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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
5番目の街
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デレる

「な、何言ってんだよ。てめえいきなり何デレてんだよ」


 シーナがデレた。

 その衝撃的な出来事に俺はどうする事もできず、ただただその場で硬直するしかなかった。


「うるさい! あんたが私にここまで言わせたんでしょ!」


 そしてそんな俺にシーナは体を密着させてくる。

 もはや俺らの距離は服の薄さ程度しかない。


「てめえちょっと錯乱してるぞ。水でも飲んで落ち着けって」


 俺はアイテムボックスを出し、その中から水の入った袋を取り出してシーナに渡した。


 だが、シーナはその水を飲もうとはしなかった。


「なによ……あんたは私がデレちゃいけないっていうの?」


「とりあえずちゃんとモノを考えられるようになってから改めて考えてみろ。今てめえが言ってることはいつものてめえなら悶絶もんだぞ」


「だから今は私のことじゃなくてあんたがどう思うのかを私が聞いてんでしょ! それだけはぐらかすって事はあんたは私がデレても嬉しくないってわけ!?」


「いやそういうわけじゃねえけどよ……」


 シーナがデレてもいいと言っているのは、つまり俺に対して好意的なもんを持っているという事の比喩なんだろう。

 俺の事をそう思ってくれていることそのものについて俺は嫌だとも思っていねえ。


 だがそれでデレていいのかという問題になったら、それはまた別問題だ。

 なぜなら俺は今までシーナをそういう目で見ていなかったからだ。


 俺にとってシーナは信頼できる仲間だ。コイツになら俺の命をお預けられるくらいってくらいにのだ。


 だがシーナはそれ以上の存在なのかと問われれば首を捻る。

 俺にとってのシーナは親友というような立ち位置に近いかもしれない。


 ある意味シーナはユウと近い立場にいるような気がする。


 だから俺はここでシーナをデレさせる気は無い。


「シーナ。俺にとっててめえは何でも気兼ねなく話せて命も預け合える親友みたいな存在なんだ。だからいきなりデレられても俺が対応できねえよ」


 俺はできるだけ真剣にシーナへ向けてそう言い、ゆっくりとシーナを引き剥がした。


「……やっぱりあんたには好きな子がいるんでしょ?」


「は? いきなり何言い出してんだよ」


 なんでそんな発想になるんだ?


