真剣勝負 後編
俺とシーナは宿まで続く路地の横道にそれてしゃがみこんでいた。
主にシーナを慰めるために。
「なあシーナ。悪かったって。この通りだ」
「…………ずずっ」
俺はひたすら手を合わせてシーナに謝り続けている。
それを見ているのか見ていないのか、鼻水をすすってシーナは俯いている。
「……どうせ心の中ではとりあえず謝っとけって思ってんでしょ?」
「思ってない思ってない。今の俺は本気で俺が悪かったと思って謝ってる。さっきまではスキル貰ってテンションおかしくなってた。それにこれからはもう少し優しくする。だから機嫌直してくれって」
俺はシーナをいじるのが楽しいと感じたが泣かせるのまでは趣味じゃない。
シーナが本気で嫌だと感じたのであれば俺も自重するくらいの事はできる。
「……ふんっ」
シーナは俺からそっぽを向いてしまう。
どうやら大分やりすぎちまったか。
全然機嫌がなおらねえ。
そんなにさっきの会話がまずかったのか。
「……人が真面目に聞いてたってのにそれをあんたは……あんたはっ!」
……ああ、そっちの意味もあるのか。
「真面目に聞いてたってあれか? あんたから見て私はどう?って話のやつか?」
「……そうよ」
まあ聞かれた時点で何を聞きたいかは大体理解していたが。
「それってあれか。シーナが俺らのパーティーに入ってどうなのかって話だよな?」
「そうよ……とりあえず1日経ったし、どうなのかなって思ったのよ」
やっぱか。
そんなに真剣に聞いてたってことは、もしかしたらコイツはコイツでまだ俺らに認められてないんじゃないかって思ってたのかもしれないな。
「シーナ、まだ1日しか一緒に動いちゃいねーけど、てめえはかなり役に立ってると俺は思うぜ」
「うそよ。そんなのうそ」
「いや嘘じゃねーよ。何で俺の感想をてめえが否定すんだよ」
「だって……だって!!!」
そう言うとシーナは涙目で俺を見据えた。
「あんたたちには……全然私なんて必要ないじゃない!!!」
「シーナ?」
「あんたは攻撃を完璧にこなすしバルは防御を完璧にこなしてるじゃない!」
「…………」
「……正直、あんたたちのパーティーは2人で完成してるのよ……私なんていらないじゃない……」
そうか。そういうことか。
「私は避けることしかできないのにバルなら体を張って敵を止められる。私ができるのは精々補助でしかないのよ。……そして、それは別に私じゃなくてもいい」
シーナは求めていたんだ。
自分自身を本気で認めてくれる本当の仲間を。
「わかる? 私にはあんた達がどうしても必要なのに、あんた達は私が絶対に必要なわけじゃないんだって気づいた時の私の気持ちが」
「シーナ……」
そして自分はやっと自分が役立てると思っていたパーティーの中でただ一人、別に必要なわけではないと、認められているわけではないと、シーナは思ってしまったのか。
「私は……回避することしかできないのよぉ……」
……そうだ。
俺とバルは2人合わさって絶大なパフォーマンスを得ることができた。
正直に言えばここまでの道中、2人での戦闘で苦労することはなかった。
だからここから先も2人で進むことだってできると思う。
だがシーナはどうだ?
回避しか出来ないのに回避盾として中途半端な活躍しかできず、幾つかのパーティーから盾失格の烙印を押されたシーナはどうすればいいんだ?
おそらくは臨時のパーティーでどうしても盾役が足りないという場合に活躍できるくらいだろう。
まあそれを機会に臨時から正式にパーティーを組むということも十分にありえるだろうけどな。
だがそれはもしかしたらシーナの求めるものじゃないかもしれない。
少なくとも、シーナが求めているパーティーは魔王との戦いの最前線に行く意志のあるパーティーのようだ。
そしてそんなパーティーと組めなかった場合、シーナは1人で戦えないから魔王との戦いから脱落する。
つまりシーナはこの世界から助けられる側として待つことを強いられることになる。そしてシーナはそれを認めない。
だから偶然見つけた自身の力を十二分に発揮できる攻撃力を持つ俺、それに魔王と戦う意志のある俺らのパーティーに認められるかは、シーナにとってはこの先も戦う事ができるかどうかを決める重要な分岐点だったのだろう。
そんな俺らとパーティーが組めるのかどうか、コイツはずっと不安だったんだのかもしれない。
うぬぼれてるような気もするが、おそらくはそんなところだろう。
「……こんなことなら、バルより先にあんたに会えればよかったのに……」
「…………」
シーナの言葉に俺は何も言い返すことはできない。
もしかしたらそういう未来もあったんだろうな。
バルとシーナの盾としての能力を比べるなら、直接的に敵を足止めでき、なおかつ強靭な防御力で傷一つ付かないバルの方に軍配が上がる。
しかし今の俺とペアで組む場合のバルとシーナの差はそれくらいしかなくなる。
つまり俺はシーナと先に会っていたらその場でパーティーを組んでいた可能性もあったのかもしれない。
お互いの欠点が補いあえて、俺らはパーティーを組めたことを素直に喜び合っていたのかもしれない。
「シーナ、俺はてめえと――」
「待って!!!」
「シーナ?」
「……あんたが私に言おうとしたこと、なんとなくわかるよ。でも、今は待って……」
……なんでだ?
