NPC
階段を降りきった先には狭い通路があった。
そこは薄暗くて若干ホコリっぽいような感じがした。
しかしながら、壁に備え付けられた燭台に乗った蝋燭の火が通路を照らしているため、ここに誰かがいることは確定と言っていいだろう。
一体ここは元々何のために作られた所なんだ?
教会の地下にこんないかにもな通路があるとか碌な考えが浮かばねえ。
そんな通路を俺が先頭で突き進む。
本当は役割的に俺がバルの後ろにいたほうが良いんだけどな。
だがもしもの時にコイツの視界を覆う準備はしないといけない。
あまりこいつにショックを与えたくない。
「?! な、なんだお前ら!」
「っ!」
ちょうどそのタイミングで通路の奥にある扉から一人の男が俺らの前に姿を現した。
男の装備は鋼装備で手にはバルと同じ兜を持っている。
今度こそ誘拐犯のお出ましだ!
「うらあ!」
俺はそれを確信した瞬間に石袋を手に持って、剣を抜こうとする男に向かって走りながら投げつけた。
「げふぅ!!!!!」
男は俺の投げた石袋に耐えられず、扉の奥に吹っ飛んでいった。
まずは一人!
「バル! 気をつけろ! ここはもう敵の巣だ!!」
「うむ! 言われずとも判っておるわい!!」
俺らは開け放たれた扉の奥に向かって駆け込んでいった。
扉の先にいたのは残りの誘拐犯だろう6人の男達に俺が今倒した男、そして今まさに服を剥ぎ取られようとしているレイナの8人がいた。
「てめえらレイナから離れやがれええええええええええ!!!!!」
俺は誘拐犯に大声で怒鳴った。
「な! どうしてこの場所に人が?!」
「うろたえるな! 相手は二人、やっちまえ!!」
「お、おお!」
男達は俺らに向かって襲い掛かる。
だが連携がなってない。
ばらばらに来てやがる。
「は!?」
そんな男達をあざ笑うようにバルが先頭の男の剣撃を素手で受け止めた。
そして驚愕しているその男に向かってすかさず俺は右手に持った石袋を投げつける。
「ぶへぇ!!!!!」
腹に石袋をくらった男は後ろにいた男二人を巻き込み吹っ飛んでいく。
これで二人目。
そして今の攻撃に立ちすくんだ男目掛けて左手に持っていた石袋を投げる。
少しコントロールが甘くて肩に当たったものの、それでその男は宙をナナメに回転して地面に激突していた。
これで三人目!
「お、おい……うそだろ……?」
「なにしてんだ! 相手はたったの二人だぞ!?」
あっという間に仲間が倒されていくのを見て、無傷の誘拐犯共が驚愕の声を上げていた。
今の攻撃で扉から出てきた時の男を含めると合計三人が俺の石袋に直撃した。
その三人は部屋内で完全にノビている。
しばらくは起きないだろう。
巻き添えを食らった二人も当たり所が悪かったのか、一人は足をかかえ、もう一人は気絶したのか動く気配さえない。
そして奴らの内一人だけ半裸の男はレイナを抑えているのでこれで実質2対1になったというわけだ。
「さあどうするてめえら。このまま大人しくして捕まるか、それとも俺にぶっ飛ばされるか?」
「っ!」
最後の一人になった男は咄嗟にレイナのところまで後退した。
……しまった。
「お、お前ら動くんじゃねえ! これがどうなってもいいのか!?」
男はレイナの首元に剣を這わせる。
「……ちっ」
俺は状況の悪さに舌打ちをした。
こすい真似しやがって。
部屋の様子を確認せずに飛び込んだのは失敗だったか?
