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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
最終章 王都
128/140

現実

 王都、ゼロードは無人の都。


 この世界で今まで見てきた他の街と比べ、やたらと豪勢な装飾のある建物が多く見られるが、そこからは人がたてる物音が一切聞こえてこない。

 精々空を飛ぶ小鳥のさえずりと風の音が僅かに聞こえてくるという程度で、かつて見た石化された街以上に死んだ空間だった。


「……本当に1人もいないのな」


「だから昨日言ったじゃないか。ここは廃墟のような場所だって」


「……まあな」


 確かに昨日ジンがそんなことを言っていた。

 だがこうして見ると思わず呟いてしまう。


 それにこうして無人の都を見ると、ここが何か終焉の場所というような気がしてくる。


「……それで修にぃはどこにいるんだ? やっぱ王城の玉座にでもいるのか?」


「多分こっちにいます。ここにいる時修児さんはいつもあそこにいますから」


 俺が都の中心にある巨大な城を指差しながら忍に修にぃの所在を訊ねると、忍は王城とは別方向の、一際大きな建物を指差した。

 まあラスボスが玉座にいるとは限らないってことか。別に修にぃを倒しにきたわけでもないが。


 こうして俺らは忍を先頭にして歩き始めた。






 忍が指差した建物、それは大広場に聳え立つ、時計塔だった。

 時計塔を見上げると、時刻を示す針は丁度10時を示しており、軽やかな音楽が無人の都に鳴り響く。

 そんな時計塔の真下にある、馬に乗った戦士らしき銅像の台座に寄りかかるようにして、1人の男が座り込んでいた。


 その男、修にぃは、タバコを口にくわえながら俺らの方を向いた。


「よう……随分早いじゃねえか」


「修にぃ……」


 修にぃは気だるそうに、俺らに向かって声をかけてきた。


 確かに修にぃと別れてから昨日の今日だ。

 本来なら王都までの道のりをまた数ヶ月単位で旅しなきゃいけなかっただろう。


「まあ、忍やジンがそっちにいる以上、こうなる可能性だってあるか」


 だが修にぃは特に驚いた風でもなく、フゥッと口から煙を吐いて立ち上がった。

 そして修にぃが首や肩を回して体をほぐしていると、広場に俺ら以外の人間がぞろぞろと現れ始めた。


「ああ……やっと終わるのか……」


「これで帰れる……俺達は帰れるんだ……」


「!? だ、誰だ!」


「お、落ち着いてください龍児君! その人たちは敵じゃないです!」 


 俺が咄嗟に周囲を警戒し始めると、忍が俺を宥めるように声を出した。


「そうだよ龍児君。彼らは私の同僚さ」


「同僚?」


「そう。まあ中には君が会ったことのある人物も紛れてるけれどね」


 ジンが同僚といった集団を指差したので俺はその指の先にいる人物に目を向けた。

 しかし俺にはその人物が誰なのかわからなかった。


 が、俺と目が会ったソイツはアイテムボックスを取り出し、その中から仮面を取り出してきた。


「ああ……『仮面同好会』の奴か」


「その通り。全員がというわけではないけれど、彼らの中には『解放集会』として動いていた人間も混じっているのさ」


「へぇ……」


 まあ『解放集会』の幹部連中が全員αテスターだっていうことは昨日の説明でわかっていた事だからな。

 今更そんなことで驚くことでもない。


「おやおや、随分と早く決着の時がきやしたねぇ……」


「別にいいじゃねぇかぁ。早かろうが遅かろうが、大将が勝つことに変わりはねぇんだからよぉ?」


「そうですニャン♪ それに一日でも早く帰れるのは社会人的に大助かりニャン♪」


 また、当たり前というべきか、キル、赤音、ニャルルもその集団の中に紛れ込んでいた。