俺はただてめえと組めるなら、それは悪くない話だって言おうとしただけなんだぜ?
そしてそれは俺とバル、シーナの3人でも変わらないって、そう思ってパーティーに正式に迎え入れるつもりだったのにどうして?
シーナをパーティーに入れない理由なんかない。
デメリットよりメリットの方が勝っている。
それに短い間だがコイツの人となりは知れた。コイツは悪い奴じゃない。
だからパーティーに入れたほうがずっといいに決まってる。
シーナとしても俺らと正式にパーティーを組みたいはずだ。
なのにどうして俺の言葉をさえぎった?
「……これは私の気持ちの問題。……どうせなら私をもっと必要としてくれるパーティーに入りたいっていう私のワガママ」
「っ! シーナ! 俺だって、俺らだっててめえを必要としてるぞ!」
「……あんたが必要としてるのは替えのきく補助パーツでしょ? バルみたいに絶対に必要なものじゃないのよ私は」
「何でそんなこと言うんだよ!!」
「うるさい! そう思っちゃったんだからしょうがないでしょ!!」
シーナは俺に向かって泣きながら訴える。
「耐えられないのよ私は……ただ同情されてその場に置かせてもらうような惨めな立ち位置は!」
……ああ、そうか。そうだったのか。
俺はこの時気づいた。
今のシーナはかつての俺だ。
俺がこの世界に来た日、ユウ達のお荷物になるんじゃないか、そんなことを考えてユウ達から離れていった時と、こいつは今同じなんだ。
「別に俺はてめえに同情なんてしてねーよ! ……やっぱちょっと訂正、同じ全振り仲間が不遇な立場に立たされてて少しは同情してた」
そして全振りだからお荷物になると、シーナは俺と同じように馬鹿にされてきたんだろう。
シーナがこの世界で受けた理不尽に、俺はやっぱり同情していたんだと思う。
「ふふっ、変なところであんたは嘘つけないのね。……まあそれはあんたの数少ない良いところかもだけど」
「おいやめろ。そういうのをツンデレっつーんだぞ」
「別にデレてなんてないわよ! ……ってまたさっきまでの繰り返しになるとこだった」
「俺は別に繰り返してもいいぞ。てめえが元気になるならな」
「っ、ばーか」
シーナは小さくそう言った。
「まあそういう訳だから、まだしばらくはお試し期間は継続という事で」
「そういう訳ってどういう訳だよ?」
「うるさい。今日はもうあんたは黙ってなさい。そういう訳はそういう訳なの!」
「…………」
そしてシーナは立ち上がって俺を上から見つめてきた。
「それで、そのお試し期限はあんた達がレベル15になるまで。レベル15になった時にあんたが私を本当に認めていたら私はあんたたちのパーティーに加わるわ。レベル15までにあんた達には私が必要だってわからせてやるんだからっ!」
……なるほどな。
いいぜ、上等じゃねえか。
俺もその場で立ち上がり、シーナを上から見つめて声を出す。
「へー、そういうことか。まあ精々頑張りな」
「随分上から目線で言ってくれるわねえ。てゆーかあんたはもう喋っちゃダメって言ったでしょ!」
「…………」
まったく、てめえも結構上から目線だよな。俺に負けず劣らず。
俺はここから今日が終わるまで人語禁止令を布かれ、宿で待っていたバルに何かあったのか説明することもできなかった。
でもまあいいさ。今回の事は俺に対するシーナの挑戦ってことで。
俺がシーナを本当の意味で認めるか。
それは俺とシーナの真剣勝負だ。
そして俺らは今日を終える。
俺はシーナとの戦いを心待ちにして眠っていった。
しかし結果として、レベル15になった時シーナが正式にパーティーに加入するか否かを決めるという約束は果たされなかった。
俺とシーナの勝負は思わぬ形で幕を引いた。
この街に突如現れた、大蜘蛛の魔王との戦いによって。