それに元々俺はこんな広い部屋で戦うのは避けて狭い廊下で戦う戦術を取ろうとしていた。
だがもうそんな事を言っても仕方がない。予定なんか狂うものとして考えるべきなんだ。
あのタイミングで男が扉から出てきたんだ。倒さない選択肢は無く、倒したら倒したでここに雪崩れ込まざるを得ない。
そしてレイナがここにいた時点でこうなることは明らかだったんだ。
こちらの旗色が悪いことを悟ったのか、まだ意識のある男達は余裕を取り戻したかのように笑い始める。
「は、ははは……そうか、お前達、これを助けに来たんだな?」
「……」
「しかもよく見ればお前、俺達の攻撃が通らなかったさっきのガキじゃねえか」
男はバルに向かって下卑た笑みを浮かべる。
「へへ……これを取り戻そうとここまで来るなんてなかなか度胸あるじゃねえか。だがな、折角見逃してやったのにそうやってノコノコこんなところに来ちまったってことは……犯っちまってもいいってことだよなぁ?」
「さっきは時間がなかったから諦めたが……こいつの素顔はどんな顔してるだろうな?」
「黙れ下郎! 貴様らのような輩にわしらは断じて屈したりなどせん! さあレイナを放せ!!!」
「レイナ? ああ、これの名前か……残念だがそれはできねえなあ。これを放しちまったらお前ら俺達を襲うだろ?」
「うっ……」
男はそういうとレイナの髪を引っ張ってレイナの頬を舐めた。
「…………てめえら」
レイナをまるで物でも扱っているかのような言い方と仕打ちに俺は腹が煮えくり返るような思いを受けた。
「とりあえずそのヘルムを外せよガキ。どんな面してるか俺達に見せてみな。点数つけてやるよ」
「さっきからうるせえぞ誘拐犯共! てめえらの相手は俺だ! ガキになんか構ってんじゃねえよ!!!」
なおも続く誘拐犯共の挑発に、だんだん俺は自分を抑えられるか不安になってきていた。
「バルちゃん。私の事は気にしなくていいから、こいつらの話を聞いちゃダメ」
「れ、レイナ……」
自分が今一番怖い思いをしているだろうに、レイナはバルを気遣ってそんな言葉をバルに向けて言った。
「NPCが勝手に喋ってんじゃねえよ!」
「キャッ?!」
「レイナ!?」
半裸の男がレイナに向かってそんなことを口走り、レイナの頬を殴った。
おい
こいつ
今……なんて言った?
「うぅ……」
「あんまり手間取らせるんじゃねえよ。さっさと顔見せろ。俺らも本物相手は初めてで抑えがきかねえんだからよお?」
「プレイヤー相手じゃNPCみたいに楽に拉致れるとはかぎらねえしな。ほら早くしろよ」
「貴様ら! レイナに手をあげるでないわ!!!」
「バルちゃん! 私は大丈夫だから――」
「うるせえ!!」
「キャアッ!」
「レイナ!」
本物?
プレイヤー?
NPC……
ああ そうか
こいつらは
「よおクズども。てめえらに一つ聞きたいことがある」
「あ? なんだよ?」
そうだ
こいつらはレイナ達のことを
「てめえら……攫った女たちをただの人形だと思って攫いやがったな……?」
「あ? 何言ってんだお前。俺らが今まで攫った物はNPC。つまり俺達プレイヤーに使われるためのただのデータだろうが」
「だから俺達がどう使おうと勝手だろ? もう何しても運営に通報もされねえんだしよ」
「…………」
……やっぱりか
つまりこいつらは
俺がぶっ殺す!!!!!!!!!!!!!
「ふざけるのも大概しろよこのクズヤロウ共!!!!! てめえらにはそこにいるレイナがNPCに見えるってのか!!!!?」
「な、なんだよ。実際そうなんだろ? ここはゲームの世界なんだぜ?」
「俺達はただゲームをしているだけなんだよ。これもゲームの一環さ。こういった事ができるってことは運営も認めてるって事なんだよ!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!! てめえらの目は節穴か? 本当にレイナが見えてやがんのか?! どう見たって人間じゃねえか!!」
「ぅ……」
今の俺の怒りを声にして目の前にいる誘拐犯にたたきつけた。
もはや俺は怒りで頭がイカレそうだった。
俺はあえて今までこの世界に元々いた住人をNPCとは呼ばなかったし思わなかった。
なぜなら俺が初めて会ったこの世界の住人である宿屋の主のガントとの会話は、絶対にAIや特定の台詞しか話せない人形ができるようなものじゃなかったからだ。
そのことに気付いたのは1日経ってからの事だが、それに気付いた俺はガントやナターシャさん、レイナといった街の住民とも積極的に話すようになり、そういう風にしてよく顔を合わしていった結果名前まで覚えるようになったんだ。
そして俺はそいつらとの会話から、人特有の温かさのようなものを感じ取っていた。
だから俺はこの世界に住む人間をNPCだなんて思わない。
この世界に元々住んでいた人々は、全員人間だ。
それなのにこいつは……こいつらは……ッ!
