共同作業
ある日、俺らが山を登っている時にバルがモンスターの素材剥ぎ取りを手伝いたいと言ってきた。
「素材を? てめえが?」
「そうじゃ」
「だがなぁ……」
どういう心境の変化なんだろうか。
今までは何も言ってこなかったから俺がこなしていたが、この機会にバルにもやらせるべきなのか?
ちなみにシーナも俺が解体作業をこなしている間は無言だから結局バルと2人だった時と同じく、俺一人で素材剥ぎ取りをしていた。
つかあの作業って結構重労働でグロいんだよな。
血とかドバドバ出てくるし内臓だって真近で見るし。
そんな仕事をバルにさせて平気なのか?
なんか教育上良くないんじゃないかと心配だ。
……いや、むしろこうした機会で死生観とか人間の営みというものを学ばせられて教育的には良いのか? そういうことならバルのために時間を割いてやるのもやぶさかではないが……
よくわかんねえな。
俺は別に教育者なわけでもねえし。
「やらせてあげればいいんじゃないの? 本人がやりたいって言ってるんだから」
悩んでいる俺に後ろからシーナが軽い感じでそんな風に言ってきた。
「でもよお、こんなグロい作業をバルができると思うか?」
「それは、うーん……」
「お主らわしをあまり見縊らんでほしいのう。わしは料理の際、魚の三枚おろしなど容易くこなせるのじゃよ? そういったことの延長線上にあると思えば問題ないじゃろう?」
……そういうものなのか?
確かに魚を捌くにも血はでるし内臓も見るが。
「まあ……そこまで言うなら教えてやるよ」
「うむ。よろしく頼むぞい」
バルはそう言って俺に頭を下げた。
「この際だからシーナもついでにどうだ?」
「わ、私はいいわよ! あんたたち2人でやってなさい!」
「へいへい」
シーナは解体作業に参加したくないようだな。
コイツ、血とか見たくないタイプなんだろうか。
いやまあ俺もバルも血が見たいってわけじゃねえけど。
「それじゃあ次にモンスターを狩ったらそいつはバルが解体するってことでいいな?」
「うむ。そうしてくれい」
「ハァ……あんたも物好きね。私はあんたたちが素材取ってる間に湧き水でも探して汲んでくるわ」
「ああ、わかった」
そうして俺らは再び緩い坂道を歩き始めた。
「こんな山の中でもあのブタはいるんだな」
俺は今弓で仕留めた例のブタ公を見下ろしながらそう呟いた。
こいつらの生息域って結構広かったりするのか。
「まあちょうど良く一匹狩れたから良いんだけどよ」
「う、うむ、そうじゃな。タイミング的には悪くなかったのう」
俺は隣にいるバルを横目でこっそり見てみた。
バルはどうも落ち着かない様子で手足を動かしそわそわしていた。
「それでどうする? やるか? やっぱ止めとくか?」
「い、いや、やる。わしはやるぞい」
「そうか」
でもこの様子だとちょっと不安だな。
こんなんで本当に最後まで解体できんのか?
