恋バナ
俺、バル、シーナ、ヒョウ、みぞれ、クリスはユウ、トト、ドラ、静、みみ、マキと一緒に就寝の準備をした。
今回は12人という大所帯なため、夜の見張りも大分楽ができる。
つってもここはモンスターもトラップもない安全なエリアみたいなんだけどな。だがまあ一応念のために見張りはおいておくべきだろう。
見張りでの組み合わせは変則的で、ドラと静、ヒョウとみぞれ、トトとマキ、みみとクリス、そして俺とユウ……に加えてバルとシーナという5組に分けて2時間交代で見張る事になった。
俺らの組は本当なら俺とユウ、バルとシーナが組むはずだったのだが、そう決まりかけていたところでバルが異議を唱えた結果、俺らだけ4人で組むことになった。
そして今、俺らに見張りをする順番が回ってきて、夜にもかかわらず周囲が明るい迷宮内の大部屋で、全員甘いココアを飲みつつ見張りを開始した。
……が。
「……なあ、バル」
「な、なんでしょうか?」
「……なんで俺の膝の上に乗ってんの?」
ちょうど良い位置にあった石に座る俺の膝の上に何故かバルが乗っていた。
最近バルとのスキンシップが多くなったという自覚はあったがここまでの事をするのは初めてだ。
俺の問いを聞いた若干頬が赤いバルは俺の方を見上げて恐る恐るといった雰囲気で口を開いた。
「……ダメでしょうか」
「いや、ダメってことはねえんだけどよ」
俺がココアを飲みづらいっていうデメリットはあるが、まあここが良いって言うならいさせてやるさ。
「そ、そうですか」
バルは俺の言葉に安心したのか俺の体に背を預けてくる。
今は鎧部分を取り外しているためにバルと密着している部分からバルの体温が感じられる。
それにバルの白くてサラサラした髪が俺の目の前にある。
その髪は街を出発してから禄に洗う機会もなかったはずなのに綺麗で柑橘系の良い匂いがする。
バルは綺麗好きだからな。日頃からこまめに手拭いで体や頭をキレイにしてたんだろう。
それにこの匂いも多分シーナから香水か何かを借りたりしたとかか。あるいは自分で買ったりしてたのか。
特にアピールする相手がいないにもかかわらずそういう見えないところに常に気を使ってたってことは、バルもなんだかんだでお年頃なんだな。
「なあバル、この香水ってシーナに借りたとかか?」
「あ……いえ、これは前にシーナさんに頼んで私用に見繕ってもらった香水です」
「そうなのか」
俺はそんな会話をしつつシーナの方を向いた。
だがシーナはココアを飲みながら俺らとはそっぽを向いている。
今のシーナは妙に静かだ。
さっきから一言も喋ろうとしていない。
「え、えと……もし臭いようでしたら離れますが……」
「いや、臭くねえよ。良い匂いだ」
「そ、そうですか。良い匂い……ですか」
俺が良い匂いと言った瞬間、バルは俺の膝の上でモジモジしだして顔を更に赤らめていた。
膝の上で動かれるとこそばゆくなるからあんま動かないで欲しいんだが。
「えっと……随分仲が良いね?」
と、そんな光景を見ていたユウが俺らのそう言ってきた。
「もしかして、リュウとバルちゃんはいつもこんな感じで仲が良かったりするのかな?」
「別にそうい――」
「はい! 私とリュウさんはとっても仲がいいんです!」
俺がユウに別にそういう訳でははないと言おうとした瞬間、バルが大きな声でユウにそんなことを言っていた。
「そ、そうなんだ……」
そしてそんなバルの言葉を鵜呑みにしたユウは俺をチラチラと見てくる。
「おいユウ。別にお――」
「それでユウさんはもしかしてマキさんという方と付き合っていたりするのでしょうか!」
俺がユウに別に俺らはいつもこんな事をしているわけじゃないと言おうとした瞬間、またしてもバルが大きな声でユウにそんなことを聞いていた。
なんだかバルに言葉を遮られてばかりだがその話は置いておく。今のバルの質問は俺もちょっと気になっているところだからな。
ユウは多分まだ純潔だ。だからあのマキとかいういけすかない女に汚されている可能性はかなり低い。
だがそれはそれとしてコイツらが付き合っているという可能性は0じゃない。
どう見てもマキはユウに惚れている。それは俺がアイツと初めて会った時からわかっていたことだ。