 だがなんというか、他の奴らと比べてコイツら三人はかなり独特な雰囲気をかもし出している。


 特にキルと赤音は明らかに畑違いだ。

 あの2人からは、どこか修にぃと同じものを感じる。


「さあ修児、見せてくれ。私に君の最強を」


「…………」


 ……そして最後にあの男、神楽が空を飛びながら現れ、修児の隣に降り立ったのを契機にしてその場の雰囲気が重くなるのを感じた。

 俺や忍、それにキル達を含めたαテスター集団は沈黙し、修にぃと神楽に視線を向ける。


「やあ神楽。今日も小物なりに大物ぶった登場ご苦労様」


「……篠崎か。あいかわらず口の減らない女だ」


 だがその中でただ1人、ジンは神楽に軽い調子で声をかけていた。

 神楽はそんなジンを、まるで忌々しいものでも見るかのような厳しい目つきで睨みつけていた。


「だがそれも今日で最後だ。これで私の世界から貴様がいなくなると思うと清々する」


「はっはっはっ、私も随分君に嫌われているねえ。よほど君がご執心な修児の傍に私がいたのが気にいらないのかな?」


 ……何だコイツら。

 もしかして神楽とジンはこの世界にくる前から仲が悪いのか。


 俺らが見ている中、2人は殺気めいた視線を交わし、場の空気はさっきまでとはやや違った意味で重くなり始めていた。



「てめえらちょっと黙ってろよ。殺すぞ」



 そしてそんな様子を見た修にぃはそれだけを言い、神楽とジンを黙らせた。

 俺は自分に言われたことでもないのに、修にぃの言う「殺す」という言葉を聞いて、足がすくむような思いをしていた。


 修にぃの言う殺すはシャレにならない。

 いざとなれば修にぃは誰であっても殺してのける。


 俺はそのことを十分に知っている。


「……さて、それじゃあ覚悟はいいか? 龍児」


「! ま、待ってくれ! 修にぃ!」


 修にぃがタバコを地面に吐き捨てて俺に近づいてくる。

 それを見て、俺はたじろぎながらも修にぃに待ったをかけた。


「……なんだよ。俺らαテスターにとっての始まりの地に来たってのに、てめえは俺とやりあわないつもりじゃねえだろうな?」


「う……」


 修にぃから発せられる殺気に気圧され、俺はその場から数歩後ろに下がってしまう。


 俺を睨む修にぃが怖い。

 俺に殺意を向けてくる修にぃが恐ろしい。


 だがこれ以上、修にぃや忍達の前で無様な姿は見せられない。

 俺は震えそうになる足を抑えつつ、修にぃに問いかけた。


「修にぃ……俺らは、本当に戦わなくちゃいけねーのか?」


「ああ、そうだ」


「俺らが積極的に戦う意味なんてないだろ……? ジン……さんから聞いたぜ。全部神楽って奴が悪いんじゃねーか……」


 俺が今日修にぃに会いにきた理由は決して戦うためなんかじゃない。

 修にぃが何を思って戦おうとしているのか、俺の事を修にぃはどう思っているのか、その疑問を解消するためにここへきたんだ。


 だから俺は修にぃに、戦う覚悟がない事、そして戦う意味がない事を告げた。

 すると修にぃはため息を1つついた後、俺へ気の抜けた調子で語る。


「ああ、意味なんてねえな。てめえ以外で俺と全力で戦える奴がいれば、俺と戦うもう1人の大魔王役はてめえじゃなくてもよかった。それに神楽が悪いってのにも同意だ」


「だったら――」


「だが、俺にてめえを殺す動機があることくらい、てめえだって理解してんだろ?」


「…………」


 修にぃが……俺を殺す動機……


 俺にはその心当たりがありすぎて、修にぃの言葉を否定できなかった。


 修にぃの人生は俺のせいで滅茶苦茶になった。

 そして滅茶苦茶にした当人である俺は、修にぃの思いを裏切った。

 それにそんな裏切ったことさえも俺は忘却し、修にぃそのものもいつしか忘れ去り、のうのうと平和な日々を過ごすようになった。


 そんな俺が修にぃに恨まれないはずがない。

 俺が修にぃを殺す動機はなくとも、修にぃには俺を殺す動機が十分過ぎるほどある。


