力が必要不可欠と思っとるんだ」
「へえ」
ここまでこのおっさんに言われるってことは案外クリスにヒョウとみぞれのパーティーはここの魔王に善戦してたってことなのか?
「とりあえずこれで脱獄の件はなんとかなりそうですので早くここを出ましょ~」
「まっ楽に抜け出せるならいいんだけどよ」
こうして俺らは案外すんなりと脱獄することに成功した。