だからアイツはこれまでの旅の途中、ユウに向けて熱烈なアピールを繰り返したはずだ。
もしかしたらアイツは旅の途中一つテントの下という状況でユウに襲い掛かろうと姦計をめぐらした事もあるかもしれない。
いや流石にそれは言いすぎか。ナチュラルに人の心を抉ってくる嫌な女だが、アイツも人としてやっちゃいけない事くらいはちゃんと理解しているだろう。
「いや、そういうことはないよ。マキは僕にとって信頼できる仲間ではあるけれど、バルちゃんが考えているような仲ではないよ」
「そ、そうですか」
ユウがやんわりと否定するとバルもすんなりその言葉を受け入れていた。
やっぱユウはマキと付き合ってはいなかったか。
なんていうかホッとしたぜ。
「なんで僕がマキと付き合ってるだなんて思ったんだい?」
「え? えと……それは……なんとなくです」
ユウの問いかけにバルはあいまいな返事をしていた。
だったらなんで今勢いよく聞いたんだ? よくわかんねえな。
「多分バルはてめえとマキの話す距離が近かったからそんな勘違いをしたんだろうよ」
「ああ、なるほどね」
俺のフォローにユウは納得したかのように一つ頷いた。
まあ今の俺の言葉は咄嗟に出たものにしては的を得ている。
全員がまだ起きていた時、ユウに話しかけるマキは妙に距離が近かった。
話をしている時の2人は腕と腕が当たっていたし、もしかしたら胸もちょいちょいユウの腕に当たっていたかもしれない。それくらい近い距離感だった。
あれはマキからユウに向けてのプッシュではあったのだろうが、それをバルは恋人同士でちちくりあってる様に見たのだろう。
「気がねえんだったらあんま期待を持たせるような隙を作るんじゃねえよ、ユウ」
「うん、そうだね。ごめん」
「いや俺に謝られても意味わかんねえっつの」
そういうことは期待を持った当人にでも言え。
あ、いやアイツには別に謝る必要もねえか。
なんていうかアイツはこういうことにタフそうだし、そういう隙とかを考えずにガンガン攻めてるだけにも思えるし。
「まあなんだ、つまりユウはアイツに気は無いってことでいいんだよな?」
「うん、マキには悪いんだけどね……」
「てめえが気に病む事じゃねえよ」
ユウがマキを振ったとしてもそれでユウが悪く思う必要なんか無い。
これはマキが勝手に惚れて玉砕したってだけの話だ。
しいて誰が悪いかと聞かれれば勝手に惚れたマキであるし、ユウを振り向かせられなかったマキの力不足が悪かったということだ。
「でも何度も断り続けるのは流石に悪い気がしてくるんだよね……」
「あ? 何度も?」
「……うん。実のところマキからは私と付き合ってって何回か告白されてるんだよね……」
「あー……そうかよ」
既にマキは玉砕済みだったか、それも何度も。
それはそれでマキの図太さが垣間見れるな。普通振られたら同じパーティーに居続けづらいだろうに、そんな空気は全く感じられなかった。
「それならそれでマキとの距離間をもっと広げろよ。何懐に潜られてるんだよ」
「あはは……」
ユウは俺の言葉に何もいえず、頬をポリポリと掻くのみだ。
「まあ……僕も距離を置こうとはしてたんだけどね……」
「そうかよ」
つまりマキはユウに何度振られてもアタックを繰り返していてユウも辟易しているといった具合か。
「それでも距離を離せ。それも徹底的にだ。ああいう女は少しでも隙があればとことん摘め寄ってくる。だから滅多な事でなければ近づけさせるな。それがてめえらの為だ」
「うん……わかった」
どうやらユウは俺の言った事をわかってくれたようだ。
どうもユウは隙の多い奴だからな。
そのせいでかつて痛い目に合ったというのに全然反省してねえようだし。
やっぱユウは俺がいねえとダメだな。うん。
「……気を持たせるユウの態度はダメだと思うけど、完全に拒否するのはどうかと思うわ」
と、そこに今まで静かにしていたシーナが話に割り込んできた。
「あ? なんだよ。てめえは今の話じゃ納得しねえってか?」
「納得してはいるわよ。確かに実らない恋をし続けるくらいならさっさと諦めて新しい恋をしたほうが建設的だって私も思うわよ。でもねえ……」