「それと一応言っておくが、俺を昨日までの初期アバターと同じ強さだと思うんじゃねえぞ」


「……初期……アバター?」


 突然修にぃがしてきた忠告の意味を俺は理解できず、すぐ後ろにいたジンに目を向けて訊ねた。


「昨日まで修児は別の姿をしていたよね? あれは本来『フリーダム・オンライン』のキャラクター作成で予め用意された姿の1つなのさ」


「その通りだ。そしてその初期アバターは、ステータスに関係しない素の身体能力が成人男性の平均となるよう設定されている。この意味がわかるか? 龍児」


「…………」


 ジンと修にぃは俺に初期アバターについて、そんな説明をしてくれた。


 初期アバター。

 それは身体能力が成人男性に設定されている。


 俺らの動きはSTRやAGIといったステータスで全てが決まるわけではない。

 体の大きさや反射神経の良さ、それに何か武術でも学んでいればプレイヤースキルとして、プレイヤーの動きに大きな差が生まれる。

 特に肉体的には元の世界と比べて遜色なく動くこの異世界では、それが顕著に現れていることだろう。


 俺とバルが同じAGIの数値であっても、全力で走れば当然のように俺が勝つ。

 ステータスの数値では見えないところで、俺らには明確な差がある。


 そんな素の運動神経に上乗せするかのように、ステータス補正によって動きが格段によくなっていく。


 そして今の修にぃは本来の修にぃの姿をしている。

 この事が示すもの。それは、今の修にぃは本来の肉体的ポテンシャルを最大限に引き出せる、という事だ。


「俺が中学時代、幾つかの競技からオリンピック候補選手にとオファーが来ていた事は知っているよな?」


「ああ……知ってるさ……」


「とある世界チャンプの格闘家相手に、非公式試合で何度か勝ったって話も知っているよな?」


「知ってる……」


「ここ数年はそこまで自分を鍛えることもなかったけどよ……今でも俺は世界と戦えるレベルだぜ?」


 修にぃはそこまで言うと、俺に向けて右手を前に出し、左手を後ろに下げて腰を低くした。


 もう修にぃの意思は変わらないらしい。

 俺は震える2つの拳を握り締め、修にぃと壁を作るように前へ置いて構える。


「それに当然の事だが、俺にはてめえと同じく、ステータスをカンストさせるスキルがある」


 修にぃは俺に向けてそう言うと、ニヒルな笑みを浮かべて1つのスキルを呟いた。


「『エンドロード』」


「! 『ドラゴンロード』!」


 俺は修にぃがスキルを呟くのと同時に『ドラゴンロード』を発動させた。

 ここで修にぃに遅れをとるわけにはいかなかったからだが、それ以上に俺が修にぃを恐れていたからこそ、俺はスキルを発動させていた。


「ほう……ここでてめえがスキルを唱えなければ、今頃てめえは死んでいたかもな」 


「…………」


「それじゃあいくぜ!」


「ッ!」


 もはや修にぃは俺と戦うことしか頭にないようだ。

 修にぃは一瞬で俺の目の前に移動し、俺に拳を放ってきた。


「くっ……!」


 俺は顔面に迫りくる拳を必死に避け、修にぃから距離をとろうとしてバックステップをする。

 しかし修にぃは俺が距離をとることを認めず、更に足を踏み込んで俺にラッシュを仕掛けてきた。


「おらどうした龍児ぃ! 何後ろに下がってんだよ!」


「ぐ……あ……!」


 結果、俺は修にぃが放つ拳の連打をかわしきることができず、重い一発を腹にくらってしまって軽くよろけた。


「おい、どうした。まさかこれで終わりかよ?」


「う……」


 修にぃは俺を見下すように、面白くないといわんばかりに舌打ちをしていた。


 ……俺には修にぃの動きが見えていた。

 修にぃが放つ拳が見えていた。


 だからやろうと思えば修にぃの攻撃を俺は避けきれるはずだった。

 けれど俺は修にぃの攻撃を避けきれなかった。