まあ途中でギブアップしたら俺が引き継げばいい話だが。
「それじゃあ私はその辺を散策してくるわね。何か食べられそうな山菜やキノコとかもあったらついでに持ってくるから」
「腹壊したくねえから変なもん持って帰ってくんなよ?」
「しないわよ! 私だってある程度食べられるものか食べられないものかの区別くらいつくわよ!」
「シーナ、気をつけて行くんじゃぞ」
「わかったわ。あんたも無理しちゃダメだからね、バル」
そうしてシーナは生い茂る木々の奥へと消えていった。
「さてと、そんじゃあいっちょやるか。バル、準備は良いか?」
「うむ……ちょっと待ってくれるかの」
バルはそう言ってカチャカチャと自分の兜を外し始めた。
「……なんで兜を外すんだ?」
「……えと……私なりに……真摯に向き合おうと……思いまして……」
「……ほお」
つまりこれはあれか。
コイツはコイツなりに俺らが殺した生き物と向き合おうとしているのか。
今までは気にしてなかったが、この世界の生き物はゲームのデータとは思えない。
街に住む人々しかり、野生で出てくるモンスターしかりだ。
だからバルも最初は金や経験値のためにモンスターを狩っていたが、最近になってちゃんと生きている生き物を殺していることに何か罪悪感めいたものを感じてきたのかもしれない。
そういうことなら悪くない心の変化なんじゃねえかな。
この世界にいる生き物は全て俺らと同じく生きていると思えるのなら良いことだ。
少なくともこの世界の人間をNPCとしか思えなかったりモンスターをただの経験値や金稼ぎの手段としか見ていないよりかは好感が持てる。
「準備ができたみたいだから早速始めるぞ」
「は、はい!」
バルは不安そうな顔をしながらも剥ぎ取り用ナイフを持ってブタの死骸に近づいた。
「元の世界ならまず最初にやるべきことは血抜きなんだが、この世界のモンスターの肉は血が混じっても味は変わらないらしい。だからまずは皮剥ぎから行う。このブタはイノシシみたいな毛皮が取れるからな」
俺はバルの傍でモンスターからの皮の剥ぎ取り方を口頭で伝えた。
このブタはブタだと思うんだが茶色い毛皮に覆われていて、その毛皮もそこそこの値で売れたりする。
「皮剥ぎができたら次は肉の切り落としだ。その時太い血管はできるだけ切らないのと、内臓を傷つけないことに注意しろよ。血が多く出ると後始末が面倒だし内臓は普通に雑菌類で危険らしいからな」
「わ、わかりました」
「とりあえず皮を剥ぐところからだな、やってみろ」
「は、はい、皮をむくのは得意です」
バルはコクリと喉を鳴らしてからブタに手をつけた。
確かにコイツ、野菜の皮むきとか包丁ですいすいこなすんだよな。
だからといって同じ要領で皮を剥げるかは疑問だが。
「あ……あったかい……」
バルはブタに触りながらそんな感想を洩らした。
そりゃまあさっきまで生きてたモンスターだからな。まだあったかいだろうよ。
その後、意を決したようにバルにブタにナイフを突き入れた。
「わ! い、今ビクンってしました……」
ナイフを突き入れた瞬間、一瞬だけブタの体が動いた。
脳は死んでも神経伝達は死んでないから脊髄反射で時々そういう反応はあるんだよな。
死んでたと思ったのにいきなり動くとビビるよな。
「どうした? 怖いならやめてもいいんだぞ?」
「いえ……やります……やらせてください! 私、リュウさんのためにもしたいんです!」
……そうか。
バルは俺が1人で解体作業をやっているのに後ろめたいものも持ってたんだな。
にしても俺にためにも……か。
その気持ち、嬉しいぜ。
「でも……リュウさんが私じゃ無理というのでしたら――」
「いや、ダメじゃねえよ。俺もバルにしてもらえるなら嬉しい」
「あ……リュウさん……」
「でも無理はしなくていいからな」
「はい!」
そうしてバルはブタに突き立てたナイフを動かしていく。
「そう、皮は優しくゆっくりとでいいからな」
「は、はい」
下手に慣れない手つきで皮を剥ぐとナイフが貫通して手を怪我するかもしれないからな。
俺の言葉を聞いてバルは慎重に皮を剥いでいく。
そしてしばらくして大体の皮を剥ぐことができた。