「あんたは自覚してるのかわかんないけど、あんたには好きな子がいるのよ。だから私にデレられると困るのよ」


「いやいや違うっつの。俺に誰か好きな奴がいるとかそういうことは一切ないっつの」


 俺はシーナに断言した。


 俺が誰かを好いているだって? 笑っちまうよ。


 色恋沙汰なんて俺には無縁。誰が誰を好きなんだとかそういう話は他所でやってくれ。

 なんてったって俺は硬派なんだからよ。


「だからそれはあんたが自覚してないだけ。あんたはとっくにその子の事を好きになっているのよ」


「……やけに断言するじゃねえか。つか誰だよその好きな子って」


「私が言うわけないじゃない。これについてはあんた自身がノーヒントで気づきなさいよ」


「なんで俺の気持ちをてめえは知ってて俺は知らないみたいな論調になってんだよ」


「自分だからこそ自分の事に気づかないなんて事も結構あるものなのよ」


「……そうかよ」


 釈然としないシーナの物言いだが、俺はその言葉を自身の脳みそに刻み付ける。


 自分だからこそ自分の事に気づかないなんて事もある、か。

 まあ確かに一理ある言葉だな。


 俺は俺のことを完全に理解しているわけではない。

 シーナにはああ言ったが、俺が抱いているシーナへの気持ちは本当に親友へ向けるような友情だけなのかも実のところ確信はできないでいる。


 どうもさっきシーナが言ったデレてもいいという発言を聞いた辺りから、俺の心の中の一部がどこかざわついているような気がしてならない。

 それは表面には出てこない深層意識の段階での事なのだろうが、その中で何かが暴れているような、どうにも俺を落ち着かない気分にさせている。


「でも私は諦めないわよ」


「? 何をだよ?」


「あんたを私にデレさせることよ」


「あ? なんだそりゃ。俺はツンデレじゃねえぞ」


「私から見ればあんただって十分ツンデレよ。いずれデレさせてあげるから見てらっしゃい!」


「……へいへい」


 俺はツンデレじゃねえってのに、シーナは1人「よし!」っと言いながら気合を入れていた。


「じゃあまずはあんたに私をおちょくらせるところから始めましょうかね」


「は?」


「は? じゃないわよ。私はあんたにおちょくられてやろうって言ってんのよ? 感謝しなさい!」


 シーナは俺に向かってドヤ顔でそう言いはなった。

 なんだよそりゃ。


「いやいやいや、意味わかんねえって。何自ら進んでおちょくられようとか考えてるわけ? てめえドMも大概にしろよ。」


「だから私はMじゃないって言ってんでしょ!!!」


 俺がシーナにツッコミを入れるとシーナはいつも通りの元気さで反論をしてきた。


 ……だがその顔はやけに嬉しそうだった。

 コイツ絶対どMだ。


「とりあえずあんたが私をおちょくりやすいように状況を整えてあげるわよ」


「てめえ……マジで真性のドMだぜ……」


「だから違うって言ってんで……しょ!」


「ぶ!」


 シーナは突然俺の頬をはたいてきた。


「……てめえいきなり何してんだ? こんな攻撃じゃ防具の補正でダメージは入らねえけどよ」


「あら? あんた忘れたの?」


「忘れた?」


「念書よ念書! あんた私に無理矢理書かせた紙があるじゃないの!」


「あ」


 あれか。

 確かにあれはまだ俺のアイテムボックスの中に入っている。


 だがあれは俺にとってどうでも良い物だ。シーナに書かせた自分が言うのもなんだが、なんで書かせたのかよくわからん。

 あの時はその場の勢いで書かせる流れになったが、念書を書かせた時に俺が何を考えていたかよく思い出せない。


 つかあの念書って……


「……必中のグローブを戦闘目的以外で使った場合、シーナは俺に何でも1つ言うことを聞くってやつだったよな?」


「ええそうよ」


「……で、今シーナはグローブを戦闘以外に使ったと」


「そういうこと」


「…………つまりシーナは俺の言うことをなんでも1つ聞くってことか?」


「そのとおり! さあリュウ! 私に思う存分命令しなさい!」


「やっぱてめえドMじゃねえか!!!!!」


 なんで念書の契約を破ることでそんな喜んでんだよ!


 それじゃあ念書の意味ないだろ!


「リュウが思う存分私をおちょくれるように機転を効かしてあげたんじゃない! むしろ感謝しなさいよ!」


「うるせえ! そもそも俺にてめえをおちょくる気はねえんだよ!」


「な! 人をあれだけ散々おちょくっておいて今更おちょくる気は無いですって!? そんなわけないでしょ!? あんたは私をおちょくるのが大好きなドSでしょうが!」


「ちげえよ!? 俺にてめえをおちょくる趣味はねえよ!? つかなんで俺てめえにドS認定受けてんの!?」


「何よ! あんたはあんたで私の事ドMとか言ってるくせに自分がドSと言われたら否定する気!? それにあんたが私をおちょくるのが趣味じゃないなんてことあるわけないじゃない! あんた私をおちょくる時はいつだって顔がにやけてたわよ!!!」


「にやけてねえよ! それはてめえの勘違いだ!」


「勘違いなわけないじゃない! あんたは私をおちょくってる時喜びを感じていたはずよ!!!」


「てめえ人をなにか暗い喜びを持つ危ない奴って勘違いしたりしてねえか!?」


 なんだコイツは!


 コイツ今まで俺のことそういう風に見てやがったのか!