「面白くねえな……。これじゃあてめえに時間をやった意味も無いじゃねえか」


「じ、時間……?」


「そうさ、てめえが俺と戦う覚悟をつける時間さ」


 修にぃと戦う覚悟。

 それは俺にとって、既についていたはずのものだった。


 俺はシーナから勇気を貰った。

 シーナとの明るい未来があるという、そんな希望を俺にくれたんだ。


 俺はシーナのために戦う。シーナのためになら戦える。

 たとえシーナがそれを否定しても、今の俺が修にぃに立ち向かうにはそれしかなかった。




 ……もしかしたらシーナはこれを危惧していたのかもしれない。

 俺が何かのためになら戦えると、そう勘違いして無謀な戦いに挑むことを。


 他の何かであればそれでも上手くいったかもしれない。

 けれど俺が修にぃと戦うということだけは、そういうことで賄えるものではなかった。


「だが、それも無駄だったようだ。なら最後にこれだけ聞いて……さっさとこの戦いを終わらせるか」


 そして修にぃは吐き捨てるようにそんな台詞を言うと、俺を忌々しいものでも見るかのような目つきで睨みつけてきた。



「なぁ龍児……俺がムショに入ってた時……なんでかあちゃんは死んでんだ?」



「…………ッ!!!!!」


 修にぃは俺に訊ねてきた。

 かあちゃんが死んだ理由を。俺が果たせなかった修にぃとの約束を。


「俺はてめえに言ったはずだよな? 俺の代わりにかあちゃんと陽菜を守れ……てよ」


「う……あぁ……」



 『これから先、てめえが俺の代わりになってかあちゃんと陽菜を守れ』



 それは修にぃがお父さんを殺し、その光景を見て茫然自失となった俺へ向けて、修にぃが最後に言った言葉。


 けれど俺はそれを長らく忘れ、修にぃの真似事をすることだけに心血を注いでいた。

 そして俺は過ちを犯した。その結果、かあちゃんは死んだ。



 かあちゃんは自殺したんじゃない。俺が殺したんだ。



 俺はその事実から逃れるようにケンカに明け暮れ、いつしかその記憶も曖昧になっていった。


 ……だがそれは、そのことだけは、修にぃに責められたくなかった。



 だって……だってよお……



「修にぃだって……お父さんを殺しただろうがぁ!!!!!」



 俺は修にぃに殴りかかった。

 俺の中でくすぶっていた、修にぃへの怒りを乗せて。



 お父さんはいつでも俺を修にぃと比較した。

 そしてお父さんはいつでも俺に失望したと言うかのように「お前は本当に俺の息子か?」と呟いていた。



 俺はそんなことを言うお父さんが嫌いだった。


 けれど、それでも死んで清々するというほどには憎んでいなかった。



 俺は辛かった。

 いつでもお父さんから修にぃと比較されるのが。


 俺は悲しかった。

 いつでもお父さんから失望されるのが。



 だから俺は憎かった。

 ことある毎に修にぃと比べるお父さんが、俺よりデキのいい修にぃが。




 ……修にぃと比べてデキの悪い俺自身が、俺は誰よりも憎かった。




 お父さんが俺に辛く当たるのは俺のデキが悪いせいだ。

 だから本当はお父さんは何も悪くないんだ。


 俺さえちゃんとしていれば、家族でいがみ合う事もなかったんだ。

 お父さんがあんな拉致紛いなことをすることもなかったんだ。


 でもあの時の俺は、別のものに怒りをぶつける事で自分自身を保とうとした。


 俺があの時言った言葉、それは……



「修にぃなんかが俺の兄じゃなければ、こんなことにはならなかったんだ!!!!!」



 俺はかつて修にぃに言ったその言葉を、今再び修にぃへ向けて言い放った。


「なんでいつもいつも俺は修にぃと比べられなきゃいけないんだ! ふざけんな! 俺は修にぃみたいにデキがいいわけじゃねーんだよ!! 修にぃみたいにやることなすこと上手くいくような人間じゃねーんだよ!!!」