「よし、えらいぞ。良く頑張ったな」
「うぅ……なんだかグロテスクです……」
皮を剥いだ肉の塊を見ながらバルはそんな感想をもらした。
「いずれ慣れるさ。それにグロいとか言うなよ。これはてめえが後で口に入れるモンなんだからな?」
「そ、そうですよね……口に入れるんですよね……」
そうだ。これは俺らの晩メシだ。
アイテムボックスに入れておけば腐らないとはいえ、やっぱり今日仕留めた獲物は今日のうちに食べておきたい。
「それじゃあ次だ」
俺はバルに目の前の肉の塊を解体するよう指示した。
バルはナイフで肉を切り始める。
「んしょ……よいしょ……ん……結構硬いですね」
「手が疲れてきたか?」
「いえ……まだ大丈夫です」
「そうか、じゃあもう少し強く握れ。そんなんじゃいつまでたっても終わらねえぞ」
「は、はい……よしっ」
俺の言葉にバルはしっかりと答えてナイフを握り直し、肉を切り分けて内臓を取り出していく。
「そこはワリとデリケートだから慎重に扱ってくれ」
「わ、わかりました」
そしてバルは内臓を慎重に取り出していく。
特に胃や腸といった内臓の中身は危険なので傷つけないようにするよう注意しないといけない。
「……そこ、あんまり強く触ると出ちまうぞ」
言ってる傍からバルは腸を若干強めに引っ張って取り出している。
腸が破けて中身が出たら大惨事だ。
「あ……す、すみません……」
「別に謝らなくてもいいぞ。次からは気をつけてくれ」
「はい……」
俺の言葉でバルは若干落ち込んでしまったようだ。
「だが初めてにしてはよくできてると思うぞ」
俺はバルに優しく励ましの言葉を送る。
「スジがいい」
「……スジがいいんですか?」
「ああ。とてもいい」
そう俺が答えるとバルの顔はパァと明るさを取り戻して笑顔で内臓を取り除いていく。
「えへへ……そんなにスジがいいんですか?」
「そうだ」
機嫌を良くしたバルはそのまま作業を続けていく。
……だがそんな緩んだ気持ちでいたせいか、バルはブタの一際太い動脈を傷つけてしまった。
血管内の血がピュッと飛び出してくる。
「きゃっ」
……血が噴き出したのは僅かではあったが、その血はバルの顔に降り注がれてしまった。
「大丈夫か?」
「うぅ……なんだかベトベトします……それに……変なニオイです……」
血は固まりかけていたため、若干粘り気のある液体に変化していた。
「……すみません。ちょっと力を入れすぎちゃいました」
「良いって別に。てめえは良く頑張ったよ」
俺はバルの顔に付着した血を布で拭いて頭も撫でてやった。
「あ……」
もうここまでやれたなら十分だろう。
後は俺が引き継ごう。
俺はバルのナイフを持っている手に触れる。
「力を抜け、バル。今度は俺の――」
「ちょっと待ったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
「は?」
俺が顔を上げるとシーナが超スピードで目の前にやって来た。
その顔は妙に赤くなっているし、なんか呼吸も乱れている。
「どうしたシーナ。すっげえ顔が赤いぞ」
「そ、それは! え?! てゆーか! あんたたちさっきまで何してたのよ!?」
「何って……ブタの解体だろ。見てわかんねえのか?」
俺は体をどかしてシーナからでもブタが見えるようにした。
「えっ……? あ……うん……そ、そうよね! ただの肉の解体作業よね!」
シーナは焦ったような様子で手をせわしなく動かしている。
「なんでそんな焦ってんだよ?」
「う……うっさい! あんたたちが引っ付きながら紛らわしい事言ってるからいけないんでしょ!」
「なんだそりゃ?」
「うっさいうっさい!! もうこの話は無し! 終了! 早く作業を終わらせなさいよ!」
何故かキレたシーナはそう言って俺らの傍から離れていった。
「一体なんだったんだ……」
「?」
俺がバルの方を向くと、バルもなぜシーナがこんな調子なのかわからないようで、首を傾げていた。
なんなんだよシーナの奴。
こうして俺とバルはシーナからよくわからない怒りを買いつつも、モンスターの解体作業を完了した。