そう言った後のシーナはどうも歯切れが悪い様子で口を閉ざしてしまった。
結局何が言いてえんだよコイツは。
「実際のところユウは好きでもない女に詰め寄られて迷惑してんだ。無理矢理にでも距離を離すのが正解だろ」
「……でもしょうがないでしょ。誰かが誰かを好きになっちゃうなんて、そんなのどうしようもない事なんだし」
「だったらこのままにして良い結果になるとでも思ってんのか?」
「そういうわけじゃないけど……うーん、とにかく好きな相手からいきなり距離をとられたりしたら、私なら傷つくわ」
「ああ……そういうことか」
どうもシーナが言いづらいような態度だったのはコイツがマキ側に味方しているからなのか。
俺はユウ側の視点になってアドバイスを出しているが、シーナはそのアドバイスの結果マキがどういう気持ちになるかを優先して考えていると、つまりはそういうことか。
確かに好きな奴から突然よそよそしい態度とか取られたら傷つくわな。それがどういう理由であったとしても。
そしてシーナはそうして傷つくマキに感情移入をしていると。
だがそれは感情論だ。
シーナが傷つくと思っている事はいずれ起こる事態だ。
シーナの意見はそれを先延ばしにしているにすぎない。
「どうせ振られる結果しか残らねえんだから早い方がいいだろ」
「……あんたその言い方ってどうなのよ。もしかしたら実る恋かもしれないじゃない」
「そうなのか? ユウ」
「いや……僕にはなんとも……」
今のところユウがマキに誑かされる気配は無い。
だったらそれを基準にして今は考えるべきだろ。
「あのな、シーナ。そんなもしもの可能性を考慮して人間関係を維持し続けられるほどユウは器用じゃねえぞ?」
ユウはそれで一度失敗している。
どんな相手にも優しく接し、八方美人でい続けた結果、ユウは人間不信一歩手前の状態にまでなった。
そんな経緯を知らないとはいえ、それでも尚シーナがユウに要求している対人レベルは高いように思える。
「……わかったわよ。変に突っかかってごめんなさい」
「いや、僕は大丈夫だから。マキの気持ちに答えられない僕にも非はあるからね……」
シーナも無茶を言ったという自覚があったのかユウに頭を下げると、ユウは低いテンションでそう言った。
「つかなんでこんな話してんだよ。本当だったら俺とユウの2人で今までの戦いについて語り明かすつもりだったのによ」
「あはは……確かに僕もそのつもりでリュウと2人っきりになれる時間を設けたはずだったんだけどね」
「だろ?」
そうだ。なんで俺らはこんな重要な話をほっぽっといて恋バナしなきゃなんねんだよ。
ユウとマキの関係について気にはしたが、それは話の優先度としては低い事柄だ。
今はお互いの旅の過程を語り、そしてその流れで俺は『攻略組』のトップであるユウに一つの頼みごとをしなきゃいけねえんだ。
『解放集会』の魔の手から街を守るために、5番目の魔王の登場をできる限り遅らせるために。
「後は俺ら2人で見張りすっからよ、バルとシーナはもう寝てていいぞ」
「! い、いえ、私もここにいます。いさせてください」
俺がバルとシーナに寝るよう進めるとバルがそれに抵抗するかのようにそう言いつつ俺の服をギュッと掴んだ。
「つってもなあ……てめえらがいるとまた話が脱線しそうなんだよな」
「……まあ積もる話は街に帰ってからゆっくり話すのでも良いんじゃないかな」
俺がバルの態度に困り果てていると、ユウの方からそんなことを言いはじめた。
「……しゃあねえなあ」
本当は早いとこ話を通した方が良いんだが、それは明日のこの時間に話せばいいか。
どうせここから出るのに最低でも後一回はこの迷宮内で寝泊りしなきゃいけねえんだからよ。
「それじゃあ今は適当に時間潰すか」
「そうだね。……それで、リュウとバルちゃんはどういう関係なのかな? さっきからずっと気になってるんだけど」
俺の提案に乗ったユウは早速といった感じで俺らにそんな質問を投げかけてきた。
「どんな関係って言われてもな……バルは俺の頼れるなか――」
「リュウさんは私の大切な人です!!!」
またも俺の言葉を遮るようにバルが大きな声を出してきた。
……さっきからバルはわざと俺に被せてきてないか?