 もはや俺は自分が何を言っているのかよくわからなかった。

 けれど口から言葉が勝手に出てくるのを俺は止められない。


 そして沸騰した意識の中、俺は叫びながら修にぃと殴り合っていた。


「かあちゃんが死んだのは雪の振る寒い時期、家にいつまでも帰らない俺を探しにきたせいだ! 自分の体が弱いことくらい知ってるくせによぉ!!!」


「んなことは俺も知ってんだよ! 俺はなんでそんな事になったのかをてめえに聞いてんだよ!!!」


「うるさい! それは修にぃには関係ない!!」


「関係ないとかてめえ何ふざけた事言ってやがんだ!!! 今の話だけじゃ、てめえがかあちゃんを殺したようなもんじゃねえか!!!!!」


「ああそうさ!!! 俺がかあちゃんを殺したんだ!!!!! でもなあ!!! それはお父さんを殺したてめえに言われることでもねーんだよぉ!!!!!」


 俺は泣きながら、修にぃへ全ての怒りをぶつけるかのように拳を振るう。


 全部俺が悪かった。

 俺がふがいないばっかりに俺の家族は崩壊した。


 父は死に、兄は刑務所へ送られ、母も死んだ。


 そして俺はその事実から目を背け、自分に都合のいい存在、俺という人格を作り出した。



 ああ、そうだ。

 ちゃんと考えればわかりきったことだった。



 俺は辛い現実から目を背けるためだけに生まれた存在なんだ。

 現実逃避から生まれた欠陥品だったんだ。



 元の人格であるほうの龍児が、辛いことを考えずに生きられるよう作り出した幻想だったんだ。


「言いたい事はそれだけかぁ!!!」


「があっ!?」 


 朦朧とし始めた意識の中で修にぃへ拳を放ち続けていると、修にぃは俺の腕を掴み、俺を空へと放り投げる。

 空を勢いよく飛ぶ俺は上手く体勢を直す事もできず、近くにあった戦士の銅像を破壊しつつ時計塔へと叩きつけられた。


「てめえにとって俺との約束はその程度かぁ!!!!! 龍児ぃ!!!!!!!」


 そして修にぃは追い討ちをかけるべく俺との距離を詰めてきた。

 修にぃは壁にめり込む俺を殴り続け、時計塔を貫通した。


 その後も修にぃは俺への攻撃を止める事はなく、俺は修にぃの為すがままにされていた。


「……ぁ……」


 修にぃに顔を殴られた時、俺の目は偶然、自分のHPゲージを捉えていた。


 そのHPはもう1割程度しか残されていない。

 それを理解した時、俺は自分の甘さを恨んだ。




 俺は何を期待していたんだろうか。

 ここで修にぃと会えばこうなることくらいわかりそうなものなのに。


 修にぃと話し合えば、何か事態が好転するとでも思っていたのか?

 もし戦う事になっても、今の俺なら修にぃとだって渡り合えると思っていたのか?

 たとえ俺が修にぃを恐れていたとしても、シーナのことを思えば俺は強くなれるとでも思っていたのか?



 そんなことはなかった。



 修にぃと話し合うことなんて最初から無理だったし、俺が修にぃに敵うはずもなかった。


 そしてなにより、俺が修にぃを前にして冷静でいられるはずもなかった。




 俺は自分のHPが減っていくのを見ながら、最後にそんなことを――



「……何の真似かね? 篠崎」


「ぐっ…………ここで、龍児君を……死なせるわけには……いかないんでね……」


「…………」


 ぼやけた視界の中映るもの。

 それは俺を修にぃの拳から庇い、苦悶の声を上げるジンの姿だった。


「2人の戦いが始まれば、神の立場である我々は干渉しないというのが決まりではなかったかな?」


「ああ……そうだね……だから私は、一プレイヤーとして……干渉させてもらったよ……」


「…………!!!」



 よく見ると、ジンの腹は修にぃの手で貫かれていた。



「お、お姉ちゃん!?」


「……てめえ、プロテクトはどうしやがった」


「だから……そんなもの……一プレイヤーに……あるわけ……ない……だろ……」


 俺は、ジンが途切れ途切れで言う姿を見るまでが限界だった。


 なぜジンが俺を庇ったのかわからない。

 わからない、が、ジンは俺を庇っていた。


 もはや今の俺に、目の前で起きたことを正確に理解する思考は持ち合わせていない。



 修にぃが腕を引き抜き、ジンの腹から血が流れ出し、口から血を吐きながら倒れるのを見て、俺の意識は遠くなっていった。




 そしてふと、母が死んだ時の事が脳裏によぎった。

 母は最後の時、俺に何と言って死んでいっただろうか。


 今まで考えられなかったそのことが、今の俺には無性に大事な事のように思えた。


 だがその考えも、俺が意識を失うことで、再び闇の中へと消えていった。

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