「いいから私を好きなだけおちょくりなさいよ! 今だったら私なんでもできそうだから!」


「何言ってんの!? てめえそれは流石にはっちゃけすぎだろ!?」


「今の私に怖いものなんてないわ! さあ早く無茶振りかまして私を困らせて見なさいよ! さあさあさあ!」


 シーナはそんな事を言いながらどんどん俺に詰め寄ってくる。


 そんなシーナに対し俺は――


「……な、なにしてるんですか?」


「……あはは。ちょっとくるタイミングが悪かったかな?」


「へ?」


「え?」


 俺とシーナは呆けた声を上げながら目の前にいるバルとユウの姿を捉えた。


「ち、違うぞバル! これはシーナの悪ふざけでだな――」


「そ、そうよバル! ちょっと私も悪ふざけが過ぎてたわ! だからそんな怖い顔しないで!」


 俺らはまずバルに向かってこの状況を説明しようとした。

 珍しくバルの表情が引きつっていたからだ。


「い、いえ、そう言われなくてもちゃんとわかっていますよ。リュウさんとシーナさんはそうやってじゃれあえる仲だってことはちゃんとわかってますから……」


「! シーナ! てめえいつまで俺に寄り添ってんだよ! さっさと離れやがれ!」


「へ!? あ、ああ、そうね。ごめんなさい」


 そうして俺とシーナは距離を作った。


「……んで、なんでてめえらもここにいるんだ? さっき俺とシーナはワープトラップに引っかかったはずだろ?」


 ひとまず落ち着いたところで俺はバルとユウに向かって訊ねた。


 ワープトラップはどこに飛ばされるかわからない。

 ランダムに転移させられる罠のため同じ場所に飛んでこれる保証は無いはずだ。


 だから本来ここにこの2人がいるのはおかしい。


「ああ、どうやらこの棺桶は『ワープ』ではなく『テレポート』の仕掛けみたいだよ」


「は? テレポート」


 なんだそれは。

 聞いたことないぞ。


「『ワープ』はランダムに飛ぶけど『テレポート』は飛ぶ場所をあらかじめ指定できる魔法だよ」


「! そんな魔法があるのか!?」


「いや、話だけでしか僕も知らなかったんだけど、こんなところにあったとはね」


 そう言いながらユウは棺桶のフタに触れる。


「とりあえず一旦戻ろう。みんなも心配しているよ」


「戻れるの!?」


 シーナが戻れるという言葉を聞いて驚くような声を上げていた。


「多分ね。とりあえずみんな僕の肩を触ってて」


「……こうか?」


 俺、バル、シーナはユウの肩に手を乗せた。


「うん、いいと思うよ。それじゃあいくね。『テレポート』」


「!!!」


 ユウが『テレポート』と言った瞬間、俺らは密室の部屋から元の部屋へと瞬間移動した。


「おお! ちゃんと戻ってきたやんけ! 心配してたでご両人!」


「ふう……あんまり私達を心配させないで」


「まったく……夜中に変な騒動起こさないでくんない? 寝不足はお肌の大敵なんだから」


「まあまあ、とりあえず2人とも無事だったんだから良いじゃないか、静、マキ」


「そそ、何事も無くておいちゃんもホッとしたよ~」


 俺らが元の場所に戻ってきたところには、俺とユウのパーティーメンバー全員が起きて待ち構えていた。


「リュウ、シーナ。大丈夫だったか?」


 そしてヒョウが俺らに訊ねてきた。


「ああ、俺らは大丈夫だ。眠ってたところを起こしちまったようで悪かったな」


「そうね、みんなごめんなさい」


 俺とシーナはそう言いながら頭を下げた。


 俺らのせいでメンバー全員の眠りを阻害しちまったからな。ここは頭を下げないとだろ。


「いえいえいいんですよ~。仲間が多い分睡眠時間も多く取れますからね~」


「のーぷろぶれむ」


 そんな俺らに向けてクリスとみぞれが声をかけ、それで事態は収拾したと見てメンバーは再び寝るためにテントへと移動を開始した。


「まあたまにはこんな事だってあるもんや。気い落とさんといてやー」


「それじゃお休み」


「今度変なことして起こしたらタダじゃおかないんだからね」


「あはは……それじゃお休み」


「お休みちゃ~ん」


 そうしてユウのパーティーメンバーは一言ずつ言葉を残して自分達のテントに潜っていった。


 どうやら本当に気にしてはいないようだ。

 マキだけはぶつくさ言っているが、それもそこまで悪態をついたものでもねえし。

 それに今回は俺らが悪い。軽く文句を言われるくらいは俺も受け入れるさ。


「なんか大事になっちまってたみたいだな」


「当たり前だよ。さっきまで話してたはずの2人が突然いなくなっちゃってたんだもん」


「……マップ機能も役に立ちませんでしたし、本当に焦りました」


 バルとユウが俺らのいなくなった後のことを説明してくれ、その事態がメンバーを心配させてしまったことに申し訳ない気持ちで一杯になった。


「そうか……改めて言わせてくれ。心配かけて本当に悪かった」


「それはもういいよ。2人とも無事だったんだしね」


 ユウは優しく微笑みながら目の前で軽く両手を振って俺の謝罪を受け止めた。


「……さっきの話、ちゃんと覚えておいてよね」


 そして事態が収拾したのを見計らうかのようにして、シーナが俺に小声でそんな事を言ってきた。


 ……なんでこうなっちまったんだろうなあ。

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