いやでもさっきの恋バナではコイツ無口だったな。
シーナもそうだがコイツらさっきから一体なんなんだよ。
全然意味わかんねえよ。
「なのでユウさんにリュウさんは絶対渡しません!」
「は?」
「えっと……?」
「私からリュウさんを取らないでください!」
バルはそう言いながら俺の体に腕を巻きつけてきた。
「ちょ、バル、どうし――」
「リュウさんはこれからもずっと私達と一緒に旅をするんです! ユウさん達のところに戻ったりなんてしないんです!」
「…………」
……ああ、なるほど。
なんでバルが俺とユウを2人っきりにしたくないかがなんとなくわかった。
つまりバルは俺がユウ達のパーティーに行っちまうんじゃないかと不安なんだ。
俺とユウが元鞘に戻って、一緒にパーティーを組むんじゃないかと心配してたんだ。
だから俺とユウが話す事を妨害したり、俺らのパーティーの結束は高いのだとユウにアピールしてたってわけか。
そう考えるとバルの行動にも納得がいく。
「バル」
「は、はい」
「俺はユウ達のところになんていかねえよ。俺はいつまでもてめえらのパーティーリーダーだ」
俺はそこまで言うとバルの肩を掴んでその青い瞳を真剣に見つめた。
「あ……」
「俺は自分の言った事に責任を持つ。てめえは俺を信じてくれるか?」
「はい……」
どうやらバルはわかってくれたようだ。
ちょっと聞きわけが良すぎる気がするが気のせいだろう。
「シーナも信じてくれるか?」
「私はそもそもそんな事心配してないわよ」
「そうか」
まあ今回シーナはバルに付き合って俺らと一緒に見張りをしてるだけだしな。
それにしても随分大人しいが。
「なあ、さっきからてめえ随分静かじゃねえか。やっぱこの棺桶が怖いのか?」
俺はシーナに向けてそう言いながら、今俺が座っている棺桶を軽く叩いた。
「べ、別にそういうわけじゃないわよ。てゆーかあんたよくそんな物の上に座ってられるわね」
「もう中身は何もないって事がわかってんだからそんな気にすることでもねえだろ」
この棺桶の中身は魔王の間へと続く直通の穴だった。
そんなトラップでもなければ棺桶ですらなかったこの棺桶風の石塊の上に座ろうがバチにもなりゃしねえ。
「僕達はスルーしてたけどその棺桶って開けられたんだ?」
「ああ、この中にある穴を通って俺はてめえらのいた魔王の部屋に落ちてきたんだからな」
「へえ」
どうやらユウもこの棺桶に興味を示したようだ。
つか実際のところこんな大層な物なのにただの魔王部屋行き直通通路とかもったいねえな。
俺は膝の上に乗っていたバルを降ろして棺桶を観察し始める。
「み、皆さんココアのおかわりは入りますか?」
それを合図にしてか俺らのカップの中身が空になっている事に気づいてバルが訊ねてきた。
「そうだな、くれ」
「そうね、まだ1時間は起きてなきゃだし貰うわ」
「は、はい、わかりました」
「僕も手伝うよ」
バルがテント方向に設置した湯沸かし器の方へとてとてと走っていくのをユウが後ろから追いかけていった。
まあ4人分だからな、お盆がなければ2人いた方が楽か。
俺はそんな2人を見送りながら視線を棺桶に移す。
と、そんな俺の様子を隣からシーナが見てきた。
「別にもうこんな不吉なものに近づく意味もないでしょ? さっさと離れなさいよ」
「まあそう言うな。ほら、よく見ればこの棺桶に書かれてる文字、大分崩してあるが日本語だぞこれ」
よく観察していると、うねうねと書かれていた文字は読めない文字かと思っていたら日本語だという事がわかった。
「……ん、ホントだ。だけどあんまりよく読めないわね」
シーナもその文字を読みとろうとして棺桶に顔を近づけていた。
なんだかんだでてめえもこういうのに興味あるクチか。
怖がりのくせに。
「あ、でもこれは読めるわね……『テレポート』?」
その瞬間、俺らを包むようにして眩い光が棺桶から発せられた。
そしてその後、光が収まった時には俺とシーナは何処か別の部屋にいた。