「てめえらが攫ったやつらにもなあ! みんなそれぞれの生活があったんだよ!! みんなそれぞれの感情があったんだよ!!! 些細なことで笑って、些細なことで泣いて……今のレイナをてめえらはちゃんと見たのか? ソイツはなあ! 自分の事を棚に上げてバルの事を気遣ったんだよ!!! そんなことがただのNPCにできてたまるかああああああああああああああああああああ!!!!!」
「だ、だったらなんだってんだよ!」
「……てめえらに生きてる価値はないって事だよ。そんくらい察しろや!!!!!」
そうだ。
こいつらに生きてる価値はない。
殺す。殺す。絶対に殺してやる!
こいつらはレイナを含めて攫ったやつら全員を蔑ろにした。
こいつらはレイナたちから奪ったんだ。
人としての権利を、尊厳を、自由を!!!!!
俺のトラウマが俺の頭の中でフラッシュバックする。
狭い部屋
痛みを伴うほど縄できつく縛られた手足
タバコの臭い
包丁を持った男
そして……死んだ兄……
……まずはてめえら一人一人に石袋を全身に叩き込んでやる。
そしてそれからてめえらを簀巻きにして町の外に連れて行ってその空っぽの頭を俺の攻撃が当たるまでサンドバックに使ってやる!!!!!!!!!!
「へ、へへ……生きてる価値ねえ? だったらお前はどうするっていうんだ? こっちにはレイナとかいう人質ちゃんがいるんだぜ?」
「……っ!」
……そうだ、落ち着け。
今はレイナの安全を保障することが先だ。
こいつらを惨たらしく殺すのはその後でいい。
だが今の状況を打開する術が思いつかない。
レイナには依然として剣が向けられている。
下手に動けばレイナの身が危ない。
「ははっ! 威勢のいいわりには手詰まりのようだな! そこのガキの後でたっぷりと相手してやるからそこで大人しく見てろや!!!」
「グッ!!!」
歯を強く噛み締めたせいか口の中から血の味がし始めてきた。
ちきしょう。
このまま俺はどうすることもできないのかよ!
「リュウ、落ち着くのじゃ」
バルが俺に声をかけた。
「だが! ……てめえこの状況わかってんのか! バル!」
「判っておる」
「おうおう、どうやらガキの方がお利口さんのようだなあ! それじゃあどうすればいいのか……わかってんだろうな?」
クズ共の言葉に無言でバルは頷くと、バルは兜に手をかける。
「バル! よせ!!」
俺はバルに制止するよう呼びかけた。
だがバルはその俺の言葉に首を振って答えた。
「いいんじゃ。これもわしが招いた結果じゃ。これは……何もできなかったわしへの罰なんじゃよ……」
「っ!」
……何言ってんだよ。
てめえが何できなかったって言ってんだよ!
てめえは誘拐された少女達のために誘拐犯を捕まえようと頑張ってただろ?
てめえはレイナを助けるために誘拐犯が潜むこんなところまで来れただろ?
確かにその行動は裏目に出たかもしれない。
だが、それでも、何かをしようとした、誰かのためにしようとしたその意志は本物だったはずだ。そんな尊い意志を伴った行動がわけのわからない奴らに踏みにじられるなんて……俺は断じて認めない。
それに……てめえは……必死になって弱い自分を変えようとしてたよな……
今、こうして堂々と立ててるてめえは……俺より強いんだぞ……
「そんな顔をするでない。わしは大丈夫じゃ。だから……レイナだけはお主に任せるぞい」
そう言うとバルは兜を頭から取り外した。
兜の中からさらさらとした純白の髪が流れ落ちる。
そして青い二つの瞳が真っ直ぐにレイナを拘束する誘拐犯を見据える。
その瞬間、誘拐犯は全員バルに見惚れ、バルの瞳から目を離せずにいた。
時間にして僅か1秒という程度の事だっただろう。
その1秒という間だけ、誘拐犯の動きが止まった。
――そしてその1秒を彼女は見逃さなかった。




